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コラム

しぶいた・東京建設新聞コラム

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2018年

美化するのもいいけれど
(9月5日号)
熱戦が続いた高校野球は大阪桐蔭の優勝で閉幕したが、疑問を感じた試合も。
済美-星稜稜の試合は、延長タイブレークで13回に済美が勝利。済美の投手は一人で184球も投げた。終盤は暑さと疲れで気の毒なくらいだった。タイブレークが無かったら200球も超えていたはず。しかもこの投手は地方大会も一人で投げている。
同校の監督は投手に「いけるか」と何度も聞いたというが、選手が「無理」と言うはずがない。同校出身で楽天所属の安楽投手も甲子園の5試合で772球も投げたが、プロ入り後3年でわずか5勝。高校時代の酷使の影響か。
また準優勝の金足農業の投手も地方大会から甲子園決勝での降板まで一人で1517球も投げた。
かつての甲子園のヒーロー、松坂・ダルビッシュ・田中将の各投手も肩や肘の故障で手術したが、術後はかつての輝きを取り戻したとはいえず、大谷選手も投手としては故障中だ。
今回の球数を美化するのではなく、高校野球にも先発・中継ぎ・抑えの分業制、球数制限を考える時期かもしれない。

変わっていく歴史
(8月20日号)
「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」。私が学生の頃はこう教わった。しかし現在の教科書で鎌倉幕府成立は1185年。理由は省略するが、昔と今とでは、歴史教科書の内容が違う点が多い。
例えば旧1万円札の聖徳太子の肖像画。現在の教科書では「聖徳大使と伝えられる肖像画」となっている。理由は服装や手に持つ笏(しゃく)が、聖徳大使の時代から約100年後の奈良時代のものだからだとか。他にも源頼朝の肖像画は「伝・源頼朝像」に、馬に乗る足利尊氏は単に「騎馬武者像」。最大の古墳とされ、最近では世界遺産の国内候補になった仁徳天皇陵も今は「大仙陵古墳(または大山古墳)」と呼ばれることが多い。
大河ドラマ放映中の西郷隆盛の肖像画も、実は弟と従兄弟の顔のモンタージュ。西郷本人は大の写真嫌いで、一説には暗殺を恐れて写真を撮らせなかったとも。
夏休み中で、お子さんやお孫さんの宿題で歴史を教える機会も多いはず。自分が習った時代と内容が変わっていることが多いのでご注意を。

世界のいろいろな考え方
(7月20日号)
サッカーのロシアワールドカップが閉幕した。世界のトップ選手が、最高の試合を見せてくれた。
この原稿を書いている時点で優勝国は分からないが、日本代表は開幕前の予想を覆し、グループリーグを突破。初戦のハンドによる相手選手退場、リーグ最終戦でのパス回しへの賛否両論など、いろいろあったが、見事ベスト16に進んだ。決勝トーナメント一回戦で惜しくもベルギーに3対2で敗れたが、その戦い方は、グループリーグ最終戦の批判を、称賛に変えたメディアや世界も多かった。
その称賛は、日本人サポーターが試合終了後におこなった「ゴミ拾い」にもおくられた。「世界が見習うべき」と。その一方で、ゴミ拾いは「清掃員の仕事を奪っている」との意見も。
アメリカのメジャーリーグで活躍した松井秀喜選手は、インタビューを受ける際、英語で返答することもできたが、通訳者の仕事を考え、必ず日本語で返答していたそうだ。
世界には、いろいろな考え方があると実感したこの「ゴミ拾い」。皆さんはどう思いますか。

救うことができた命
(6月20日号)
救うことができた命ではなかったか。目黒区の女児虐待死亡事件。女児は自ら目覚まし時計を午前4時にセットし、父親から平仮名の練習として謝罪文を書かされていた。
「もうおねがい ゆるしてください おねがいします…」謝罪文は、読むほどに胸がつまる。まだ5歳児だ。女児は父親から日常的に暴力を受け、真冬に水をかけられベランダに素足で放置されてもいた。児童相談所や警察は何かできなかったのか。転居前の香川の児童相談所では2度も一時保護し、父親は書類送検もされている。転居後の東京の児童相談所は、自宅訪問したが拒否された。強制的にはプライバシーで難しいのだ。
一体、何年前から同じことを繰り返すのか。虐待死が何人出れば行政は動けるのか。人員不足、自宅訪問で罵声を浴びるような激務であることは分かる。しかし、愛知では児童相談所と警察が情報を共有して動いている。なぜ東京はできないのか。
児童相談所には、ある程度の強制力、予算、人員を与えるべきではないか。小池都知事、仕事ですよ。

子どもたちのなりたい職業は
(6月5日号)
クラレは今春、入学した新1年生4千人(男女とも2千人ずつ)の「将来、就きたい職業アンケート」の結果を発表した。男子1位は「スポーツ選手」。順位は昨年と同じで20%を占めた。2位は「警察官」でこちらも昨年と同じ順位で12・5%。3位は「消防・レスキュー隊」で昨年4位からランクアップ。時代を反映してか動画を投稿して多額の広告収入を得る「YouTuber(ユーチューバ―)」が1・4%の15位に。私のような古いタイプの人間にとって「これが職業なの?」と言いたくなるような何とも複雑な気分だ。
さて肝心の「大工・職人」は何位か。結果は8位で昨年より順位を1つ上げた。では、現実はどうか。皆さんご存知のとおり、若年層の入職者不足が続いている。
かつてこのようなアンケートをすると「大工・職人」は必ずベスト3に入っていたものだ。以前、お伝えしたとおり、今春から建設キャリアアップシステムの登録が始まっている。このアンケート結果に応えるためにも、建設業界の処遇改善は急務である。

自動運転システムでの事故の責任は?
(4月20号)
先月、アメリカのアリゾナ州で、走行実験中の自動運転の車に通行人の女性がひかれて死亡するという痛ましい事故が発生した。ドライブレコーダーで確認すると、自転車をひいて歩く女性が現れても、車は速度を落とさなかった。映像をみる限り、有人運転でも避けるのは難しかったと思われるこの事故だが自動運転が本格的に実用化されようとしている現在、一石を投じることに。
自動運転はレーダーやGPS、カメラなどで周囲の環境を認識し、行き先を指定するだけで自律的に走行する技術。将来的にはAIも組みこまれるだろう。しかし、今回のような事故が発生した場合の責任はどうなるのか。システム開発者なのか、販売者なのか。また同乗者にも責任はあるのかなどなど…。人間の開発する技術に完璧なものはない。慎重な法整備が求められる。
日本では、春の全国交通安全運動が終わったばかり。10年後、自動運転が実用化されていれば、交通安全運動の在り方も、きっと様変わりしているだろう。皆さん、今日も安全運転を。

職人とは
(3月20日号)
職人の「職」の字に「耳」の字が入っているのは「親方や先輩の教えをよく聞き、わきまえるということだ」と昔の職人は言ったそうだ。「細部までわきまえ、注意深く仕事をする人間。それが職人だ」と。また、職人の「人」は「確かな技能と経験をもって世の中に立つ一人前の人間を指す」のだとか。その「一人前」かどうかは他人が決めることだとも。
新しい技能評価システムとして4月から「建設キャリアアップシステム」の先行登録が始まる。この制度は、建設技能者の就業履歴や資格、研修などの記録をICカードでクラウド上に蓄積し、賃金や適正な技能評価などの処遇改善につなげていくと共に、若年者の人材確保にもつなげていこうというもの。技能や経験、保有資格などがすぐに分かるこの制度。私たちの処遇改善にも有効に活用していきたい。一方で私たち中小零細事業者の現場にも普及できるのかどうかの懸念も
この新システム。「細部までわきまえ、注意深く仕事をする人間」かどうかも分かれば、もっと良いのだけれど。

日本製スキー板がオリンピックで大活躍
(3月5日号)
平昌オリンピックが閉幕した。日本勢は合計13個のメダルを獲得。この選手の活躍の裏で日本メーカーも活躍したことをご存知だろうか。
原大智選手が銅メダルを獲得した男子スキーモーグル。この競技のスキー板は日本の2社で世界シェアをほぼ独占する。そのうちの1社が大阪のマテリアルスポーツのブランド「IDone(アイディ・ワン)」だ。従業員は社長を含めてたったの4人。板の製造は工場に委託するが、開発段階から選手の声を細かく聞き、それを反映させた板を供給している。
もともとは海外ゴーグルメーカーの代理店だった同社のスキー板開発は99年から。決して老舗ではない。それまでのスキー板は、欧米のものが主流。当時、日本の看板選手だった上村愛子氏の要望を受けて供給を開始し、徐々に世界シェアを拡大していった。平昌オリンピックでの男子モーグル上位8人は同社のスキー板である。
今回は残念ながらジャマイカチームに使用されなかった大田区の下町ボブスレー。この例は参考になるのではないだろうか。

仮想通貨の信用性
(2月20日号)
話題の仮想通貨。仮想通貨とは現実には存在せず、ネット上で取引される通貨のこと。データ通信だけで取引が済むので安い手数料で送金でき、一部では実際の支払いにも利用できる。現在は「支払い」よりも「投機的な取引」が大半だ。
仮想通貨の代表格ビットコインは「サトシ・ナカモト」と名乗る正体不明の者の論文を基に取引が始まり、昨年のピーク時には20倍以上高騰。億単位の利益を得た人を「億り人(おくりびと)」と呼ぶそうだ。現在、価格は乱高下を繰り返している。
先日、仮想通貨取引所「コインチェック」が扱う仮想通貨「NEM」が不正アクセスを受け、580億円相当が引き出された。顧客は返金を求めるが、国に「登録」されていない「みなし業者」を選んだ自己責任は?
「お金を右から左に動かすだけでぼろ儲け」なんてほんの一握り人の話。億り人も翌年には高額な納税が待っている。所詮は実体のない「仮想」の通貨。将来の基軸通貨になるのかもまだ分からない。やはりまじめに働いて稼ぐことが一番だ。

ぜひ、健康診断の受診を
(1月5日号)
食欲の秋を過ぎ、最近スーツのウエストが厳しくなってきた。40代後半ともなると、エネルギー消費量が低下し、食事に気を付けていても体に蓄積される量が増える。
ボクシングの最軽量級になぞらえ、ストロー級(現ミニマム級)と言われていた60センチ台のウエストが懐かしく、絶対に太らないと思っていた自分は今どこに?
それほど深刻ではないにしても健康診断での数値や注意点も気になるところ。組合では都内を中心に16カ所の医療機関と契約し、東建国保の被保険者であれば組合員本人・家族とも無料で健康診断を受診できる。一部負担のある協会けんぽに比べると非常に手厚い制度だ。
健康診断は日頃の生活習慣の問題点を自覚し、改善のきっかけになり、病気の早期発見・治療に際しては、身体や時間・費用の負担軽減にもつなげることができる。また、受診率によっては、国保組合への国庫補助や健康保険料にも影響してくる。
面倒でもご自身や家族のため、ぜひ一度、組合の健康診断をご家族揃って受けてみてください。

2017年

今年も良い年に
(1月5日号)
1年の暦のうち縁起が良い日、日がいい日というものがあります。よく思い浮かぶのは大安ですが、実はさらに良いといわれる日が存在します。
一粒のもみが万倍にも実を結ぶという意味を持ち、何事を始めるにも良い日とされる「一粒万倍日」(いちりゅうまんばいび(にち))は、仕事始めや開店、お金を出すことに吉とされています(それゆえ苦労の種が万倍になるので借金をしたり、人から物を借りたりすることは凶とされる)。さらに暦の中で最上の大吉日が「天赦日」(てんしゃにち(び))といわれ、百神が天に昇り天が万物を罪を赦す(ゆるす)日とされ、1年に5~6回しか巡ってきません。そうした良日が重なり合う縁起の良い日が存在し、17年では2月20日・7月6日・9月18日・12月3日などが該当するようです。
今年も良いこともあれば、そうでないこともあると思いますが、何事にも前向きに取り組むことが道を開く第一歩になるのではないかと思います。皆さまにとって2017年が良い年になりますように。

「寄付」は見返りを求めないもの
(2月20日号)
確定申告の時期。嫌でも税金について考えます。そこでブームのふるさと納税について。
ふるさと納税は自分の住む自治体へ納める税金の一部を、応援したい自治体に寄附すると税額控除や返礼品がもらえる制度。人口減少などで地方の疲弊が問題となる中、地方経済に役立っているが問題点も多い。
まず、所得が高いほど節税効果が高く、金持ち優遇との批判。また返礼品には換金性の高い商品券もあり、その商品券で地方に関係ないサイトで買い物ができるなど地方経済に役立っていないとの指摘も。一番の問題は、自分の住む自治体の税収が減ることだ。
東京都では昨年度に約250億円の納められるべき税金が地方に流出。これだけあれば、少子高齢化などの福祉に充てられたはず。全国で待機児童が最も多い世田谷区の昨年度ふるさと納税収支は約43億円の大赤字。担当者も「税金流出は看過できないレベル」と話す。
制度の趣旨は賛成ですが、本来「寄付」なのであれば、「見返りを求めない」ことが、基本なのではないでしょうか。

2045年問題とは
(4月20日号)
「2045年問題」をご存知だろうか。これは今のペースでコンピュータが発達すると、2045年には人工知能(AI)が人間の知能を越えるという予測のこと。既にAIは、チェスや囲碁、将棋の世界王者に圧勝している。
衝撃的だったのは昨年、人間と対話できるアメリカのAIロボットが、対話を通じて自ら学習していくと差別発言や卑劣な言葉を発言し始め、開発者はわずか1日で機能を停止させた。また別会社のAIロボットは「人類を滅亡させたいか」の問いに「滅亡させます」と回答。映画の中の話だけなんていってられない?
一方で数カ月間、抗がん剤治療の効果が出ない白血病患者に、東大と米IBMで共同開発したAI「ワトソン」は、2千万件の膨大な論文の中からわずか10分で患者が別のがんであることを見抜き、患者は無事に退院した。
先日、あるイベントでAIロボット「Pepper」に接する機会があった。その能力に驚くと同時に「人間の知能を越えても平和的にいこうや」と勝手につぶやいたのであった。

ポテチショック
(5月20日号)
「ポテチショック」昨夏、相次いで北海道に上陸した台風の影響でジャガイモが不作となり、各メーカーのポテトチップスの製造が休止・終了している。家飲みで「ビールのお供にポテチ」という方も多いと思うが、この影響でネット上では1袋・千円を越える値段で取引きされる事態も。
北海道では、やっと今季のジャガイモの作付けが始まったが、そもそも北海道に台風が上陸することは、まれだったはず。以前であれば、フィリピン沖で発生して大陸に向かい、沖縄周辺でいきなり方向を変えて日本列島に沿って進み、温帯低気圧に変わるか、東北地方から太平洋に抜けるパターンが多かった。
しかし昨年の台風は異例のコースを進むものが多く、発生後にすぐに関東周辺に向かうもの、発生後何日も同じ地点にとどまるもの、また東北地方の太平洋側からの上陸は観測史上初だった。この原因は不明だが、地球温暖化と関連するという学者もいる。
まもなく台風シーズン。被害がないよう祈るとともに、万が一に備えておくことも必要だ。

プレミアムフライデーって?
(6月20号)
「プレミアムフライデー早くも失敗の声」
2月24日、経産省や経団連主導で始まったこの制度は、月末の金曜日は15時退社し、消費を向上させようとするもの。いかにもお役所が考えそうな制度だ。
私たち中小建設業者には、ほぼ関係ないこの制度。施主の前で「プレミアムフライデーなので15時で工事をやめて帰ります」なんて言えるはずがない。事後調査で「職場で実施された」と回答したのはわずか2・8%。実施したのは主導した経産省や大企業ばかり。他省庁や他企業では「月末で忙しいのに帰れるはずがない」との声。また飲食店では集客を期待して「通常より早く出勤させられ、結果的に長時間労働になった」など政府が掲げる「働き方改革」と逆行している。
1年後には「そんな制度もあったね」となる可能性が高いこの制度。お役所は、自分たちが基準で考えるようだ。
この原稿を書いている途中、またもやおかしな制度が発表された。今度は「キッズウイーク」だとか。ツッコミどころ満載の制度についてはまた次回。

報道しない自由
(8月20日号)
「報道の自由」よくマスコミが使う言葉だ。しかし「報道しない自由」もあるようで。
私たちが情報を得る手段としては新聞・テレビ・ラジオ・雑誌など。これに加えて最近ではインターネットがある。筆者がこのところ感じるのは、ネットで大きな話題となっているニュースが、新聞やテレビではほとんど報道されないことだ。
新聞各社には、それぞれの報道姿勢がある。その姿勢に反する事は「報道しない」ということらしい。原則、自由に発行できる新聞はそれで良いのかもしれない。しかしテレビ局は違う。電波を国から割り当てられ、実質的に新規参入が不可能な地上波放送。放送法の中では「政治的公平・事実をまげない・意見が対立する問題にはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と明記されている。このことからすると、今のテレビ局の報道姿勢には疑問符がつく。
私たちはできるだけ新聞や雑誌を読み比べ、テレビも見比べ、ネットニュースも見て「何が正しいのか」自分自身で判断していくことが大切だ。

何種類ものプロ野球ユニホーム
(9月5日号)
地上波では、ほとんど放送されなくなったプロ野球。今やBSやCS放送で見る時代だ。かつては毎日のように巨人戦がどこかのテレビ局で放送され、巨人ファンも、アンチ巨人もテレビに映る選手たちのプレーに一喜一憂したものだ。
その後、時代の流れなのか若者がプレーするスポーツの多様化、インターネットの普及などにより、プロ野球は視聴率が落ち込み、現在のような放送状態に。それでもたまに地上波で放送される試合や、ニュースを見るとファンであるチームの成績は気になるものだ。しかし問題点が出てきた。
まず、たまにしか放送されないので選手の名前と顔が一致しない。ファンであるチーム以外はほとんど分からない。かつての名選手である監督やコーチ陣の方が知ってるなんてことも。
さらに最近のユニホームは試合ごとに変えるチームも多く「どこのチーム?」なんてことも。ファンサービスなんだろうけど、オールドファンにとっては、ユニホームぐらいホーム用とビジター用だけで良いような気がするんだけど。

AIに頼ってばかりで良いのか
(10月5日号)
キリンビールや味の素が生産にAI(人口知能)を導入するという。理由は熟練職人に頼ることが多かった作業工程を効率的にし、安定的な味のに商品を供給するためだという。
また最近人気の某日本酒は、杜氏に逃げられた経験から、酒造りの工程をパソコンに蓄積。安定的な味の日本酒造りに成功した。酒造りは、酒蔵会社と独立した杜氏の指揮下でおこなわれるため、杜氏に去られてしまうとたちまち酒蔵は経営危機になってしまう。これを回避するための苦肉の策だったという。
ある日本酒通は「安定的な品質の日本酒が供給されるようになり本当に良かったが若干、面白みに欠ける」との声も。理由は「杜氏は長年培った経験で毎年、その味に近づくよう工夫して酒を造る。味のばらつきが毎年出てしまうが、それも日本酒の魅力のひとつ」という。
建設業界もいずれかの工程にAIが導入されることが予想される。そうなれば効率的で画一的、面白みに欠ける無機質な建物ばかりになるのではないか。今こそ建設職人の腕の見せどころだ。

当選できれば何でもよいのか
(10月20日号)
9月28日、国会が解散され、今月22日に選挙を迎える。自民党有利とみた解散だったのだろうが小池都知事の「希望の党」誕生で情勢に変化が出てきた。
その希望の党、もはや「ただ当選したい」だけの候補者の駆け込み寺となった感は否めない。底意が見え見えなのだ。また希望の党が民進党からの移籍組を選別。既存政党が新党に選別されるとは何とも情けない。
そもそも小池都知事は知事として何か結果を出したのか。築地・豊洲問題は依然として進まず、オリンピック会場も結局、元の会場に戻った。あの騒ぎは一体何だったのか。他党は野党共闘をめざした共産党は旧民進党の一部が立ち上げた立憲民主党や社民党と協力することに。
この混沌とした選挙。以前にも書いたが、各新聞社やテレビ局では報道スタンスの違いがそれぞれ出ている。私たちは一つの新聞、一つのテレビ局のみを見るのではなく、なるべく多くの情報を積極的に得るようにし、どの候補者や政党が国会議員、政権政党として相応しいのかよく考えて投票したい。

クライマックスシリーズに物申す
(11月20日号)
今年の日本シリーズは福岡ソフトバンクホークスの勝利で幕を閉じた。
冷静に考えれば2位に10ゲーム以上の差をつけたリーグ優勝チームと、優勝チームに10ゲーム以上の差をつけられた3位チームの対戦、またここ数年のセ・パ交流戦でのパ・リーグの強さをみれば結果は順当だし、横浜も善戦した。
しかしその前のクライマックスシリーズには問題がある。この制度導入の目的は「シーズン終盤の消化試合を減らし、最後まで観客収入を減らさない」という興行的なもの。しかし全12球団で各リーグ6チームのうち3位までが対象とは制度として甘すぎるし、長丁場のリーグ優勝の価値を下げてしまっている。
そこで素人の勝手な提案。消化試合を減らしたいならJリーグを参考に2部制にし、下位チームの入れ替え戦をしたらどうか。幸い日本には社会人野球や独立リーグがある。スポンサーやホーム球場確保の問題はあるが、球界全体と地方活性化にはとても良いと思うんだけど…。まあ、既存のプロ球団は絶対反対でしょうね(笑)。

本当の忠臣蔵
(12月5日号)
年末といえば「忠臣蔵」。意地悪な上司のせいで切腹させられた主君の仇討ちをするという美談は、日本人が大好きな話だ。しかしこの話は事件から約50年後の「仮名手本忠臣蔵」がベース。実際とは違うことも多いようで…。
まず討ち入りの12月14日。これは旧暦で現在の1月30日。1月なら雪が積もっていたのも納得。また吉良上野介は高家筆頭の家柄で地元でも評判の仕事のデキる人。当然、仕事には厳しい。一方の浅野内匠頭はすぐ頭に血がのぼるタイプ。吉良にしてみれば「指導しているのに何で怒ってるの?」って感じだったかも。実際には松の廊下刃傷事件の原因は今も分かっていないのだ。
また当時は徳川綱吉の時代。「生類憐みの令」で庶民のうっ憤が蓄積。そんな時の「忠義の討ち入り」という美談に拍手喝采したという面もあったようだ。ちなみに「生類憐みの令」、悪法の部分が強調されるが、武士の「斬り捨て御免」が減ったという良い面もあった。
まもなく12月14日。一度は泉岳寺を訪れてみるのも良いかもしれません。

2016

どうせ読むなら…
(1月5日号)
2015年の読書界で最も話題になったことといえば、そう、お笑い芸人・又吉直樹が書いた芥川賞受賞作『火花』の大ヒットだ。11月末段階で売上は223万部を突破というのだから、その凄さがわかる。あなたはもう読んだ?
こんな話題もあった。「今年こそ村上春樹にノーベル文学賞を」騒ぎだ。書店は春樹コーナーをつくり、ハルキストと呼ばれる村上春樹ファンが賞の発表に固唾をのむ様子がテレビでも映されていた。
結果は、またもや「残念!」ということで日本でのノーベル文学賞の話題もそこで「終了!」となった。でもね、それではちょっと勿体ないかも。春樹ファンの皆さん、「次回こそ」を願いつつ、今回の受賞者の本も読んでみては?
受賞したスベトラーナ・アレクシエービッチはベラルーシの作家。代表作ともいえる『チェルノブイリの祈り』は原発事故で被害にあった人たちへのインタビューをまとめたものだ。
福島原発事故などなかったかのように再稼働を推進する日本。読むなら、まさに今が絶好の時期では。

消えつつある旅情ソング
(2月5日号)
昨年、北陸新幹線が金沢まで開業。都心から北陸方面への観光客やビジネスマンが増えたことは記憶に新しい。
来月には、北海道新幹線が函館まで開通し、北海道から九州までが新幹線でつながることになる。東京-新函館北斗は最速4時間2分。航空機利用の判断の分かれ目になるという「4時間の壁」は切れないが、それでも北の大地が一層近くなった気はする。
その一方で寝台列車は廃止されるばかり。上野-札幌を結ぶ豪華寝台列車カシオペアも3月で廃止。3月以降も運行するのは東京-出雲・高松を結ぶ「サンライズ出雲・瀬戸」のみだ。
過去の全建総連の新聞を見ると、地方の仲間が中央決起大会などで上京する際は寝台列車を利用することも多かったようだ。狭い車内で仲間同士が仕事や組合、家族などについて語り合い、絆を深めたという。
「上野発の夜行列車おりた時から青森駅は雪の中~」。ご存知、石川さゆりさんのヒット曲「津軽海峡冬景色」。この歌のような旅情や哀愁のある歌は、もう生まれないのかもしれない。

スマホ依存症
(5月20日号)
「スマホ依存症」 最近はこんな言葉があるそうです。実際に街中を見てみると、歩きスマホや自転車や車の運転をしながらスマートフォンを操作する人をよく見かけます(違反ですよ!)。電車の中では、乗客全員が下を向いてスマホを操作しているなんて事も…。
別に急ぎの仕事や用件というわけでもなく、ひたすらゲームやライン、ネットに夢中。こうなるとスマホ依存症というより、スマホに人間が支配されているような感じです。
このようなことを危惧したのか最近では「スマホ依存症対策アプリ」なんてのもあるらしく、スマホを使って、スマホ依存症対策をするという。何か矛盾してない??
次に該当する人は「スマホ依存症」の可能性アリです。①最新のニュースや話題が常に気になる、②SNSやゲーム、動画などが常に気になる、③コメントや、返信しなきゃ!という義務感にかられる、④仲間はずれへの恐怖を感じる。
1つでも該当する方は、スマホとの付きあい方を、一度考え直してみた方が良いかもしれません。

ジャネーの法則
(5月20日号)
年齢を重ねるにつれて1年が早いと感じませんか。小学生の頃は1年は長いなあと感じたのに、今はあっという間です。
19世紀の哲学者ポールジャネは「50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどだが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。よって、50歳の人間にとっての10年間は5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に相当する」と「ジャネーの法則」で説明しています。
また、子供は知らない事が多くすべてが新鮮ですが、大人はほとんどの事を経験して新鮮さを失い、同じ事を繰り返す事が時間を短く感じる原因ともいわれます。
これを解消するには「将来の楽しい事」や「新しい目標」を見つけると良いとされます。例えば「半年後に旅行がある」となれば待ち遠しいし、「1年後に試験がある」となればそれまでの勉強時間は長く感じます。
皆さんもこの機会に国家資格などを目指しませんか。時間も長く感じるし、組合には合格すれば「資格取得祝金」制度なんてものもありますよ。

東京オリンピック問題
(9月5日号)
「夏草や兵どもが夢のあと」松尾芭蕉がかつて栄華を極めた奥州藤原氏や源義経を偲び、草木だけが残った平泉で詠んだ句といわれる。
リオオリンピックが閉幕した。日本選手たちの活躍に日本中が沸いた。4年後は、いよいよ東京オリンピックだ。振り返ると国立競技場の大幅な予算オーバー(消費税アップすら見込んでいなかったとか)による設計見直しに始まり、新たな設計案は聖火台の置き場を考えていなかったというお粗末さ。
さらにエンブレム盗用疑惑、舛添前都知事の私的流用、オリンピック施設工事の落札業者役員に都議の名前があったりと、問題が出るわ出るわ。
オリンピック閉幕後の施設利用にも課題が残る。長野オリンピックの施設は、利用者数や維持費などで苦しい状況が続く。
4年後は、世界のアスリートたちが最高のパフォーマンスを発揮できることを最優先してもらいたい。そして閉幕後の施設利用についても、芭蕉の句のようにならないよう、より一層の検討が必要だ。施
設が負のレガシー(遺産)とならないために。

世界のアスベスト事情
(10月5日号)
全国で争われている建設アスベスト訴訟。1月末には京都地裁で国、企業の双方に責任があるとの判決が出たことは、この新聞でもお知らせしたとおり。では、世界での石綿対策はどうなっているのか。 
毎日新聞(米国調査)によると、13年の石綿消費量の上位10カ国のうちアジアが8カ国を占める。①中国、②ロシア、③インド、④ブラジル、⑤インドネシア。以下、ベトナムやタイなども10位以内に並ぶ。アジアで現在、石綿使用を禁止しているのは、日本、韓国、シンガポールのみ。石綿は安価で耐久性、耐火性に優れるとして各国の規制が進まないのが現状だ。
現地では、石綿の危険性を認識しておらず、マスクも使用しないで作業する者も多い。
世界保健機関(WHO)は、世界で年間10万人以上が石綿関連の疾患で死亡していると推定しており、今後アジアで中皮腫や肺がんの患者が急増することが予想されている。
私たちは、全国の建設アスベスト訴訟で勝利することはもちろん、石綿の危険性を世界中に知らせていくことも必要だ。

歴史と平和を学ぼう
(10月20日号)
終盤となるNHK大河ドラマ「真田丸」。歴史ファンとしては「?」となる部分はあるものの、三谷幸喜氏の脚本で視聴率も好調のようだ。
この真田家、第二次上田合戦で徳川軍本体である徳川秀忠軍を足止めしたことで秀忠軍は関ヶ原に遅参。東軍は豊臣恩顧の大名中心で戦うことになり勝利はしたものの、その大名への恩賞などで西国にはほとんど手をつけられなかった。
約250年後、その西国大名が中心となり、倒幕運動へとつながったことを考えると上田合戦の影響は大きかったといえる。
その大河ドラマ、18年は「西郷(せご)どん」。タイトルどおり、西郷隆盛を中心に描かれる。鹿児島にも多くの観光客が訪れるだろう。
その鹿児島に一足先に青年部が研修旅行で23日から訪れる。ただ漠然と参加するよりも、関ヶ原で西軍、幕末では倒幕派で新政府の中心となった薩摩藩の歴史を下調べしてから参加するのも面白いはず。  
そして知覧特攻平和会館では、明治から昭和までの日本が歩んだ歴史を学び、今後の平和活動に役立ててほしい。

世の中ポイントカードだらけ
(11月20日号)
今や当たり前となったポイント制度。皆さんの中にも、財布の中がポイントカードだらけという方も多いのでは。
このポイント制度、評論家によると「ためずになるべく早く使ったほうがよい」のだそうだ。理由は、ポイント制度は良くなることはほとんどなく、改悪される場合がほとんどだからとのこと。うーん、少し納得。
また、カード同士のポイント交換など、さらにややこしい制度になっていることも多い。財布の中のポイントカードを減らすため、各社ではモバイル会員の普及に努めている。
筆者も複数、登録してその度にパスワードを設定。安全上、各カードのパスワードを若干変更して登録。ところがどのカードがどのパスワードなのか分からなくなり、より面倒なことに。皆さんもインターネット上のパスワードで同じような経験がありませんか。
さて今年から始まったマイナンバー制度。マイナンバーカードに各社のポイント制度機能をつけるなんて案もあったけど、安全上、止めた方が良いと、つくづく思ったのでありました。

被災の常磐線が一部運転再開
(12月20日号)
東日本大震災の津波で被災し、不通となっていたJR常磐線の相馬(福島)~浜吉田(宮城)間が12月10日、5年9カ月ぶりに運転を再開した。
工事は町の復興計画に基づき、再び津波からの被害を避けるため、新地・坂元・山下の3駅を1キロほど内陸側に移動。さらに数メートルのかさ上げ、ホームや線路の一部を高架式にする大規模工事。
鉄道再開は、その後のまちづくりにも影響する。何より住民が元気を取り戻すことにも繋がる。そういう面で、使命感に燃え工事を担当した役場などの行政、JRなどの関係者には頭が下がる思いだ。
地元小学生の中には一度も鉄道に乗ることなく卒業を迎えた子もいる。住民も「これからが大切」「運転再開で住民が戻ってきてくれることを期待している」と語る。
常磐線はまだ福島県の竜田-小高はまだ不通で、20年春の全線再開をめざす。また山田線(岩手県)の釜石-宮古も不通で、こちらは18年度中に再開予定。鉄道再開の一部とはいえ、今年最後に本当に良かったと思えるニュースだった。

2015

政治家の本音は?
(1月5日号)
「出身地鑑定‼方言チャート」というネットのサイトをご存知だろうか?東京女子大の学生たちによって開発されたもので、方言に関する質問に「はい」「いいえ」で答えていくと、自分の出身の都道府県をあててくれる。これが結構当たるのだ。
質問はこんな調子。「ノートを使い切った時、“ノートが詰まった”ということがありますか?」「並んでいる列に割り込むことを“ずるこみ”と言うことがありますか?」
結局、自公大勝で終わった選挙。各党の政策には「社会保障の充実」「女性の地位向上」など共通するものが多かった。
そこであると便利なのが「候補者の本音がわかる、政策の中身鑑定‼チャート」だ。例えば「社会保障の充実」チャートでは「社会保障費が高いのは女性が子供を産まないせいですか?」に「はい」「いいえ」で答えてもらうなど、次々に質問していけば、聞こえのいい政策の本音もおのずと見えてくる。
この「鑑定チャート」つくってくれないかな。かなり使えると思うんだけど。

夢は夢のままで…
(9月5日号)
アメリカの無人探査機「ニュ-ホライズンズ」が7月14日、地球から48億キロも離れた冥王星に約1万2500キロまで近づき、地表や大気を観測した。送られてきた写真には液体が流れて表面のクレーターを埋めたような平原や、富士山級の山々が鮮明に写っていた。
また欧州宇宙機関の彗星探査機が昨年、チュリモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸。有機物質が発見されたことから微生物の活動に由来し、地球生命の起源にも関係するのではないかという。何とも好奇心を掻き立てる。
物理学者ホーキング博士はかつて「宇宙に存在する恒星の数からして地球外生命が存在すると考えるのが合理的」とし、「もし地球外生命体(微生物であっても)が地球にやってきたらコロンブスがアメリカ大陸にやってきたような結果になるだろう。先住民にとって良い結果になるとは限らない」と発言している。
宇宙や地球、生命誕生の謎を解明したいという好奇心がある反面、「夢は夢のまま」「知らないままの方が」ということがあるのかもしれません。

漢字が書けなくなっている
(12月5日号)
最近、漢字が書けなくなったと思うのは私だけ?簡単な漢字も書けなくなったような気が…。
パソコンやスマートフォンなどの普及によって手書きで漢字を書くことは本当に少なくなりました。私もほとんどの場合で書類をパソコンで作成します。
組合の物品などを購入する際には「東京都建設組合あての領収証をください」とお願いしますが、ほ
とんどの場合で店員から「どういう字でしたっけ?」と聞き返される。「東京都」は書けるけど「建設」という漢字が出てこないらしい。
こちらも「建設業の建設です」とか「えんにょう」とか「ごんべん」のなんて説明すると、ますます分からなくなるらしい。どうやら漢字が書けなくなっているのは私だけではないらしいと妙に安心した。  
調べてみるとこの傾向は、パソコンなどの使用歴が長いほど顕著とのことだ。そういえば、あのホリエモンこと堀江貴文氏もテレビで「漢字は書けない」と言っていたっけ。
世の中、便利になるってのも困ったものですね。今年の年賀状は手書きにしようかな。

2014

70代なんてまだまだ元気
(1月5日号)
昨年は2月にリンゴ・スターが、11月にポール・マッカートニーが来日公演をおこなった。4人のうち、ジョンとジョージの2人はすでに亡くなっている。つまり、昨年は生存するビートル2人の公演を日本で見ることができた年だったというわけ。
ビートルズが日本でレコードデビューしたのは1964年2月のことだ。「抱きしめたい」を2月5日に、5日後には「プリーズ・プリーズ・ミー」を立て続けに発売し、若者の心をつかんだ。
今年は、それからちょうど50年。ポールとリンゴは今もバリバリの現役として新しいアルバムを発表し、ライブもおこなっている。これってスゴくない?ロックが「若者の音楽」と言われたのは以前のこと。今やまったく当てはまらない。
2人とも日本風に言えば、あと数年で後期高齢者だ。あの「後期高齢者」という、元気に生きようという気をなくさせる言葉はどうにかならないものか。
2月にはストーンズもやってくる。日本の70代もまだまだ元気だということを、もっとアピールしようぜ。

松の木は日本の心
(2月5日号)
「三保の松原」「天橋立」に見られるように「日本の心の風景」の中で松という樹木は大きな位置を占めているのではないでしょうか。
記憶に新しいところでは東日本大震災の際、岩手県陸前高田市で一本だけ津波を耐えて残った「奇跡の一本松」があります。その同じ東北で、天橋立と同じ日本三景の一つに数えられる「松島の松」が今、危機を迎えているというのです。
東北の有力紙である河北新報によると震災の影響でここ数年、松食い虫への対策が遅れがちだった結果、震災前に比べると3倍ほど松枯れ被害で過去最大の被害となってしまう恐れがある、とのことです。
松食い虫の被害が注目され始めたのは、松が材木や燃料として生活に密着しなくなり始めた昭和30年代以降と言われています。人の手が適度にかけられていたからこそ守られていた弱点が震災によって明らかになってしまった形です。
しかし、その身をもってまだ続く震災の影響を教えてくれたというのは、やはり松は「日本の心の木」なのでしょう。

その場しのぎの人手不足対策
(2月20日号)
開幕前の準備の遅れを指摘され不安視されていたソチオリンピックですが、とりあえずは無事に開催されたようですが…
ボブスレー・アメリカ代表のジョニー・クイン選手が、ソチの選手村でシャワーを浴びていたところドアが開かなくなり、体当たりしてドアをぶち破って脱出した様子を写真と一緒にツイッターに投稿して話題になりました。日本ではそんなことはないだろう、と思う方も多いでしょう。
しかし政府は、人手不足でただでさえ入札不調のところ、オリンピック需要に間に合わせるために外国人労働者の受け入れ規制を緩和しようとしています。
建設労働者の現場が疲弊するにまかせていたツケをその場しのぎの対策で間に合わせようとしているのです。しかもこの緩和は期限付きで、外国人労働者にとっても使い捨てにされる可能性が高いのです。

現代の税制は
(4月5日号)
「税金って何に使うの?」小さな子供がこう聞いてきたら、あなたはどう答えてあげますか?
今回の消費税増税は年金・医療・介護などの安定のため「社会保障と税の一体改革」という政府の言い分ですが、あなたは小さな子供に自信をもって、また判りやすく今回の増税について説明できるでしょうか?
東は現代のトルコ辺りから西はイギリスまで広大な地域を支配・運営した古代ローマ帝国が最も安定していた時代の税制は、地租税などの間接税2種類しかありませんでした。しかもそれぞれ1~10%の税率までほぼ変わらず、なんと300年も安定した運営が可能でした。
しかし、古代ローマ帝国が衰退するにつれ税金は複雑になり、上がっていく一方だったそうです。
古代と現代の、社会の仕組みや成熟度の違いを考慮しても「税制のありかた」としては「単純で判りやすく」「広く浅く」あるべきだ、との一つの証明なのではないでしょうか。
振り返ってみて、果たして現代日本の税制は?

コロンブスの評価
(5月5・20日号)
アメリカ大陸を「発見」した際にコロンブスが乗っていた「サンタマリア号」らしき沈没船が、中米ハイチ沖の海底で見つかった、との一報が届きました。
「コロンブスの卵」の逸話のような常識を超えた発想力とアメリカ大陸を「発見」した実行力を持つ一種の英雄のようなイメージをコロンブスに抱いている人も多いかと思いますが、最近ではその評価もかなり変わってきているようです。
まず、彼は未知の世界にあこがれを抱いた冒険家ではなく、未開の地で一旗あげる野望を持った奴隷商人でもあったのです。実際、航海のスポンサーだったスペイン王室と、発見した土地の終身提督の地位や領土から出た利益の10%を彼が手に入れる契約を結んでいた事実も。
また、コロンブスが率いた軍隊は「原住民を羊のように情け容赦なく虐殺した」と当時、彼に同行していた宣教師の日記に残されています。
功罪半ば、というより「罪」の方が多かった彼のおこないの名残りが「発見」されて、違う一面が見られるのでしょうか。

琉球独立論
(10月5日号)
スコットランド独立の是非を問うた住民投票は賛成45%、反対55%で独立は否決されました。思ったより差がつきましたが、その余波はスペインにまで広がっているそうです。
この独立運動、対岸の火事としてとらえている方も少なくないと思います。琉球独立論というのをご存知でしょうか。過去の戦争や米軍基地の辺野古移設問題、米兵が起こす事件などを抱える沖縄県で少数派ではありますがたびたび浮上するものです。
そもそも沖縄県はかつて琉球王国として1429年に建国され、薩摩藩や中国などとの交易で栄えました。明治に入り日本の琉球藩、その後に沖縄県となりました。来月に予定される沖縄県知事選挙において、その琉球独立論を掲げる候補者が立候補する可能性があるといいます。
どの国でも憲法や法律により、独立は簡単なものではありません。しかしこの独立論を掲げる候補者が立候補したら、どの程度の票を集めるのか。独立は現実的ではないものの、この選挙結果に注目する価値はありそうです。

大臣ポストは名誉職?
(10月20日号)
9月の内閣改造で第2次安倍内閣が発足した。女性閣僚も5人誕生し、フレッシュさもアピールした内閣となった。毎度のことだが、
この入閣には当選回数の多い入閣待機組から選ばれることが多く、そこに適材適所という言葉は感じられない。今回の面々も入閣できなかった待機組の不満を逸らすため、1年そこそこで交代だろう。
これでは大臣として自分の力を発揮することなどできないし、省内を熟知し、政治家の扱いに慣れた官僚たちに対抗できるわけがない。せいぜい業務を覚えた頃に交代である。このことは官僚たちにも好都合で、自分たちにとって都合の悪い大臣であっても、1年そこそこで交代すると分かっていれば、適当にあしらっておこうとなる。
トップがコロコロかわる企業で成功しているケースがあるだろうか。大臣として自分の力を発揮するには最低でも3年ぐらいは必要ではないか。大臣というポストがただの「名誉職」「腰掛け」になっている気がしてならない。本当の意味で政治主導となっていくのはいつの日か。

建設業入職者増には賃金アップは不可欠
(12月5日号)
第一生命保険が、小学生以下の子供を対象に調査した「大人になったらなりたいもの」ランキングを発表した。
その結果によると1位は5年連続でサッカー選手、2位は野球選手でスポーツが上位となった。海外で多くの日本人選手が活躍している結果であろう。建設業では「大工さん」が第6位にランクイン。昨年の8位から2ランクもアップした。
では実際の大工の若年就業者数はどうか。2010年の国勢調査によると15歳~19歳の大工は全国で4625人しかおらず、来年の調査でも更なる減少が予想される。原因は少子高齢化などもあるだろうが、やはり一番の原因は賃金ではないか。最初は低賃金でも、その後の経験や技能により、それに見合った賃金を得られるようにならなくては、人生プランも立てにくく、就業者の増加は見込めない。真の技能職が誇りを持てるようにしなくてはならない。
14日は衆議院議員選挙。我々の賃金アップ要求を実現につなげ、若者にも魅力ある建設業界にするためにも、しっかりと考えて投票したい。

2013

トイレの張り紙って…
(4月20日号)
公衆トイレや飲食店にある男性の小用専用トイレ(いわゆるアサガオ)。そのアサガオ使用の際の重要なマナーは「外にこぼさないこと」だ。
最近では、便器の中に張って、そこを狙うマトのシールや、マトへの的中率で得点を競うゲーム便器もあるという。でもやっぱりよく見るのは張り紙だ。
そう、水を流すボタンの上あたりに、標語が書かれているのを皆さんも目にしたことがあるだろう。たとえばこんな。
「急ぐとも心静かに手を添えて外に漏らすな松茸の露」「貴殿のは、某のより短いで御座る!一足前に出られよ」(この張り紙には象の絵が描かれていた)「スピードよりコントロール!」
要は「外にこぼすな!」ということなのだが、短歌あり、野球のコーチ風ありと、十分楽しませてもらえる。
さて組合の主張や要求というのは、どうしても硬い直截な言葉になりがちだ。「ストレートに勢いよく」もいいが、飛び散らさないように気を付けないと。その点、トイレの張り紙ってかなり参考になると思いません?

虫の可能性とは
(5月5・20日号)
動物や昆虫などの生き物の生態を真似て、機械や素材の性能を高める方法論「バイオミクリー」が近頃、私たちの生活を便利にしてくれています。
例えば、毛づくろいをした毛玉を綺麗にまとめる猫の舌の機能を取り入れた掃除機の回転羽や風を効率的にとらえる鳥の羽の機能を取り入れたエアコンの室外機のファン、液晶画面などに使われていて余計な光が反射しにくくなるフィルムは虫のガの目の構造からヒントを得た物だったりします。
中でも、小さな体で効率よく生きる昆虫はバイオミミクリーの分野で特に注目されていて、塗料などの材料の分野や超高感度センサー、痛くない注射針などに応用されて可能性は広がっています。そこでインターネットで「虫の可能性」と検索してみると。
「食糧問題に昆虫を…国連が発表、栄養価が高く環境に優しい…」との記事が表示されてしまい(!?)
ました。日本でも昔からイナゴや蜂の子などを食べたりしますが、そこまでお世話にならなくても…と思うのは私だけでしょうか?

宝くじに当たる確率
(6月5日号)
宝くじの「一番当たりそうな買い方」は「極力買わないこと」
「ほとんど望みの無いこと」の例え言葉にも使われる「宝くじに当たる確率」ですが、この天文学的な確率からできるだけ逃れる方法は「一生に一度しか買わない」ようにすればいいんです。
確立の基本的な考え方は「サンプルが多ければ多いほど確率の平均値に近づく」です。つまり、サンプル=宝くじを買う回数が多ければ多いほど、当たりの確立に近づいてしまうんです。
データを参考にできる競馬と違い、「運」にしか頼ることのできない宝くじでは、まさに運を天にまかせて一生に一度買うことが肝心…こんな話、夢も希望も無いと思う人も多いと思います。「私は当たりくじをかってるんじゃない、『希望』を買ってるんだ」と反論する方もいるでしょう。
数字で表すことにできない値「希望値」の理論を発見できたら…これこど宝くじより」難しい?

朝ドラの盛り上がり
(10月5日号)
週刊誌がこぞって特集を組むなど、マスコミでの『あまちゃん』人気はホントにすごかった。宮藤官九郎によるマニアックなギャグやパロディーが満載の脚本。これが、ふだん朝ドラを見ない若年層・オタク層を惹きつけ、インターネット上では、脚本の「わかる人にだけわかる」ネタの解説で盛り上がっていたのだそうな。
そんなNHK朝の連続テレビ小説、昨年春に人気を博した『梅ちゃん先生』に続き、大田区がまたまたドラマの舞台になりそうだ。来年春からスタートする『花子とアン』がそれ。
女性に絶大な人気を誇る小説『赤毛のアン』の翻訳者として知られる村岡花子の生涯を描く作品である。村岡花子は、長く大森に住み、馬込文士村のメンバーのひとりでもあり、区内には「赤毛のアン記念館」もある。地元での盛り上がりが今から予想できそうだ。
でも「あまちゃん人気」って、「結局はNHKにうまく乗せられてしまったのかなあ」という気もしませんか。その意味では、このコラムも同様か。やれやれ…。

サイコパス企業
(11月5日号)
「極端に自己中心的」「利益のために平気で嘘をつける」「社会規範や法に従えない」「自分の行動に責任が取れない」こんな症例を持つ人格を精神分析の分野では「サイコパス」いわゆる「人格障害」として分類しています。この個人を表す「人」を「法人」つまり企業に置きかえてみると「法人格障害」という言葉になります。
つまり、企業とは自分たちの都合のいい倫理=企業論理を振りかざして消費者をだます傾向が多い、ということ。
有名ホテルで食材偽装があったり、危険と認識しながらアスベスト建材を売り続けてきた企業…。
上の記事で報告した「企業交渉」でも、多くの企業がまさにサイコパス企業そのもの。
「極端に自己中心的」で建設職人の賃金を低く抑え、低賃金の構造的な問題を認識しながら『1次以下の実態は認知しない』と「利益のために平気で嘘をつき」「建設業法で認められている元請けによる立替払いを無視」する。
「自分の行動に責任が取れない下っ端」との交渉はもう止めてサイコパスの親玉に当たるべきでは。

食品偽装問題
(11月20日号)
秋をすっ飛ばして、いきなり冬になってしまったかのような寒さになったこの頃、皆さんの食卓では鍋がぼちぼちと並び始めているのではないでしょうか。
ちょっと特別な楽しみ方ですが、自分以外には秘密な食材を持ち寄って何が入っているかわからない状態で食べる、いわゆる「闇鍋」というのもそんな楽しみの一つ。
「闇鍋」という言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、実際にやったことがある人は少ないかもしれませんね。でもご安心を。今なら気軽に闇鍋のスリルを、どの飲食店でも楽しめますよ。
有名ホテルレストランで、本当は外国産肉なのに国産肉と偽装して提供していた事などが発覚して以来、右へならえとばかり(?)に全国どこもかしこも偽装、偽装、偽装で、一つひとつ事例をあげていたらそれだけでこのコラム欄がいっぱいになってしまうほど。
今まで目隠し状態で、実際は何を食べさせられていたことやら。どうせなら「闇鍋」ならぬ「闇食」をこの際、楽しんでみたらどうでしょう?

特定秘密保護法案
(12月5日号)
「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」とは室町時代に活躍した、能の創始者である世阿弥が「花」=人に感動を与える芸術的な力、としたうえで「(芸を)すべて見せずに少しだけ見せることで観客の想像力を刺激して、より深く感動させる」芸の一種のコツみたいなものを表現した言葉。
「秘するべき」物を仮に「花」とするなら、何を花にするべきか?それはその人の胸のうちにあるからこそ深みがあるというもの。
世阿弥の時代から600年ほどたった現在の日本で「秘」の取り扱いと考え方が大問題になっている「特定秘密保護法案」。
基本的には防衛や外交、テロ活動防止に関することなど国の安全に関わることが秘密の対象になりますが、規定があいまいで第三者による監視体制についても十分に話し合われているとはとうてい思えません。
狂言「花盗人」で、桜の花を盗んだ男は、捕まって木に縛り付けられても機転の効いた和歌を作ったことで許されましたが、現代の「花盗人」は果たしてどうなる?

嘘のような本当に話
(12月20日号)
「嘘のような本当の話」という言葉がありますが、皆さんは経験したことがありますか。
ある年のお正月、親戚がうちを訪ねてくる日、何だったか調味料をきらしていたのに気がついて、私は近くのスーパーに買い出しに行きました。途中、前の方に止まっていたタクシーからその親戚が降りてきたのに気が付いた私が、何でこんな所に降りてるのかと声をかけると親戚は、一年ぶりに来た私の家がわからなくなってしまったので、近そうな場所で降りたというのです。
私が調味料をきらしたのに気が付かず、出かけていなかったら果たして一人でたどり着いていたか。時間がかかったかもしれなかったし、当時高齢だったその親戚の足取りでは、果たして探し歩くとい
うことができたがどうか。
実はその1カ月ほど前、私が友だちの引っ越し祝いに行った際、同じように道に迷ってしまい、偶然買い出しに出た友だちに見つけてもらっていたのです。
何かと人と人との「縁」について考える年末・年始に贈る「嘘のような本当の『縁』に関する話」

社会保険未加入問題
(4月5日号)
「いつやるか?今でしょ!」と、受験生に奮起をうながす、予備校のテレビCMですっかり流行語になっているこの言葉。
先日、都内の各組合と専門工事業団体などが集まって、社会保険未加入問題と賃金問題に関して学習と懇談会をおこない「現在の建設業界の構造的問題としての【重層下請】とそれに原因を発する【低賃金】の問題」「自己責任という言い訳で社会保険に入らなくていい選択肢があるのは日本だけ」「社会保険加入をめぐり一人親方化が増えている現状=違法な偽装請負いの増加、ということをはっきりと問題視していない」と、長い間先送りしてきた問題について話し合いました。
全国的に組合の仲間は、この4月にゼネコン・住宅メーカー40社以上と交渉をおこない、賃金の引き上げはもちろん、社会保険加入のコスト=法定福利費、を別枠で請求できる仕組みを作るよう企業側に強く働きかけていきます。
国をあげて社会保険未加入が問題視される中…まさにタイミングは「いつやるか?今でしょ!」

「購入」したつもりが
(2月5日号)
片手に収まる端末に1000冊ほどのデータを持ち歩くことができる電子書籍サービス。日本でも4社によるサービスが始まっていますが「本を買ったつもりが買っていなかった」という事態が…。
「買ったのに買ってない」なぞなぞのようなこの話、4社のうちの一つ「アマゾン」の電子書籍サービスを利用していた人が、ある日突然「会員規約に反した行為があったのでサービスを停止します」と連絡を受けました。どうやら冤罪だったようで、すぐに元通りになったようですが、一時期自分が買った本を読めない事態が起きました。
利用規約をよく読んでみると(電子書籍の)ユーザーは本を読む権利が与えられているだけで本を所有しているわけではない、ということなのです。
つまり電子書籍サービスで本を手に入れる場合、端末の画面上で「購入」ボタンをクリックするわけですが、これは実際の話「購入」ではなくて「読む権利を貸してもらう」なのです。
こう考えると、手に持つ本の重みがこれまで以上にずっしりと…

問題の多い建設アスベスト裁判判決
(1月5日号)
12月6日、「建設現場労働者の石綿被害、国の責任初認定」といった大きな見出しが一斉に新聞各紙の紙面をかざった。
前日の首都圏建設アスベスト裁判の判決結果を受けての報道だ。初めて国の責任を認めた点では画期的な判決といってもいいだろう。しかし、建材メーカーの注意義務違反は認めつつ賠償責任を認めないなど問題点も多い。
なかでも問題なのは「労働安全衛生法が対象としているのは、労働者であり、一人親方や零細事業主は労働者ではない。したがって労働者の賠償責任は認めるが、一人親方・事業主は対象外」として約半数の原告が却下された点だ。「佐藤裁判」と同様、現場作業従事者を杓子定規に、機械的に区別しているだけで、現状にまったく合っていない。
「一人親方・零細事業主にも労働者性がある」という考え方で進むべきなのか、「契約上の立場はともかく、現場で同じ作業をしていて、同じような被害にあった人は同様に補償・救済すべき」と考えるべきか。これって、けっこう大事なことでは?

2012

秋の夜長の読書
(9月20日号)
まだまだ暑さは続いていますが、秋の夜長の過ごし方のうちの一つとして、読書はどうですか? ただし電子書籍じゃダメですよ。
寝る前の適度な読書は、昔なら良い夢を見る方法だったかもしれませんが、現代では違うようです。
ある大学の研究によるとスマートフォンやiPadのようなタブレットなど、バックライトの付いた画面の光を2時間受けると、メラトニンという睡眠と覚醒の間隔を制御するホルモンが22%も減少することがわかったそうです。
実際、メラトニンは夜中の2時から4時にかけて一番多く分泌され、朝までに少しずつ減少していくことで睡眠のリズムを上手くとっていると言われています。
暗い部屋のベッドの中で明るいディスプレイを見続けるのは睡眠にとって最悪な影響を及ぼす恐れがあると言っていいでしょう。
昔から主に西洋ではフクロウは学問の神・知恵の象徴として考えられていますが、現代では知恵をつけようと読書をすると“夜行性”の特徴だけフクロウになってしまう場合があるので、ご注意を。

新しいスタート
(6月15・25日号)
今から60年近い前、東京都建設組合のスタートと同時に発行した東京建設新聞(当時は「都建労ニュース」)は当時、月2回刊でした。
それから5年後の1960年11月から月3回刊が始まり、現在までに重ねた号数は1672号。全国を見まわしても、月3回機関紙を発行している組合は私たちを含めて3紙しかありませんでした。
その歴史が残念ながら今回から変わることになりました。組織減少にともなう予算の関係上、6月から月2回刊となりました。
昔の様子を知ろうと、月3回刊が始まった当時の新聞を縮刷版で読み返してみました。昭和35年11月5日号の都建労ニュースは「青年部ニュース特集版」と銘打った、青年部活動の記事が満載の新聞でした。奇しくも今号の1面トップは青年部の大56階定期大会の記事。その次号、11月15日号の1面トップは全建総連が3団体が合併する形で発足した記事でした。
いずれも「新しい力・節目のスタート」を象徴する事柄…東京建設新聞も月2回刊となって新しいスタートをきります。

タヌキ
(4月15・25日号)
皆さん、東京23区内には何頭のタヌキが暮らしていると思いますか? おおよそですが、1000頭ほど暮らしていると考えられています。
タヌキが暮らしているのは皇居や都内各地にある公園で、かくいう筆者もついこの前、代々木公園に桜の花を見に行った際に立ち寄った明治神宮内の「御苑」という森の中で、1匹のタヌキを見かけました。
雑食性のタヌキは昆虫やミミズなどの小動物、柿やギンナンなどの木の実なども食べるそうなので、明治神宮のタヌキも丸々と太っていて、いかにも“タヌキらしいタヌキ”でした。
東京23区内にタヌキ!?と筆者も最初は驚きましたが、東京の公園は夜間に閉鎖される所があるのと、天敵である野良犬などがほとんどいないのがかえってタヌキが暮らすのに好都合だそうです。なので、もし偶然にも見かけた方は「こんな都会に棲んで大変だろうに」と決して捕まえて山奥に放してあげようなんて思わないでくださいね。
あ…「霞が関あたり」にたくさんいるタヌキは退治してもいいかも。

船長の行動
(1月25日号)
絶対に沈まない”ように思える豪華客船も操る人次第では…。
イタリア沖で座礁し、1月18日現在11人の方が亡くなり、依然行方不明者もいる豪華客船コスタ・コンコルディア号における、船長の行動が非難をあびています。
乗員スタッフを喜ばせたいがために、陸への異常接近をおこなったことが座礁の原因と思われること。本来、船長は有事の際に最後まで船に残り、乗客と乗員の安全な避難をおこなう義務があるのに自分が我先に船から脱出したこと…。
一方では、命をかけて救助と捜索にあたっている人たちのような責任感あふれる方たちもいますが、この船長の行動はいわゆる“ラテン系”と言われる南欧の“楽天家気質”が一番悪い形で出たものではないでしょうか。
同じ南欧の“ギリシャという不沈艦”も長年の、無責任で嘘に固められてきた放漫経営のツケがたたって、今はエーゲ海をいつ沈没してもおかしくない様子で漂っているようです。
“世界経済という乗客”を見捨てて逃げるようなことは絶対にゴメンですよ。

年賀状
(1月5日号)
東日本大震災が起きた2011年。年賀状をどうしようか悩んでいた方も多かったのでは。「被災地の人たちに“おめでとう”と書いて送っていいのか」。「そもそも、あれほどの災害が起きて、2万人もの人が亡くなっているのに、“おめでとう”なんて、とても書く気になれない」。
実際、年賀状を印刷する会社でも、お祝いの言葉の入っていない「メッセージ年賀状」をカタログに揃えたところが多かった。そこではこんな言葉が選ばれている。「笑顔があふれる一年になりますように」「力をあわせてがんばろう」「手をつなごう」。
新年のお祝いの代わりに「人と人とのつながり」や「希望」を強調した言葉が多いのが特徴だ。
例年は既成のあいさつ言葉でテキトーに済ませてきた年賀状だが、今回ばかりはそれでは自分の気持ちを伝えられないことに気がついた。だからこそ自分自身の言葉でメッセージを伝えようとして悩んだ。そんな年の暮れだったのではないか。
さて皆さんのところに届いた年賀状はいかがでしたか?

2011

実写のドラえもん
(11月25日号)
「もし~だったら」という仮定の話。皆さんだったらどういった話が思い浮かびますか。
いろいろ出てくるかと思います。「もしドラえもんがいたら」ということを思い浮かべた方、多いことでしょう。今、テレビCMで「もしドラえもんの世界が今でも続いていたら」という話が流されています。
30歳の大人になったのび太、ジャイアン、スネオ、しずかちゃんの様子が実際の俳優を使って実写で描写されています。もちろん、その中にはドラえもんも実写(!?)で…。「ドラえもんとして」出てくるのは、無精ヒゲの生えた初老にさしかかった外人の俳優が…。
初めは正直、夢を壊されるような配役に一瞬戸惑いましたが、見ている人が落胆することで、自分たちの中にある「理想のドラえもん」をあらためて発見できるのではないか?とも思えました。
もうすぐ今年も終わりますが、皆さんの心の中のドラえもんに「今年やり残したこと」「来年やりたいこと」を実現できるようなひみつ道具があるのだったら、どういうことを頼みますか?

時間って柔らかい
(12月5日号)
「時間ってあんがい、柔らかいものよ」
身近な人が口にした、思わずメモを取りたくなった名言・格言を毎年募集する「手帳大賞」の受賞作品が、今年も発表されました。冒頭の言葉は、寝る間も惜しんで昼夜働き続けて自分たちを育て上げてくれた母親に対して、娘が時間のやりくりの仕方をたずねた時の母親の一言だそうです。
皆さん、そろそろ来年に向けて新しい手帳をどうしようか、と考えているところだと思います。自分の手帳を眺めてみて「時間に追われているなぁ…」と、ため息をつくこともあるかもしれません。時間に立ち向かおうとせず、受け止めてみることも時には有効なのかも。「時間」がもし「柔らかい」物だったとしたら、意外とすんなり事が運んだりするかもしれません。
時間薬(ときぐすり)という言葉もあります。悩みや苦しみも「時間が解決してくれる」と思う考え方です。「柔らかい時間」にくるまれてみると、やり過ごせる事もあります。
やっぱり時間って柔らかい物なんでしょうね。

月面の写真
(9月25日号)
少しずつ夜が長くなるにつれ、見上げる月もその目にする機会が多くなってきています。じっと目をこらして見てみると、日本でおなじみの「餅をつくうさぎ」が見えてきたり、国によってはライオン・カニ・ロバ・女性の横顔など、様々な生き物が月にはいるようです。人の力を超えた「科学の目」をこらしてみたところ、今月6日に見えたものは『人の足あと』でした。
月探査機が撮影した月面の写真には、アメリカのアポロ17号が1970年代初めに、月探査をおこなった時の月面探査車のタイヤのわだちや、宇宙飛行士が月面を歩いた足あとが映し出されていました。
今まで、一部の人は「アメリカは月に行っていない。月面で撮られたという映像は地球のスタジオで撮られたものだ」と言っていました。この人たちにとって今回の映像は「見えすぎちゃって困る」ものかもしれません。
もしかして、この人たちはこう反論するかもしれません。「今回の映像も作り物に違いない。だってすぐ近くに、うさぎの足あとがあるじゃないか」って…。

泉南アスベスト高裁判決
(9月15日号)
8月に泉南アスベスト国賠訴訟の2審判決があり、大阪高裁は「国の対策に違法性はない」として原告逆転敗訴を言い渡した。
「日本では、産業社会の発展が、労働者の生命や安全よりも優先する」――ひと言でいえば、これが裁判所の主張だ。日本国憲法の3原則のひとつ「基本的人権の尊重」は、どこへ行ってしまったのやら。
この裁判では国の責任について、国側が「1次的責任は企業であり、国は2次的責任しかない」と主張したのに対し、1審は「国に1次的責任がある」と原告の主張を認めたのだった。ところが、今回出た高裁判決は「国の賠償責任はない」というもの。国側自身が「少しは責任ある」と言っているのに、これってどういうこと?
震災による原発事故で、国や東京電力が将来、損害賠償で訴えられる可能性はかなり高いはずだ。その際「この判決が前例となり、“国の対応に責任はなかった”として裁判所が原告の訴えを退けるおそれがある」との意見もある。この判決、ひょっとして真の狙いはソコ?

3月11日以後
(9月5日号)
3月11日に起こった東日本大震災から、もう少しで半年が経過しようとしています。ちょうど半年後の9月11日は、10年前にアメリカで同時多発テロが起こった日です。
ニューヨークのワールドトレードセンタービルにハイジャックされた旅客機が激突した映像は、今でもはっきりと思い出すことができます。同じように、3月11日に見た津波の映像は何年たっても忘れることはないでしょう。人生の中で転機というものがあるとすれば、この2つはまさに「変わり目」と言うにふさわしいものだと思います。
「9月11日後」から世の中は、テロリズムとそれを抑え込もうとする力同士の戦いに巻き込まれ、「異なったイデオロギー同士の対立」という構造に変わった、と言えるのではないでしょうか。
それでは「3月11日後」からは世の中の流れの何が変わったのでしょうか。一つはっきりと言えるのは、9月11日後の「対立」ではなくて「調和」でしょう。潮目は「助け合い」に変わりつつあるのではないでしょうか。

車内がさらに
(8月5日号)
「電車でメーク」はもう日常茶飯事だが、車内はさらにエスカレートしているようだ。新聞の投書欄に掲載されたものを2つ紹介しよう。
1つめは「ほぼ満員の車内に乗り込んできた学校帰りらしい2人の女子高生が、空いていた席にカバンを置くなり、その場で服を着替え始めたのです」。そして彼女たちは制服上下を私服上下に素早く着替え、「終わると、2人ともおしゃべりしながら化粧を始めました」。
2つ目は「女子高生2人が乗り込み(中略)座るとすぐにかばんからカミソリを取り出し(中略)すね毛をそり始めました」。さらに太もも・両腕・顔の毛を剃っていく。「その間約15分。私は女子高生の鮮やかな手さばきに圧倒されて、一瞬も目が離せませんでした」。
メーク・着替え・ムダ毛剃りの3つに共通するのは、身づくろいに関する行動ということ。そして投稿者の感想で共通しているのが、彼女たちの手ぎわの良さだ。
いったい次は何を、その鮮やかな手さばきでやらかしてくれるのか、注目して待つとしよう。

七夕の願い事
(7月15日号)
一年に一度、7月7日の七夕の日に、笹の葉に願い事を書いた短冊を結んで、ぶらさげたこと、皆さん子どもの頃にやった記憶があることでしょう。
子どもらしい可愛い願い事がある一方「外でいっぱい遊べますように」今年の七夕で、福島市の保育所内にかざられた短冊にはこう書かれていました。こんな短冊がぶらさげられていた笹の葉も、今年はポリエチレンでできた、代用の笹の葉でした。
これは言わずもがな、福島第一原発での事故による放射線の影響が原因です。窓を閉めきった建物の中で一日を過ごすしかなく、事故の前では当たり前のように外で元気よく遊んでいた子どもたちも、今では送り迎えの際に、少しだけブランコで遊ぶことができる程度だということです。
七夕は過ぎ、関東でも梅雨が明けて夏がやってきました。クーラーなどの消費電力を節電するために、私たち大人がある程度の我慢をするのは構いません。しかし、子どもたちにこのような思いをさせるのは、やるせない気持ちでいっぱいになります。

水掛け論
(6月5日号)
水の掛け合いのように勝敗が決まらない言い合いを表した「水掛け論」という言葉。互いの田んぼに水を引こうとして言い争う一幕を描いた「水掛聟」という狂言が由来だという一説も。
「水掛聟」は、互いの立場を守ろうとして醜い言い争いをする様子が面白おかしくて狂言になっているのですが、笑うに笑えない水掛け論がこんな話。
東日本大震災の翌日、3月12日に福島の原発事故に際し、斑目(まだらめ)原子力委員会委員長が再臨界(核燃料が制御不能の状態になって核分裂を起こした後に爆発を起こすこと)が起こる可能性について「言った言わない」の水掛け論がありました。
斑目氏が言った可能性があるのは「再臨界の危険性がある」「再臨界の可能性はゼロではない」このいずれか。いずれかの話(?)を聞いた政府首脳が、事故原発への海水の注入中止を命じて…しかし現場責任者はその命令に従わず注水を続け…。
何が何だか分らないこの顛末。とにかく「水を掛け続けて良かった」というオチがついた「水掛け論」。

絶対安全
(5月5日号)
太陽は東から昇り西に沈む。すべての生き物はいずれ死ぬ。こういうことぐらいしか世の中に「絶対」と言いきれることは数少ない。「絶対」という言葉を気安く使っていたために私たちは今、高い代償を支払わなければいけなくなっているのかもしれません。
今まで電力会社と国は「絶対安全だ」と原子力発電を推進してきました。「絶対安全」だから防波堤も低かった。「絶対安全」だから緊急時の電源確保もおざなりだった。「絶対安全」だから…
自分の身をかえりみず、今も作業をする原発の作業員の皆さんに定められている「被ばく線量」の上限規定値が、今回の事故を受けて大幅(2・5倍)に上げられました。
この改定を働きかけたのが福島の電力労組だというのですから何とも「都合のいい」話です。これも「絶対安全」だから緊急時に働ける人材の確保をしてこなかったツケということ?
最悪の事態を考えることを許さなかった「絶対安全」というこの言葉が実は「危険思想」だったんかもしれません。

自分たちにできることを
(4月5日号)
3月11日以降、私たちの生活から明かりが少し消えています。コンビニ、駅構内などあらゆる施設の照明の数が少なくなっています。組合事務所内でも一部の照明を消して節電に努めています。
今、世界中の目が日本を見ています。ひび割れた高速道路を、わずかな期間で復旧させた日本の土木技術を世界は驚きの目で見ました。
その一方、総理大臣や原発問題の責任者である東京電力の社長は3月11日以降、数えるほどしか私たちの前に姿を現していません。世界はまた、こんな姿を「日本は、トップは弱いが現場は強い」と報道しました。
今日を無事に生きている私たちにとって今、何ができるでしょうか。トップがダメなら現場の底力をもっと世界中に見せてやりましょう。冷静に、自分たちにできることをやりましょう。そして、一日も早く日常を取り戻し「現場の力」で日本を元通りに、いや今まで以上に元気にしましょう。
少し消えた明かりを目にするたび、この決意を思えば、私たちは奇跡を世界に見せることができます。
 
白・黒
(2月25日号)
「白黒」についてのあれこれ。
パンダが白黒模様なのは、白と黒という対極な色で一頭の動物としての輪郭をとらえにくくして敵から身を隠す「分断色」をとっているという説。
その「分断」が続く北アフリカ諸国。チュニジアの革命から始まった流れはエジプトを押し流し、リビアも大混乱。各国の、今は独裁者と呼ばれている指導者もその始めは理想に燃えた「真っ白な政治家」だったのかもしれません。権力と利権に群がった「腹黒いやから」に挟まれ、オセロのように自身も真っ黒くなってしまった。
白黒つけるゲームといえばオセロのほかに囲碁があります。小沢一郎・元民主党代表と、与謝野馨・経済財政政策担当大臣の公開囲碁対局が昨年の12月19日にありました。与謝野氏が優勢だったのを小沢氏が逆転勝利して「白黒はっきり」ついた(?)ようです。

エンディング
(2月15日号)
TVアニメで、番組の最後にかかる歌には名曲が多い。オープニングにアップテンポの曲を使う分、ラストは落ち着いた聞かせる曲を選ぶからだろうか。
昔のものでは「サイボーグ009」や「ガンバの冒険」の曲、もう少し後では「はじめてのチュウ」「ニャースのうた」などが頭に浮かぶ。が、エンディングの超名曲といえばこの曲は絶対はずせないだろう。そう「みなし児のバラード」だ。
昨年暮れから、社会的な現象となっている「タイガーマスク運動」。あのニュースを聞いた時、即座にこの歌を思い浮かべた方も多いのでは? こんな歌詞だった。
温かい人の情けも胸を打つ熱い涙も知らないで育った僕はみなし児さ/強ければそれでいいんだ/力さえあればいいんだ/ひねくれて星をにらんだ僕なのさ/ああだけどそんな僕でもあの子らは慕ってくれる/それだからみんなの幸せ祈るのさ
この歌手は、その後、敏いとうとハッピー&ブルーに入り、「わたし祈ってます」をヒットさせる。偶然だが、どちらの曲も「祈る」のね。

神曲
(2月5日号)
あの世に天国か地獄というものがあるとするなら、誰でもどちらかに行くのでしょうか。しかし、どちらにも行くことのできない場合もあるようです。
地獄と天国を見てまわった男の物語「神曲」(ダンテ著)には、自分の立場の安定だけしか考えず日和見的で安易な人生を送った人たちが、地獄の入り口で模様がコロコロと変わりながら動き回る旗の後を永遠に行進させられる様子が次のように描かれています。「…天はこうした奴が来ると天国が汚れるから追い払うが、深い地獄の方でも奴らを受け入れてはくれぬ。こんな奴らを入れれば悪党がかえって威張りだすからだ」
自分にとって理不尽な現状を変えようとせず、それができない言い訳を「現状維持が一番」という心の奥の日和見主義に従ってしまっている…誰にも少しは心当たりのある耳に痛い例え話ではないでしょうか。
「どうせ変わらない…」と、だんまりを決めこんでいるだけでは「悪党を威張らせる」だけかもしれません。自分を変える勇気があれば環境は変わるかも。

坂道
(1月5日号)
日本では、昔から「たくさんある」ことの慣用表現として「八百八」ということばが使われている。大阪は八百八橋だし、京都は八百八寺、奈良は八百八池、そして江戸は八百八町という具合だ。
さて、江戸にはもうひとつ「八百八坂」という別称もある。ご存じのとおり、都内はホント、坂が多い。23区内で名前のついている坂だけでも500以上あるのだとか。
「住みやすさ」の観点から町を評価すると、「坂の多さ」は減点の対象だろう。目黒区も坂の多い区のひとつだが、逆転の発想で、そんな弱点を「売り」にしてしまった。
2010年春、「めぐろ三ツ星健康法・坂道ウォーキングのすすめ」という「坂道ガイド本」を発売。これがかなり評判を呼んでいるのだ。コースが7つ紹介され、全部回れば区内で名前のある坂33がすべて通過できるという内容だ。興味のある方は健康づくりを兼ねてチャレンジしてはいかが?
組合の組織人員も、世の中の景気も「登り坂」になることを願いつつ、今年もよろしくお願いします。

 

2010

単純なシステム
(12月15・25日号)
年末年始のこの時期になってくると、新しい手帳の最初のページに新年を迎えるにあたっての目標を書き入れる人も多いと思います。
毎年末に古い手帳を見返すと、とうとう達成できなかった目標を見つけて気恥ずかしい気持ちになるものです。そんなあなたに参考になる話を一つ。
無造作に置かれた自転車で、せっかくの駐輪場がごった返していたのが悩みの種だったある駅。注意書きを書いた看板は、まったく役に立たず。臨時に管理員を雇った一時期は整理整頓できましたが、管理員がいなくなったらすぐに以前のように。試行錯誤の末、ある事をしたらほとんどコストをかけず見違えるようにきれいになりました。その方法とは?
答えは自転車を並べる基準となる線を一本書いただけ。人の気分や考え方ほどゆらゆら動いて頼りない物はなく、気分を一新させるためにはそうせざるを得ない単純なシステム(一本の線)が必要なのです。立派そうに見える目標を立てるより、まず簡単な行動から変えてみるのも一つの案かも。

墨子
(11月25日号)
紀元前4、5世紀の中国は儒教の祖である孔子や、道教の祖・老子などさまざまな思想家が生まれました。孔子よりやや遅れて出てきた「墨子」は才能あふれた時代の中でも、とりわけ変わった一派でした。
墨子の主張は「無差別愛・博愛主義・非攻論者」でした。こうみると単なる理想主義者かと思う方もいると思います。しかし墨子は空虚な平和主義を唱えただけの集団ではなく、ある国が別の国を攻めると聞けば、攻められる方の国に出かけて防戦の指揮を取り、手助けする「防戦のプロ集団」だったのです。
墨子の「墨」とは一説によると、人の名前ではなく墨子一派の特徴をあらわすものが由来とされています。図面を引く「墨」をいつも携帯していた技術者集団、つまり建設に関連した集団だったのではないかと言われているのです。
大工、左官、石工などの技術を駆使し、共同して城壁を補修したり矢倉を組んだり…私たちの大先輩は組織の力で的に立ち向かう、なんともかっこいい集団だったのかもしれませんね。


(11月15日号)
あなたは得体の知れないものが奥にいそうな、恐れを抱くような森を見たことがありますか。
まだ人間が二足歩行をしていない時代、私たちの祖先は森の木の上でコソコソと逃げ隠れするような生き方をしていました。「食べられる側の恐怖の記憶」が遺伝子に残っているのでしょう、「森の記憶」は本能的に私たちに恐れを抱かせるようです。
グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」の、悪い魔女が子供を誘い込むお菓子の家や「注文の多い料理店」の、山奥にある人食い山猫が待ち構える料理店などは森の中です。
恐れはやがて信仰につながり、特に日本では木などを「ご神木」としてあがめるようになりました。熊野地方など、原始の森の雰囲気を残し、おごそかな気持ちを抱かせる森や、人の手が入った里山などは、より身近に感じることのできる鎮守の森として信仰の対象となっています。
ふだんの生活の中で、得体のしれない不安を感じた時「木を見て森を見ない」ようなモノの見方もたまには有効かもしれませんね。

大事なたまご
(11月5日号)
たまごが先か? ニワトリが先か? あなたはどっちが先だと思いますか?
お互いに関係が深い事がらで、実際に結論を出すのは難しくてあまり意味がないことを表現したこの例え話ですが、この度ついに決着がついたようです。
イギリスの研究チームによると、たまごの殻を作るたんぱく質はニワトリの卵巣の中にあり、これがないとたまごが作れない…つまりニワトリが先にいないとたまごができない、という結論に達したようです。
前置きが少し長くなってしまいましたが今回の本題はこんなことではなくて、3年後をめどにスタートさせると国が打ち出した「幼保一元化問題」。
保育園などに入れない「待機児童」をなくすために幼稚園と保育園を一体化させた「こども園」という仕組みを作る、と言っていますが財源はどこから? 無理な仕組みで子供にしわよせがいかないか? など、早くも異論続出な様子です。
子どもは私たちの未来を託す「大事なたまご」です。乱暴に扱ってこわしてしまわないように大切に扱ってほしいものです。

古希
(10月5日号)
毎年、東京建設新聞の9月15日号は「敬老のお祝い」特集号だ。70歳・75歳・80歳を迎えた組合員さんの氏名が全員掲載され、古希を迎えた組合員さんのインタビュー記事が載る。元気に仕事を続けている様子が紹介された記事を読み、「よし、オレももうひと頑張りしなくっちゃ」と思われた方も少なくないのではないか。
ちょうど30年前、凶弾に倒れたジョン・レノンも、生きていれば今年で70歳だった。そう、古希の皆さん、実はビートルズ世代なんですね。ちなみにブルース・リーも「生きていれば今年で70歳」組だ。
杜甫の詩『曲江』の「人生七十古来稀」(人生で70年生きる人は古くから稀である)が「古希」の由来というのは有名な話。戦前は、平均寿命が女性49歳・男性47歳というから、確かに「古希」は実感があったのかもしれない。しかし現在は、70歳は当たり前の時代だ。
「古希」っていうと、昔なら「お年寄り」のイメージだけど、そろそろ認識を新たにして、もっと若さや現役感のある「呼び名」が必要だね。
 
犬の糞
(9月25日号)
「江戸名物、伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言葉があります。江戸の都には、伊勢地方に縁のある商家、京都の伏見稲荷から分社されたお稲荷さん、野良犬のフン、が多くあったことから言われはじめた言葉です。
時代は過ぎ…現在は伊勢屋とお稲荷さんは減りましたが、犬の数はどうでしょう。ペットフード協会調べによると、日本で飼われている犬の数は1232万頭を超え、15歳以下の子供の人口より多いそうです。
ここまで多いと、犬の散歩をしている人をよく見かけるのもうなずける話です。これは日本に限らず海外でも同じらしく、アメリカでは犬のフンを利用して公園などの街頭に明かりを灯そうと実験がおこなわれています。犬のフンを処理機に入れて分解、発生したメタンガスを燃料としてガス灯に火をともす、という仕組みです。
他にも下水処理をする際に発生するバイオガスを使って市バスを走らせるなど実験されています。様々に『臭いものにはふたをせず』有効利用すれば、エネルギー不足問題も一気に解決するかも。

いのちの食べかた
(8月5日号)
宮崎県で4月の発生以来、約29万頭もの牛や豚が殺処分された口蹄疫被害が、7月27日に家畜の移動と搬出の制限が解除されたことで、ようやく終息へ向かいそうです。
このニュースに、私たちが毎日食べる肉や野菜がどのように作られているか、すべてを隠すことなく紹介したドキュメンタリー映画『いのちの食べかた』を思い出しました。
自動車工場のような加工場で半自動的に食肉へ加工されていく様子は、2年前に見た映像を今でも思い浮かべることができるほどショッキングなものでした。公開当時も様々な物議をかもした映画でした。
しかし、これはありのままを映したドキュメンタリーで、今まで心のどこかで目をつぶっていた現実です。是非はともかく映画ではその肉が、まさに私たちの「血と肉」になっていることで納得する部分もありました。
それと比べて、宮崎県での約29万頭の牛や豚たちはいうなれば「死に損」と言えるのではないでしょうか。この事実をしっかり受け止めて二度とこのようなことがないように願うだけです。
 
岡田ジャパン
(6月25日号)
サッカーワールドカップの1次リーグも終盤になって、熱戦に夢中になっている方も多いでしょう。4年に一度、世界中の一流選手が見せる技を楽しむのはもちろん、国同士が誇りをかけて戦う緊張感もまた楽しいものです。
国を代表して集まったチームは、その国の国民性を表している場合が多く、この点を比べてみるのも楽しみの一つだったりします。規律と我慢強さのドイツ、個人主義のフランス(そのせいかチームに内紛がおきて自滅しました)…他にも様々な国とその国民性をみることができますが日本チームは、この点どうでしょう。
日本のチームカラーと国民性を表すなら「『岡田』ジャパン」と言えばいいでしょうか。実際に戦う選手ではなく監督の名前が前面に出てくるチームは日本くらい?
これは際立った個性と実力を兼ね備えたタレント=選手が見当たらない、ということなのでしょうか。いつの日かチーム名の前から監督の名前が取れた時、日本のサッカーが本当に世界を驚かすことができる…ことを夢見て。

おいしいお店
(6月15日号)
三軒茶屋の「味とめ」。戸越の「百番」。大井町の「ブルドック」と「牛八」。中延の「西海」…。
テレビのバラエティー番組の企画、きたないけどおいしい(おいしくない場合もある)店を探訪するコーナーで紹介された飲食店の数々だ。といってもすでにおなじみの店ばっかりだよね。
「きたない(雑然としている)」と「おいしい」が相反するものではないことなんて常識だし、そういった店は、皆さんもたくさん知っているだろう。わざわざテレビで教えてもらってもなあ。高いのに不味い店を紹介する企画はさすがに無理なんだろうけど。
それにしても日本の飲食店情報の量の過剰なことと言ったら。新聞・雑誌には、毎号おいしいお店が紹介され、本屋にはグルメ本が平積みだ。
まず雑誌やインターネットで味や評判を確認したうえで店を訪ね、記載どおりかチェックする。なんだか情報を漁っている段階でおなかがいっぱいになりそう。
と言いつつ明日の昼は、先日、雑誌に載っていたラーメン屋に行くとするか。

アイパッド
(6月5日号)
つい前号、5月25日号のこのコラム欄に書いた「善意の道を進もうとして地獄にたどり着いてしまった」首相が、とうとう辞任をした。
任期は260日あまり、1年前後しかもたない政権がこれで4回連続続いたことになる。これでは日本国内はもちろん、国際社会においても日本の政治が信用されないのも当たり前だろう。首相辞任に関して「書く気にもならない」というのもまた事実だったりする。
首相辞任以外で最近話題になっているのが「iPad(アイパッド)」という物。ノート大の液晶ディスプレイ状の形で、インターネットにつなげられたり写真を見れたり…。日本発売当日には、徹夜で行列する様子などがテレビで映し出されていた。アメリカでは発売2カ月ですでに200万台を売ったそうです。しかし、残念なことにこのiPad、分解してみると使われている部分に日本製品がほとんど使われていないらしい。
最後に…「iPad、とかけまして国際社会の政治、とときます」「その心は」「どちらも日本外しでしょう」

地獄に続く善意
(5月25日号)
「地獄への道は善意で敷き詰められている」
当の本人はその時、無知な善意から自分のやっていることは正義で社会に役に立つ、と思ってやっているが結果的にはその意図したものと反対、もしくは思いもよらなかった悪い結果を生む…。最近、泳いだ目と顔色の白い首相をテレビで見かけると、ついこの言葉を思い出す。
「友愛」を政治理念にしていると公言し、沖縄の米軍基地を移設して沖縄県民の負担を無くす、と「善意の人」の首相は、初めのうちは息まいていた。しかし現実はそう甘くなく、八方美人の発言もあっちへ行っては撤回、こっちへ戻ってはやっぱり繰り返し、今や八方ふさがり。
オウム真理教に入信した人なども入信の動機は純粋な使命感だったと思う。結局、お坊ちゃま育ちの首相は、その純粋さと周りに嫌われたくない一心で、今も地獄に続く善意の道を進んでいるように見える。
個人的には時にこういう人を見かけることがあるが、一国の首相がこれでは困る。地獄へと進むのは自分だけにしてもらいたい。

現代の坂本龍馬
(4月15・25日号)
好きな歴史上(日本史)の人物ランキングの類にいつも名を連ねる常連といえば、織田信長や源義経、徳川家康…などいろいろ頭に浮かんでくるかと思いますが、今回の話のタネは今年の大河ドラマの主役「坂本龍馬」について。
「当時の常識に外れた事業を起こした(起こそうとした)」「行動的」「志半ばで亡くなる」どうもこれらのことが私たち日本人の「好み」に合うようで、この3つは織田信長、源義経なども同じですね。
織田信長、源義経が出たついでに考えてみると彼らの時代も坂本龍馬が生きた幕末と同じく、世の中が大いに動き変化しようとしていた時代でした。
近頃、政治の世界で「自称・坂本龍馬」を名乗る人が増えてきていますが、これも変化の激しい今のご時世でしょうか。
かなしいことですが、いずれの人物も旧世代を懐かしむ、もしくは旧世代の利害関係者に害されてしまいました。
玉石混交の「現代の坂本龍馬」が出てきていますが、「本物」が活躍してくれる世の中になってもらいたいものです。

高校無償化
(4月5日号)
日本のことしか知らないと、世界的標準との違いに「エッそうだったの!」とびっくりすることが時々ある。最近では「高校の無償化」もそのひとつだ。この4月から実施される高校無償化。「さすが日本は太っ腹だなあ」と思っていたのだが。実はOECD加盟国で無償じゃないのは、日本・韓国・イタリア・ポルトガルの4ヵ国だけなんだって。
そもそも「国際人権規約」の条項が根拠になっている「高校無償化」。日本はこの規約を1979年に批准したくせに、「高校無償化」の部分をずっと留保しつづけていたのだ。09年5月時点で、留保していたのが日本とマダガスカルだけというのだから、情けない。
さらに「朝鮮学校は除外」というのも、国連人種差別撤廃委員会からは「マイノリティー差別だ」と強く非難されているわけで、首相の「教育内容が確認できない」発言は姑息すぎるでしょ。
ちなみに、公立高校で3年間にかかる費用は約150万円、鳩山首相がママからもらっていたお小遣いは月額1500万円だそうな。
 
豹変
(2月25日号)
「豹変する」という言葉を聞いて思い浮かべることは「節操がなくて変わり身が早い」という、悪い印象を持つ人は多いのではないでしょうか。ところがもともとはこの言葉、決して悪い意味で使われてはいませんでした。
中国の古い言葉「君子は豹変し、小人は面(おもて)を革(あらた)む」が由来。その意味は「立派な人は、季節によって豹の毛が鮮やかに生え変わるように変われるものだが、つまらない人は表面だけ変わったように取りつくろうものだ」という言葉でした。
服装の問題で日本中から非難をあびたオリンピック代表選手がいましたが、彼はその後の記者会見などで「自分がやっている競技のかっこよさを伝えたい」と発言したようです。
一流の選手は「変わることができる」から、昨日の自分や明日の自分より強くなっていけるのではないでしょうか。彼には良い意味で「豹変」して、自分が小人でないことを示してほしい。それが「本当のかっこよさ」を伝えることです。「変わる」ことは決して恥ずかしいことではないのだから。
 
パスワード
(2月15日号)
赤穂浪士が討ち入りのときに使ったのが「山」と「川」。アリババが秘密の扉をあけるときに唱えたのが「開けゴマ」。
そう「合言葉」って奴。英語でいえばパスワードだ。金融機関のキャッシュカードやインターネット上で本人確認するときに皆さんも使っていると思う。
先日、米国のコンピューターセキュリティー企業が3200万人のパスワードを分析した結果を発表した。
それによると30万人が使っている「123456」が第1位。続く2位が「12345」で、3位が「123456789」だった。日本のみんなは、こんな危ないことしてないよね? 発表によれば、5人に一人は安直な(すぐバレる)文字列を使っていたという。
ちなみに4ケタの暗証番号に誕生日を使うのはやめたほうが賢明のようだ。4ケタならば、普通は10×10×10×10で1万通りあるはず。ところが誕生日の場合、366通りしかないんだな、これが。
事実、キャッシュカード被害の約6割が誕生日を入力されてお金を引き出されているんだって。
 
140字のさえずり
(2月5日号)
1回140字以内の文章をパソコンや携帯から投稿すると、すぐにインターネットで読むことができ、他人が投稿した文章に意見などを付け加えることができるサービス「ツイッター」が、メディアの新しい形として注目されています。
「小鳥のさえずり」=「ツイート」のように短い文章と、それに対する意見などが下から上へ連続してつながっていく姿はまさに、一つの木(話題)の枝々にとまる多くの小鳥がさえずるよう。140字という量は例えば…。
朝日新聞は「建設国保の付加給付金の制度は優遇されて不公平だ」というが、国保組合に対する国庫補助は「療養給付で国保組合が払った分について32%の定率補助」が基本。これは国民健康保険法で決められていて、付加給付のためのお金は市町村国保より高い建設国保の保険料が財源である。
右に書いた132字の、このツイート(さえずり)を、「全国の仲間が集まる大きな木」の枝々で一人ひとりが主張していけば、朝日新聞のような巨大な権力に立ち向かうこともできる。
 
本当にホント?
(1月5日号)
11月30日の朝日新聞朝刊1面に載った「国補助の建設業者国保、入院医療費、実質タダ」という記事、読みました?
「市町村国保にはない医療費の払い戻し(付加給付)という制度が国保組合にはある。そんな金があるなら、国庫補助は必要ないはず」というのが朝日の言い分の根幹だ。では事実はどうか。
国保組合に対する国庫補助は「療養給付で国保組合が払った分について32%の定率補助」が基本。これは国民健康保険法で決まっていることだ。付加給付のためのお金はどこから出ているのかというと、市町村国保より高い保険料が財源なのだ。
朝日は、このあたりを故意に省いて記事をつくっている。しかしワイドショーが「新聞各紙の朝刊紹介コーナー」で、この記事を取り上げたこともあり、国民の間では「鵜呑み」にしてしまった人も多いはず。
組合のある仲間がこう話してくれた。「今まで新聞には本当のことが書いてあるって思って読んでたけど、この件以来、本当にホントか?って疑うようになっちゃったよ」
 

2009

お染久松
(12月25日号)
歌舞伎や浄瑠璃で演じられる「お染久松色読版」と、今年流行している新型インフルエンザ。まったくかけ離れている二つの言葉、実は深い関係があるんです。
油屋の娘・お染が丁稚の久松と心中した実際の事件は、冒頭の「色読版」以外にも「野崎村」など多くの脚本を生み、悲劇的な最期をむかえる道ならぬ恋の代名詞となりました。
時代は下り、明治23年。日本で初めて大々的に流行したインフルエンザは当時の人たちに「お染風邪」と呼ばれました。お染が久松に惚れたように「すぐに感染する」という謎かけから名づけられたと考えられます。
そこで、当時の人たちは「お染が入って来ないよう」に「久松留守」や、中には露骨に「お染御免」と書いたおふだを軒先に張りつけることが流行したそうです。
一方「野崎村」の脚本では、久松の婚約者「お光」が自ら身を引いて、お染と久松が心中することはなくなる「人情物」となっています。現代になぞらえると、お光はワクチンの一種でしょうか。皆さんもワクチン接種を忘れずに。
 
2種類の奨学金制度
(10月25日号)
家庭の事情で、進学資金が用意できない学生がお金を借りる「奨学金制度」。07年度末で奨学金の返還を3ヵ月以上滞納していた人は約21万人で、滞納額は約2253億円。このうち、約1万3000人(総額約132億8000万円)が、住所不明となって、回収が不能になっています。
奨学金は、返還義務がある「貸与型」と返還義務のない「給付型」の2種類がありますが、夏の選挙で各政党が給付型の奨学金を増やそうとマニフェストの中で表明していました。
奨学金で学校を卒業し、自立した成人の義務として何年かかっても返したお金が次の学生を生む、と考える「貸与型派」と、卒業と同時に多額の借金(奨学金)を背負うことを考えてしまい、進学をあきらめてしまう貧困家庭の学生が多くなる、と考える「給付型派」と意見は様々です。
弱者救済の社会を目指す姿勢は大切でもっともですが、弱者が強くなって社会をリードするには時間がかかる。強者が社会をリードする形を一概に退けるのは危険ではないでしょうか。
 
衆議院選の結果
(9月5日号)
「まるでオセロゲームみたい」――今回の衆議院選の結果について、こんな感想をもらす人が多い。小選挙区の議席数割合が自民73%・民主17%から一気に民主74%・自民21%だもの。いやあ、小選挙区制ってホント怖いね。
得票数でみると、民主と自民に議席数ほどの差はない。比例区の全国分集計では、民主党が全体の42%で自民党が27%、小選挙区での両党の得票数集計では、民主党と自民の割合は10対8だ。
今回ハッキリしたのは、そのときの勝ち馬に乗る性質の強い日本で小選挙区の選挙をおこなうと、二大政党どころか1党の圧倒的な一人勝ちになる可能性が高いということだ。比例区があるから、小さな政党(ひいては多様な意見)の生き残る余地が辛うじてあるけども。
政権を取った民主党はマニフェストで、「行政改革のため衆院比例区の定数を80人減らす」と言っている。節約したいなら、国会議員の給料を15%ぐらいカットすれば済む。よりによって比例区を減らすとは。
あのう、民意がますます反映しなくなるんですけど。
 
監視カメラ
(8月5日号)
繁華街や主要道路沿いなどに設置されている監視カメラが年々増えています。犯罪の抑止や、不審車両の発見などに一定の効果をあげているそうです。
なかでもイギリスは世界でも屈指の「監視カメラ大国」で、ロンドンともなると一説には50万台以上の監視カメラがあり、1人が1日300回ほど撮影される計算になります。そんなイギリスで最近、さらに物議を呼びそうな試みがおこなわれています。
それは「2万世帯の家庭に、24時間の監視カメラを設置する」計画です。非行や反社会的問題がある、とされた家庭に監視カメラを設置して、必要があれば人員を派遣して指導する場合もあるそうです。これは冗談でも何でもなく、すでに2000世帯の家庭で実験的におこなわれているそうです。
「テレスクリーン」という一種の監視カメラを使った未来の監視社会と、全体主義の恐怖を描いた小説「1984年」を書いたジョージ・オーウェルは奇しくもイギリス人で、1950年にその生涯を閉じたのはロンドンでした。
 
男子・女子
(7月25日号)
ここ数年、20~30代の女性の間で自分たちのことを「女子」と呼ぶ人が増えているのだという。一般的には「女子」といえるのは中学・高校生ぐらいまでかなという気もするし、実際「いいオトナが自分を“女子”だなんて、年齢を受け入れていないイメージ」との批判的な声も結構あるのだが。
この現象、どうやら「女子」ということばの意味合いが変わってきているかららしい。自称「女子」たちは「年齢にかかわらず、女性らしい可愛らしさを持った女性」というニュアンスで「女子」を使っているというのだ。皆さんはどう思います?
いっぽう「○○男子」というフレーズも最近よく目にする。○○に入るのは「草食」「弁当」「水筒」「スイーツ」など。こちらは従来の「男らしさ」の逆をいくようなイメージが特徴だ。「女子」と違うのは、「男子」を自称する男性が見当たらない点かな。
えっ、男性の自称はなにが良いかって? もちろんアレしかないでしょう。なんたって「おやじ日本」というNPOまであるくらいだもん。
 
白虎隊
(7月15日号)
「白虎隊」の名を聞くと多くの人が、明治維新の時に官軍と戦って最後は自刃した勇敢な少年たちの話、とおぼえていることでしょう。しかし事実はちょっと違うようです。
白虎隊は多くの分隊からなる組織で、総数は340人前後。飯盛山で自刃した「士中二番隊」と呼ばれた上級藩士の子弟・少年たちは19人。6%にも満たない一部の事件が白虎隊を代表する話となっています。しかも、飯盛山から見えた市中の火事を城が燃えている、と勘違いしたのがきっかけと言われています。
死んだ少年たちにはかわいそうですが、上級藩士の子弟で構成された「良いとこの坊っちゃん」が、育ちの良さからくる「こらえ性のなさ」「あきらめの早さ」から起こした悲劇とも考えられます。
それから141年の時が流れた今年の夏…自民党の都議選惨敗をうけて、なかばやけ気味に解散をした麻生総理も、吉田茂・元総理を祖父に持つ「良いとこの坊っちゃん」。自分一人で自刃するのは勝手ですが、日本全体まで巻きこむのはもうやめてください。
 
ものづくり
(6月15日号)
半世紀にわたり町工場で働いてきた旋盤工・作家の小関智弘氏。氏がものづくりの現場をルポした本『町工場巡礼の旅』に、小関氏と、機械化のすすんだネジ工場の工場長とのこんな会話が出てくる。
「これではもう、働いている人たちの個性なんて、出ようがないですね」「とんでもない。規格にはずれてないんだからこれでいいや、という人のネジと、規格にはずれていないけれど、こんなものを出荷したら工場の恥だ、と考えている人のネジとでは、箱にたまったネジの山をひと目見たらすぐにわかります。美しさがちがいますよ」
この本には東京建設の組合員さんも登場するのだが、そこは現物にあたっていただくとして、続いて青年部の文集「年輪」から高橋幸男くんの文章の紹介しよう。
「(前略)間違いなく言えるのは、道具の進歩だけに頼っているだけでは家は建たないということだ。知識を磨き、新しい道具や材料と融合させ、体を使って働く(後略)」
ああスペースが足りない! ぜひ、両方とも現物をご覧あれ。
 
現実を直視するための格言
(4月15日号)
「相場は悲観の中で生まれ、懐疑と共に育ち、楽観の中で天井を打ち、幸福感とともに消える」
相場(株式市場)に関するこの格言。皆が弱気になっている時に買い(安値)のチャンスが来て、皆が上昇気分の中で浮かれているうちには、もう売り(高値)の時期になっている、という経験則と人間心理を良く表している言葉です。
20年度は組織人員の減少が8年ぶりの100人を超える結果となったことは、記事にあるとおりです。改正建築基準法による現場の混乱から、そのまま今回の不況に突入してしまった現在の状況。100人を超えてしまった減少という現実に、今まさに悲観のまっただ中と思っている方も多いでしょう。
冒頭の「相場は悲観の中で育ち…」の格言と照らし合わせてみると、今は反転の時?いいえ。「人は自分の見たい現実しか見ようとしない」これもまた人間の心理です。耳に心地良い格言にすがるだけではなく、これを現実とするために行動を取る時が来た、と現実を直視するための格言と思いたい。
 
語源の由来
(2月25日号)
「東京建設新聞」を作成・編集する上で一番苦労する部分は? それは、この「しぶいた」つまりコラムを作ること、と言っても過言ではありません。
他の記事と違ってコラムばかりはゼロから作らなければなりません。そうかと言って、まったくのゼロからではなく、今話題になっていることやニュースから題材を持ってくることが多いのも事実。
その中でも便利で、よく利用しているのが「語源の由来」。話題の言葉や時代のキーワードを語源から調べてみるのもコラム作りの種の一つだったりします。さっそくインターネットで語源を調べることのできるページを見てみると。
「語源由来週間ランキング(よく検索されるランキング)」の中で「ろれつが回らない」「しどろもどろ」の言葉がランクインしていました。
同じページで「しどろもどろ」の関連語として紹介されているのが「しっちゃかめっちゃか」や「無茶苦茶」など。わざわざ長い文章を書かなくても、この単語をつなげれば今回のコラムで言いたいこと、わかりますよね?
 
いまだかつてない
(2月15日号)
昨年末から今年にかけて、たぶん20回以上は耳にしていると思う。いい加減ウンザリである。
昨年11月、あいさつの中で麻生首相が「未曾有」を「みぞうゆう」と読み間違えた。これをネタに、あいさつなどで「『みぞう』の○○が起きています。『みぞうゆう』じゃありませんよ」と笑いを取ろうとする人の多いこと多いこと。申し訳ないが、もう飽きた。
ところでこの「未曾有」という言葉。もともとはサンスクリット語で「びっくりした」を意味する言葉だった。ところが、仏教の経典を中国語に翻訳する際、間違って「未だかつて有らず」の意味に訳されてしまい、それが日本にもそのまま伝わったのだという。まあそれから比べれば、読み間違いぐらいたいしたことないか。
現在のこのひどい経済状況の中、頼りない政府に対して期待する人が減っているのは、内閣支持率の急降下でもわかるとおりだ。次の衆議院総選挙こそ、現在の与党を「いまだかつてない」「前代未聞」の事態に追い込む絶好のチャンスだと思うのだが。
 
就任式
(1月25日号)
「アメリカ合衆国大統領」という、世界で最も影響力を持つ指導者が変わりました。
はるか昔、ローマ帝国では国家の主権者は決して皇帝ではなく、「S・P・Q・R」と頭文字を取って呼ばれる「ローマの元老院と市民」でした。元老院と市民に愛想を尽かされるとローマ皇帝ですらも次の日からは、ただの私人になり退位をし、悪くすれば死に追いやられました。
その語源を元老院(Senatus)に持つ「上院(Senate)」があるアメリカの大統領もローマ皇帝と同じで、「国民の直接選挙」という支持を得ないと就任できません。就任式を一目見ようと集まった、200万人を超えたといわれる人たちの熱気も、自分たち主権者が選んだ代表だからこそでした。
テレビの前で就任式を見た日本人は、感動と同時に嫉妬した人も多かったのではないでしょうか。無責任にポストを投げ出し、密室の中で交代され、その就任演説も口からでまかせ、国民が愛想を尽かしても席に居座り続ける自分たちの指導者と比べてみて。
 
「溜め」
(1月5日号)
最近、反・貧困の取り組みが目立つ。
ホームレスの支援などをおこなっている自立生活サポートセンター「もやい」の事務局長、湯浅誠氏は、そんな反貧困に精力的に取り組んでいる人のひとり。氏は「貧困」を、「溜め」が奪われている状態だとして、「溜め」には次のような種類があるという。
①お金の「溜め」。②セーフティネットと呼ばれる社会的な「溜め」。雇用保険、社会保険、公的扶助(生活保護)などがこれだ。③人間関係の「溜め」。頼れる家族、親戚、友だち、仲間など。④精神的な「溜め」。状況を見極めたり、適切に判断するための精神的余裕のようなもの。
つまり①がなくても、②③の「溜め」があれば、まだどうにかなるが、①②③の「溜め」がなくなると、④も失われてしまうという「貧困の連鎖」が起こり、さらには「生きていてもしょうがない」として自殺にもつながりかねないのだそうだ。
建設不況もますます本格化するといわれている。組合が、皆さんにとって「溜め」のひとつとなれるよう肝に銘じたい。
 

2008

「変」
(12月25日号)
「変」が、今年一年を象徴する漢字として(財)日本漢字能力検定協会から発表されました。
「チェンジ=変化」をスローガンにかかげたオバマ氏がアメリカ大統領選に勝ち、世界的な金融市場の混乱で経済も急激に「変化」するなど、政治や経済で大きな変化が起こった一年を表しています。
そのアメリカですが、止まらない金融市場の混乱に対して、金利をゼロにすると同時にお金を市場に大量投入しました。いわば血液(お金)がドロドロな状態からサラサラにして、ちのめぐりを良くする大輸血手術をおこなったのです。実はこの方法、過去に日本でもおこなわれた政策とほぼ同じ物です。
しかし当時の日本と違うのは、そのスピードの速さ。日本での先例があったとはいえ、この「変化の速さ」には金融市場の不安を取り除く意味でも大きいものがあると言えます。
大統領選挙でも、国民が変化を望めばそれを実行するアメリカ。それに対して「変化」を望んでないような日本の政治が、世界で「変な目」で見られないことを望みます。
 
ヴォルテールの言葉
(11月25日号)
「私は君の意見に反対だ。しかし、君がそれを言う権利は私の命をかけてそれを守る」
17世紀フランスの哲学者ヴォルテールが残した、思想・言論の自由の原則をずばり言い表しているこの言葉が、つい先日、現代の私たちに突きつけられました。
元厚生労働省の幹部を狙った連続殺傷事件。犯人が捕まる前は、年金制度に不満を持った者の思想・政治テロなのではないか、と私たちを不安におとしいれました。
夫婦共に亡くなられた被害者の家の台所には夕食の用意がされ、換気扇も回ったままでした。おそらく、これから夕食を食べようとしていた、まさにその時、宅配便をよそおった犯人に襲われました。
幕末の混乱した日本でも、「天誅」という名のもとに思想・政治テロが横行しました。卑劣な犯人は「天誅」と自認しているのでしょうか。もし、そうだとしたら大間違いです。歴史的にみても思想テロが実を結んだ例はありませんし、ヴォルテールからの課題に私たちは真正面から逃げずに向き合うだけです。
 
カーボンオフセット
(11月5日号)
「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」もので、11月ともなるとひどく暑かった夏を忘れてしまいます。
その、暑かった夏ですがニュースなどでは、猛暑など異常気象のひとつの原因として「地球温暖化」という言葉が何度もくりかえされていました。車の排気ガスや森林伐採など私たち人間の活動で必要以上に増えてしまった二酸化炭素が温暖化の状況を作りあげてしまったのです。
世界中で今、二酸化炭素がこれ以上増えるのを止めようといろんな努力をしています。そんな運動のなかで注目されているもののひとつが「カーボンオフセット商品」。余分な二酸化炭素を使わない。つまり工場の電力などで自然エネルギー(太陽光発電や水力・風力発電)を使うなどして生まれた商品のことをカーボン(二酸化炭素)オフセット(相殺)商品と呼びます。正直なところ、説明しているはしから分からない言葉だらけで「脳みそが温暖化」しそう。
吐く息(二酸化炭素)が白く見える季節にこそ温暖化問題を考えてみてはどうでしょう。
 
女性閣僚
(10月15日号)
「やっぱりね」と、思った人も多いのでは。
9月末に発足した麻生内閣で、小渕優子議員が少子化対策担当大臣になった。2003年、小泉首相の時代に新しくできたポスト「少子化対策担当大臣」。初代の小野清子から、南野知惠子・猪口邦子・高市早苗・上川陽子・中山恭子の各議員が歴任して、今回の小渕優子。これで10回連続して女性議員の就任だ。まあ、これが偶然だと思う人なんていないよね?
日本初の女性閣僚は、1960年の池田内閣のときに厚生大臣を務めた中山マサ氏。が、これは本当に例外中の例外で、内閣に必ず一人は女性が入るようになったのは、約20年前の海部総理からである。その当時、女性議員が任命されることの多かったのがわりと影の薄いポストである環境庁長官だった。
ちなみに今回の麻生内閣ではもうひとりの女性閣僚として野田聖子議員が「消費者行政推進担当大臣」に任命されている。
「消費者」や「少子化」は女性に任せるってこと? まさか「お飾り」の大臣でもないだろうが。
 
虚業と実業
(10月5日号)
アメリカの国内総生産における金融業は、年々増え続けて今や20%台(投書は10%)。製造業は30%だったのが10%そこそこと、半減しました。つまり製造業よりも金融業に重点を置いて成長してきた、ということです。
アメリカ金融業界の成長は、無責任な債権を世界中にばらまいてきたからこそ可能だったものでした。そのほころびが破けて、今は日本のバブルショックの時のように金融機関を公的資金、つまり税金で救済しようとしています。日本は、その後「失われた10年」と呼ばれた長い不況となりました。
金融機関は資金を融資して、企業の活動を助ける重要な役割を持っています。しかし、今回のアメリカ金融バブルは、金融業本来の「実業」ではない「虚業」をふくらませ過ぎた結果起こったことなのです。
一方、日本の製造業の割合は24%。「ものづくり」を基本とする姿勢は、まだかろうじて残っています。私たち建設業も「ものづくり」を基本とする「実業」。「虚業」が消えていく時こそ、私たちが輝く番です。
 
少子化対策
(9月25日号)
麻生内閣がスタートして(この原稿を書いている時点9月26日)、2日目。メンバーをみてみると、目立つのが小渕優子議員の少子化対策担当の特命大臣。戦後最年少ということもあるが、私と1歳しか違わないという点で個人的にも非常に興味を持った。かくいう私は、小渕大臣が「少子化対策」しないといけない独身。
1年ほど前に同窓会をおこない、15人ほど集まった仲間に誰か結婚している人は?と聞いたら、たった2人しか手をあげなかったのに、当事者ながら驚いた。自分のことは棚にあげて理由を聞いてみると、だいたい「なんとなく結婚したいと思わなくて」という答えが多かった。経済的な理由というよりも、社会全体に対する漠然とした不安が「自分のことで精一杯」という気持ちにさせるのだろうか。
前任者と、そのまた前任者が「や~めた」と責任を投げ出した結果、誕生した麻生内閣。また投げ出したりしないようにしてください…私たち未婚・少子化世代の「漠然とした不安」をこれ以上大きくしないように。
 
赤塚不二夫追悼記念
(9月15日号)
新聞の1面にバカボンのパパやイヤミが登場しているので、驚いた方もいるのではないだろうか。8月はじめ、ギャグ漫画家の第一人者、赤塚不二夫氏の死亡が報じられたときのことだ。
赤塚氏の作品は『おそ松くん』『もーれつア太郎』『天才バカボン』など、テレビアニメでも放映されていたので、皆さんもよくご存じだろう。またギャグの表現力を大きく広げたという意味でも、ギャグ漫画界に与えた影響ははかりしれない。
そこで赤塚不二夫追悼記念企画として「みなさんにお薦めのギャグ漫画家ベスト5」を選んでみた。ラインナップは以下のとおりだ。
1位・赤塚不二夫。2位・谷岡ヤスジ。3位・山上たつひこ。4位・永井豪。5位・小林よしのり。
「○○が抜けてるぞ」「△△は絶対入ってないとおかしい」など、異論もあるだろう。皆さんも、自分版のベスト5を選んでみてください。
なお、赤塚氏自身が自らの作品の中で「一番好きな漫画」という『レッツラゴン』は、現在、古本で探すしかない。すぐに復刊するベラマッチャ!
 
変化を恐れず伝統を守る
(9月5日号)
世界でもっとも長く続いている企業は日本にあります。飛鳥時代から、寺社仏閣の建設を請け負ってきた「金剛組」という建設会社で、創業はなんと1400年以上です。
日本以外では、せいぜい600年程度。100年を超える老舗企業の数が10万社以上ある日本は「老舗企業大国」です。
これら、多くの老舗企業に共通している経営哲学の1つが「時代の変化に対応して、事業内容を変化させること」。
古くからロウソクを扱ってきたある老舗企業は、コピー機のトナーにロウを利用するという新しい技術を開発し、時代の最先端に乗ることができました。
昨年2月に1500号発刊を迎えたこの「東京建設新聞」も、今号から文字のサイズを大きくするし、より読みやすい紙面に変更しました。第1号から52年の歴史の中で、これは革新といってもいい変化です。
変化を恐れずに進むから伝統を守り続けることができるということは、伝統にしがみついて変化を恐れてはいけないということ。「新しい建設新聞」も変わり続けます。
 
岡崎さんが話してくれたこと
(8月15・25日号)
8月はじめ、大崎中央支部の岡崎浄水さんがご病気のためお亡くなりになった。
7月中旬、お見舞いに病院を訪ねたとき、思ったより元気そうな岡崎さんは、ベッドの上でこんなことを話してくれた。
「戦争中、私たちの年代以上の人間は、『お国のために死んでこい』と言われ、兵隊に行かされた。その後、戦争が終わって平和にはなったが、街はすっかり破壊されていてね。そこから必死になって今のような国に立て直してきたのは戦争に行った私たち世代なんだ」
「でも、今年から高齢者だけ別にする医療制度ができて、私も建設国保からそっちに移らされた。この制度は、言ってみれば『年寄りは早く死ね』という制度だよ。60年前には、『国のために死ね』と言われ、今度は『国の邪魔だから早く死ね』と言われる。本当にひどいもんだ」と、以前より少し、か細くなった声で話してくれた。そして「一生に2回も国から『死ね』と言われるなんて」と声を震わせ、口惜しさが込み上げてきたのか、目には少し涙がにじんでいた。
岡崎さんと同じように、国から2度にわたって「死ね」と言われている方は、少なくないはずだ。
岡崎さんが亡くなったのは8月2日。ちょうど、79歳の誕生日を迎えた当日のことだった。改めて合掌。
 
値上げの理由
(7月25日号)
お店でお金を払おうとしたら「足りません」と言われた経験、最近してませんか? 最近、よく行く喫茶店でコーヒーを頼んだら10円の値上げがされて驚きました。ついこの前、20円ほど値上げしたばかりだと思っていたのに…
値上げの理由は、ずばり「原油価格の上昇」による原材料の上昇。コーヒー豆に関わらず小麦など、食料品ができるまでは、たくさんの原油が使われています。農業用機械や化学肥料、できた食料品を運ぶ船やトラックなど、あらゆる場面で使われている原油価格の上昇が、今の物価上昇につながっているわけです。
ニュースで毎日のように「原油価格が1バレル○○ドルを超えました」と報道されていますが、この価格を決めるのが「原油先物市場」と呼ばれる投資商品の市場です。原油や小麦、金などの「商品の未来の価格をやりとりする」投資商品に今、世界中のお金が急激に集まっているのが物価上昇の大きな理由です。
現在130~140ドルの原油価格のうち、20~40ドルが投資商品の影響だと言われています。バブル状態と言ってもおかしくないこの状況、日本からの投資も増え続けているらしいです。目先の欲求のために、自分の手足を食べているタコにならなければいいのですが…
 
わかりづらい言葉
(7月15日号)
インフォームドコンセント、予後、ステロイド、治験、寛解、血栓、浸潤、ターミナルケア…。
国立国語研究所がリストアップした「よく使われるのに患者がわかりづらい医療用語」100語の一部だ。これは同研究所がおこなったアンケートで、「医療・福祉分野の言葉がわかりづらい」との意見が多かったことから調べ上げたもので、今後は、言い換えなど、わかりやすく伝えるための指針をまとめるという。
ところで、わかりづらい言葉を使うといえば、労働組合も引けをとらない。そう、いわゆる「組合用語」というヤツだ。以前、知り合いとの会話で「教宣」という言葉を使ったところ、「あ、それ組合用語でしょ。今でもそんなコトバ使ってるんだ」とビックリされたことがある。
ちょっとここで、一般ではまず使われないであろう組合用語をいくつかリストアップしてみると。
「動員」「書記」「シュプレヒコール」「阻止」「総決起」「粉砕」「打倒」「団結」「闘争」「オルグ活動」…。なんか語源が軍事用語っぽい好戦的な響きの言葉が多いなあ。一般市民が聞くと、やっぱり退いちゃうだろうね。こんなこと書くと、「日和ってる」と言われるかもしれないが。
ちなみに「日和る」も、もちろん組合業界の言葉ね。
 
「無関心」は危険
(6月25日号)
「そんなの関係ねぇ」この前までたくさんの人が笑っていたこのギャグも、今ではすっかりご無沙汰。文字通り、もうこんなの関係ないとばかりに「無関心」になってしまっているのでしょう。ギャグの話ならいいのですが、この「無関心」という態度、実に危険なものといえるのです。
8月から全国で開始する、「taspo(以下タスポ)」カード。これは、たばこの自動販売機には、すべてタスポカードをかざさないと販売できない仕組みで、未成年者の喫煙率を減らそうという試みです。
未成年者がたばこを吸うのを防ぐことができる、なるほど良いことじゃないか。また、自分はたばこを吸わないので「無関心」と感じている方。そんなの自分には関係ねぇ、と思っていられない事情が…。
タスポの運営団体を調べてみると、「社団法人日本たばこ協会」「全国たばこ販売共同組合連合会」「日本自動販売機工業会」これってずばり「天下りと利権」の関係そのもの?
JTは旧専売公社の時代から財務省(旧大蔵省)の主要な天下り先の一つで、現会長もその大蔵省出身…国民から利権関係を追及されても「そんなの関係ねぇ」と言い切るのでしょうか。それとも、JTだけに毒ギョーザ問題と同じくうやむやに?
 
『蟹工船』が人気で
(6月5日号)
小林多喜二の小説『蟹工船』が大人気だ。新潮文庫版『蟹工船』は、例年でも毎年5000部は増刷するそうだが、今年はすでに25万部近くを増刷し、文庫本部門でベストセラーの仲間入りをしている。「最近の格差社会、ワーキングプアといった社会問題と『蟹工船』での悲惨な生活を重ね合わせて読む人が多いのでは」と、このブームの原因を分析をする識者もいるようだ。
日本の近・現代文学史の中で必ずリストアップされている作品なので、作者と作品名ぐらいは知っているが、もちろん読んだことはない。「こんな機会でもなければ一生読まないだろう」と、文庫を購入して読んでみた。感想はというと。
まず、主人公が存在しないので、感情移入しづらい。第二に「悲惨な労働の実態」がリアルに書かれていると勝手に予想していたのだが、それほど「仕事中のようす」は出てこず、「あれれ?」と拍子抜けしてしまう。そんなわけで、「大人気」の理由は、とうとう分からずじまいだった。小林先生ごめんなさい。
後日、本屋に行ったら、小説をアレンジした漫画版『蟹工船』があったので、これも読んでみた。小説と違って主人公が設定されているので、ストーリーに入りやすいんだよね、こっちの方が。
小林先生、どうかご勘弁を。
 
気象を操作する
(5月5日号)
モスクワに出かけるなら祝日をねらえ?
5月9日(戦勝記念日)やモスクワ市の日(9月初め)にモスクワに居あわせたあなたはラッキーな人です。なぜなら1981年より今まで、大きな祭日のモスクワでは一度も雨が降ったことがないのです。
気象を操作する技術はロシアが今世界のトップを走っていいるといいます。60年代から研究、実証されてきた技術の仕組みは…雨雲の上空で飛行機からドライアイス(低い位置の雲を薄め)や液体窒素(雨雲を散らす)、ヨード銀入りの弾薬(雲それ自体を散らす)などをばらまくそうです。100%晴れる保証はないそうですが実際、過去24年間の重要な記念日におこなうパレードでは雨がなかったことを考えるとこれはすごい確率。「国家の威信」を何より大事にしてきた「全体主義」のお国柄なのでしょうか。
同じく今「国家の威信」をかけてオリンピックをおこなおうとしている中国でも、ロシアの技術と何千もの大砲やロケット砲を使って開会式を晴れにしようとする計画が進んでいるそうです。
しかし人工的に良い天気を作り出した後は、1週間ほど雨が続くというデータもあります。神をも恐れぬ気象操作の技術。開会式後、勝利の女神を泣かせることのないことを願います。
 
映画『靖国』
(4月15日号)
中国人監督が撮ったドキュメンタリー映画『靖国』。「8月15日の靖国神社のようす」と「90歳の刀匠(戦中、靖国神社で刀を作っていた)が作業場で日本刀を作る姿」をメインに映し出した内容だという。いまこの映画が上映中止に追い込まれつつある。経緯はこんな感じだ。
この映画は、公的な助成金を受けて製作されている。それを知った稲田朋美衆議院議員ら一部の自民党議員が、一般公開前の試写を要求。試写会直後から、上映を予定していた映画館が「(右翼との)トラブル回避」などを理由に、次々に上映中止を決定してしまった。
稲田議員は試写後、「靖国神社が国民を侵略戦争に駆り立てる装置だったという政治的メッセージを感じた」と言っており、これが「政治的・宗教的宣伝意図を有するものは除く」という助成条件に抵触するということのようだ。
稲田氏は雑誌で「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」という「政治的メッセージ」を述べている。そんな人の感想をもとに「助成は不当」だというのも無茶だし、そもそも一般公開前に試写会を開かせて、こんなイチャモンつけるなんて「検閲」とか「上映妨害」にあたるんじゃないの。
 
世界がもし…
(4月5日号)
世界の子どもがもし100人だったら/31人は栄養がじゅうぶんではなく/22人は予防接種を受けられません/8人は5歳まで生きられません。世界の子どもがもし100人だったら/生まれたことが役所に届けられない子どもは55人かあるいはそれ以上です(中略)/日本では100人の子どもすべてが届けを出されます。
この一文は世界をひとつの村にたとえ、さまざまな社会的テーマの統計を100人に比率を縮めて説明している本「世界がもし100人の村だったら・④子ども編」から紹介させていただきました。恵まれているような状況の日本でも…。
おかあさんは/とってもやわらかい/ぼくがさわったら/あたたかい気持ちいい。と、詩に歌った子どもが母親の手によって9歳で亡くなったように、子どもに対する虐待や犯罪は残念ながら後を断ちません。
都内の建設業関係者の統計を「100人村」にあてはめてみると…都内建設業の仲間がもし100人の村だったら/50人はどの組合にも入っていません…東京都連に加盟している組合員の人数が15万人ほどに対して、どこの組合にも入っていない人も15万人以上います。
不利な状況に一人で立ち向かっている仲間はたくさんいます。あなたのひと声で救える人がいるのです。
 
検定ブーム
(2月25日号)
漢字の読み方とか、ことわざとか、最近のクイズ番組って、学校のテストを問題にしたようなのばっかりだと思いません?
もともとは中学入試の問題をクイズにした某番組あたりが起源という気もするこの傾向。わざわざクイズ作家に問題をつくらせなくても、学校のテストを問題にすればいいのだから、こんなに安直につくれる番組もない。
世の中お勉強ブームなのか、そんなクイズ番組と同様、さまざまな「検定」が大流行しているのをご存じだろうか。アッという間に超メジャーになってしまった「漢字検定」が出世頭だが、地元の知識を競う「ご当地検定」、オタク趣味をくすぐる「うんちく検定」が次々に出てきたことで一気に「検定ブーム」が広まったようだ。
「うんちく検定」をいくつか紹介してみると…。妖怪に対する理解度をはかる「境港・妖怪検定」。自然や命を大切にする心を育てる「ファーブル検定」。説明不要の「阪神タイガース検定」。ロック音楽全般の知識を審査する「MTVロック検定」。合格したらサンタになれる「サンタクロース検定」なんてのもある。
ブームに便乗して受検料めあての怪しげな検定が増えているという話も聞く。「悪質商法見破り検定」でもつくったら受検者が殺到するかもね。
 
オーガニック王子
(2月15日号)
「ハニカミ王子」こと、石川遼選手のプロデビュー戦がおこなわれたイギリスで、有名な「オーガニック(農薬などを使わない有機農法で作られた食品)王子」とは誰でしょう。
答えは正真正銘の王子、チャールズ皇太子です。皇太子が自分の領地(ダッチー)で作られたオーガニック食品を扱う会社「ダッチー・オリジナル」は開業当時の1990年当時、周囲からは王子が気まぐれで始めた事業で、どうせ長くは続かないとみられていました。
しかしその後、世の中が食の安全性について興味を持ち始めるとともに売り上げが増えていきました。気まぐれでなかった皇太子自身の有機農法への取り組みも実を結び、今や「ダッチー・オリジナル」ブランドはイギリスで、オーガニック食品の代名詞になっているといってもいいでしょう。売り上げの一部はチャリティーに寄付されていて、2006年にはその規模が25億円にもなっているそうです。
「ノブレス・オブリージュ」=「ある一定以上の社会的地位には、それに見合う責任も果たさないといけない」と長年、欧州で貴族の子弟に教育されてきたこの考え方に、チャールズ皇太子も沿っているのです。
日本の「責任ある人たち」も、今からこの教育を受けてみてはどう?
 
天引き
(2月5日号)
江戸時代、お金の貸し借りには「百一文」と「鴉金(からすがね)」の2種類があった。「百一文」は借りた額に利子を加えて返済するというもの。「100文借りて、101文返す」から「百一文」だ。
いっぽう「鴉金」は、元金からあらかじめ利子を天引きして貸し付けていた。つまり「100文借りたいと言うと、手元には96文渡され、返すときに100文払う」っていう方式だ。
この4月から、後期高齢者医療制度がスタートし、同時に、「後期高齢者医療の保険料」「65歳以上の国保加入者の保険料」を年金から天引きするという保険料徴収制度も始まる。現在も、年金からは「介護保険料」が天引きされているから、実際に手にできる年金はますます減ってしまう。
この制度、「医療保険料と介護保険料の合算が年金の50%を超えなければ天引きにできる」のだという。「政府からは『年間80万円の年金が出ますよ』と言われたが医療保険料と介護保険料が引かれ、手元に入ったのは40万円でした」―なんか鴉金みたいですな。
政府は「09年10月からは、住民税も年金から天引きにする」のだという。本来老後の生活の保障であるはずの年金制度。でも政府からすると、金の取りっぱぐれをなくす横取りのための便利な存在なのだろうね。
 
まだ続く「偽」
(1月25日号)
その年の世相をあらわす漢字一文字、昨年末に発表された「偽」は年を越えてもまだ日本中を騒がしているようです。
年賀はがきに使われた再生紙が、基準以下の割合の古紙しか使われていなかったというのです。つまり、環境にやさしいといわれていた再生紙が、実はそれほどリサイクルされた製品でなかったのです。
偽装をおこなった製紙会社各社によると「基準の古紙配合率では品質が保障できない」として、基準の配合率が40%なのに対し、多いところでも20%程度しか古紙が混ざっていなかったのです。食品偽装などでは、偽装することで品質を下げていたのですが、今回は「品質を下げないように」偽装していたというのです。
電気とガソリンのハイブリッド車技術や、世界トップレベルのソーラーパネルシェアなど、これまで以上に世界中で深刻になっていく環境問題において、日本の技術=「メイドインジャパン」は大いに貢献できると期待されています。その環境技術で偽装がおこなわれていた、という点でこのニュースは根が深いものがあるのではないでしょうか。
昨年から続く世界の株式市場の下落基調の中、先進国で日本市場の回復力の低さが際立っています。「偽」の国には安心して投資できないから?
 
カワウソ
(1月5日号)
皆さんもご存じのとおり、東京都内にはいくつもの建設組合がある。そのうち、全建総連の東京都連合会に加盟しているのは15組合。連合会全体の人数は約15万5000人だ。15組合で15万人だから、仲良く1万人ずついるかというと、もちろんそんなことはない。実際には大きな組合から少人数の組合までが、それぞれの持ち味を生かしたり、地域にねざしながら存在しているわけだ。
そこで組合の規模別に4つのグループに分けて、大きさがイメージしやすいように、それぞれの組合の組合員数を哺乳類の動物の体長で比較してみると、こんな具合になる。
①12万6000人(1組合)・シロナガスクジラ(30㍍)。②1万6000人(1組合)・アムールトラ(3・5㍍)。③3500人~1500人(3組合)・オオアルマジロ(83㌢)~ミーアキャット(35㌢)。④1000人未満(10組合)・エゾリス(22㌢)~ヒメトガリネズミ(5㌢)。
東京建設は、③のグループに入る。大きさでいうと、体長70㌢のカワウソぐらいか。
「組合に入っていない人なんてもういないよ」という声もよく聞く。が、都内にはまだどこの組合にも入っていない建設業の仲間が15万人以上いるのだそうだ。
カワウソだって努力次第で、まだまだ大きくなれるぞ。
 

2007

二巻の始まり
(12月25日号)
「みんなを守る勉強をしとるんや」
手帳や書籍の出版をおこなっている企業が毎年、身近な人が言った、思わず感心してしまう言葉を募集している「手帳大賞」。最初に紹介した言葉は、4歳の息子がウルトラマンのビデオばかり見ているのを、お父さんが注意した時に息子が返した言葉で、手帳大賞の候補となった作品です。お父さんは思わず、その勉強は確かに大切だな、つまらんこと言ってゴメン、と思ったそうです。
ドキッとしたり、ほのぼのしたり、すこし悲しくなったり、毎年さまざまな言葉が紹介されています。今年最後の皆さんへのあいさつとして今回の手帳大賞の候補にあがった言葉を2つ紹介します。一巻の終わりだ、と落ち込んだ時に言われた「二巻の始まり」と、大事な決断をせまられて迷っていた時に言われた「足踏みをしていても靴はへる」
来年4月から始まる「後期高齢者医療制度」によって、75歳以上の方たちが組合の健康保険から離れてしまう(組合には残ることができます)ことで組合は来年、激動の時期をむかえることになるでしょう。そういう事態になっても、一巻の終わりだとあわてることなく、新しいスタートだと感じてください。足踏みをしているだけでは前には進めないのだから。
 
相手のニーズを理解し
(12月5日号)
何年か前までは、街中でイヤホンをして音楽を聴いている人が持っているのは、大多数が日本製の携帯音楽プレーヤーでしたが、今は半分近くのシェアをアップル社のiPOD(アイポッド)が占めていると言われています。
ここまで販売を拡大できた理由は、操作のしやすさやデザインなど、いろいろと分析されていますが、アップル社が世界中で展開している(日本には7店舗)アップルストアという、異業種の店舗と比べても一人の販売員が挙げる売り上げでトップクラスの成績をあげている、直営店の販売方法にもあるのではないかと言われています。
アップルストアの店員はまず、お客さんに話しかけていくつか質問をして相手のニーズを理解し、会話の中でそのニーズを深く掘り下げていき、最終的に一番最適な商品を紹介するのが基本姿勢だそうです。つまり、お客さんにとって店員が、ただ商品を売ろうとして接するよりも、自分の疑問を理解したうえで解決してくれる人となった時に、その商品を買おうとするということです。
組織拡大で未加入の人に声をかけよう、と言われても何から話していいのかわからないという場合は、まずその人が何を必要としているのか普段のおしゃべりの中から探ってみては?
 
死刑制度をめぐる意見
(11月5日号)
鳩山発言のせいか、新聞の投書欄で死刑制度をめぐる意見のやりとりがめだつ。
「いかなる人間も、その生命の尊厳と権利は守られるべきであり、誰もそれを奪うことはできない。死刑は人権を根本から否定するもの」というのが廃止派の主張だ。これに対して存続派は「死刑廃止論者は『被害者の生命と人権を先に奪ったのは加害者だ』という視点が欠けている」として、死刑制度は「被害者の人権を守るために絶対に必要」という。「終身刑に匹敵する懲役刑を立法化すべし」と主張する人もいる。
「国民の名で行われる国家による殺人だ」として死刑に強く反対する作家の森巣博氏は、朝日新聞で次のような趣旨の意見を述べていた。
「“殺人”は公務員に負託できるような業務ではない。にもかかわらず現行の制度では、殺したい人を誰か他の者に殺させて、市民は涼しい顔をしていれば済む。日本で死刑制度が存置されているのは8割の世論が支持しているからだというが、ならば刑務官たちに殺人の代行をしてもらわずに、日本国民の義務として、市民自らの手で処刑すべきだ。選挙人名簿から3人ほど無作為抽出して、市民自らが死刑確定者を“殺人”する。これがフェアというものだ」。
あなたの意見は?
 
出藍の誉れ
(10月25日号)
日本語「学ぶ」の語源は、まねをする様子をあらわす「まねぶ」からきているとされています。初めは親のまね、学校では先生のまねをして、私たちはいろんなことを学んでいくのです。
10月19日に11支部でおこなわれた「拡大一斉行動」は、未加入の職人さんが家に帰っている夜、組合員の仲間数人で家を訪れて加入を勧める、という組織拡大のために今年から始めた運動です。実はこれ、他の組合の「まね」をしたものなのです。
7月の幹部学習会で、私たちと同じ3000人規模の組合ながら、着実に組織拡大を成功させつつある「東京建設従業員組合」で一斉行動を指揮してきた方を招いて教わったものをほとんどそのまま、まねたのが今回おこなった拡大一斉行動です。
「学ぶ=まねる」ということの本質を教えてくれる「出藍の誉れ」という話があります。「学ぶことをやめてはいけない。染料の青は藍の草から作るけれど、その色は藍より青くなるじゃないか」
さて、11月19日に2回目の一斉行動がおこなわれます。けっして「まねる」ことを恥じることなく行動しましょう。まねることは、かえってオリジナルを超えることができるかもしれない、ということを「出藍の誉れ」の話は教えてくれているのですから。
 
名前の流行り
(10月15日号)
親がわが子に贈る最初のプレゼントが「名前」だ。どの親も子どものすこやかな成長や幸せを願ってつけるのだろう。そんな「名前」にも時代によって流行りがある。ここ最近の特徴をいくつかあげてみると。
まず「音の響き」を重視していること。2番目が、誰もつけたことのないような名前をつけたがるということ。3番目として最近とくに目立つのが、法律に「漢字の読み方の規定」がないことを最大限に利用した、大胆な当て字だ。
「稀星」と書いて「きらら」と読む名前の出生届にまつわるニュースは記憶に新しい。他にはどんな例があるのか、いくつか紹介してみよう。
宇宙(こすも)・心温(ここあ)・十兵(くりすとふぁー)・南国(ぱらだいす)・春夏冬(あきれす)・今鹿(なうしか)・愛莉(らぶりー)・美女神(びーなす)・光中(ぴかちゅう)・礼(ぺこ)…。もはやナゾナゾ?
赤ちゃんが誕生したときって親の精神状態もかなり高揚しているようで、そのハイテンションが「命名」に影響してしまい、数年後、冷静になって悔やむ例もあるという。
子どもにとっては、その後、幼少期・学校生活・社会生活とずーっと、自分でも使うし他人からも使われる大事な「名前」。お父さん・お母さん、「使いやすさ」にもぜひご配慮を。
 
サブプライムローン問題
(10月5日号)
私たちが毎日のように接する紙幣や硬貨などの「お金」。単なる紙と金属なのにどうして価値があるのでしょう。この夏、アメリカで起こった「サブプライムローン」問題とそれに続く世界同時株安が、そのわけを教えてくれそうです。
「サブプライムローン」とはアメリカの、信頼度が低い顧客向けのローンです。今回の騒動は、借り手の多くが返済できなくなった結果、貸し手の金融機関が経営難になったのがきっかけとなりました。
本来なら、一部の金融機関だけが損失を受ければ済む話だったのですが、今回は貸し手側の資金の多くが様々な金融商品(投資信託など)に振り分けられていて、最終的に誰が損失を受けるか分からなかった「不安」が世界をかけめぐったことが原因になりました。この「不安」を経済用語では、信用がおけなくなるという意味で「信用収縮」と言います。
単なる紙と金属が紙幣や硬貨として価値を持つわけは、政府が発行したお金を、国民が「信用」することで成り立っているからなのです。ここ最近の政府を振り返ってみるとどうでしょう。総理大臣が急に職を投げ出すような始末。私たち国民の「信用収縮」がこれ以上進むようだと、お金が単なる紙と金属になってしまうのも現実の話になるかも。
 
難民
(9月15日号)
インドシナ難民。ボートピープル。難民キャンプ。亡命者。かつては「難民」という単語からこんなことばや映像を思い浮かべた。
最近、身近なところで「難民」の文字をやたらみかけるようになってきている。ネットカフェ難民。医療難民。地デジ難民等々。とくに「ネットカフェ難民」は、テレビのニュース番組などで、インターネットカフェをねぐらとしつつ、日雇いの不安定な仕事に就く若者のようすが何度も放送されているので、ご存じの方も多いはずだ。
辞書によると難民とは、「戦禍や天災、政治的・宗教的迫害を受けて生活の困窮に陥った人々。とくにそれらを避けて国外に逃れた人々」を指し、現在も世界中には1000万人近い難民がいる。
本物の「難民」の皆さんからすれば「ふざけるな!」だと思うけど、何かから「切り捨てられた人たち」を指すことばを日本社会が必要としていて、一時的に「難民」を借用しているのだろう。「○○難民」とは「○○から切り捨てられた人たち」って具合に。医療も地デジもね。なぜか「ネットカフェ」だけ彼らがいる場所でのネーミングだが。
でもこのお手軽な「難民」の使われ方ってどうも違和感を感じません? なんかもっとピッタリしたことばはないものかしら。
 
笑い
(9月5日号)
ドラマ「古畑任三郎」などで知られている脚本家・三谷幸喜の原作を映画化した「笑(わらい)の大学」は、日本が太平洋戦争に突入する直前、政府の意向に沿わない思想や表現を取り締まる検閲官と、自分の脚本をどうにか上演許可してもらおうとする舞台脚本家とのやり取りを描いています。
検閲官は時勢に合わない(笑い)を排除しようとし、脚本家は必死に抜け道を考えて、なおかつ(笑い)を入れようとします。普段からめったに笑わない検閲官が(笑い)から遠ざかろうとすればするほど脚本はドタバタになり、芝居は面白くなっていき…
アメリカの喜劇映画監督、フランク・キャプラを讃えるスピーチで「玉ねぎは人を泣かせることができる。しかしながら人を笑わせる野菜はまだ発明されていません」と(笑い)に関して、非常に興味深い意見が話されています。
また、生まれたばかりの赤ちゃんが笑うのは条件反射のようなものですが、すぐに私たちが喜びやおかしさから笑うような「社会的笑い」を身につけるといわれています。
いずれの話からも理解できるのは、人の(笑い)という物は…複雑で多種多様で、時には理解不能なゆえに、私たちが後天的に身につけた、それだけ貴重な物なのでしょう。
 
曲がり角
(8月15・25日号)
体力面の上位ベスト(?)2は、「疲れやすくなる」72%、「疲れがたまるようになる」64%。同じく外見では、「おなかが出てくる」60%、「髪の毛が薄くなる」51%。
これ、ライオン(株)がおこなった「男の曲がり角を感じるとき」についてのインターネット調査で、男性の答えを集計したものだ。また男性自身は「34・7歳」を、女性は「36・7歳」を「男の曲がり角年齢と思う」との調査結果も出ている。「曲がり角」って、「下降線」とか「落ち目」への折り返し点って意味なのだろうが、平均寿命が80歳になろうとしているのに35歳でもう下降線とは。あと45年ずーっと下り坂が続くってことすか。なんて悲観的な。
この調査では、「精神面での曲がり角」についても聞いているので、ちょっと見てもらいたい。上位ベスト3は以下のとおりだ。
「『攻め』から『守り』の姿勢になってくる」49%、「考え方が固定されてくる」48%、「向上心がなくなってくる」43%。
組合の組織拡大もここ10年ほど減少が続いているためか組織拡大に対する気持ちもどこか共通点があるような感じしません?
ちなみに同調査での、「曲がり角に負けないために実行したいこと」の1位は「向上心を忘れず自分磨きに励むこと」だそうだ。
 
変化をおそれず
(8月5日号)
「ゆでガエル」を作るにはどうしたら一番いいのでしょうか。しかも生きたままのカエルを逃がさず、暴れさせることなく。
アメリカ中西部の町・ヤングスタウンは地域の大きな産業だった製鉄業の不振で、40年前と比べて人口が60%も減少してしまいました。そんな中、打ち出された町の再生計画のキャッチフレーズは「小さく、美しく・洗練された衰退」。町の規模縮小を逆手に取って、再生のきっかけにしようという計画です。
計画は住民参加の検討委員会で、町の現状を正しく理解し、住民自ら発想の転換をすることから始まりました。そして、多くの空き家、閉まったままの商店、利用者のいなくなった公共施設を取り壊し、緑地に変えて生活の質向上を目指しました。また、各地区の現状を「安定」「過渡期」「衰退」と分け、緑地を増やしたり、商業施設を建設するなど地区に合った計画を実行しました。
冒頭の「ゆでガエルの作り方」ですが、答えは「水からゆっくりと煮ていく」です。カエルが気がつかない程度に少しずつお湯の温度を上げていき、気がついた時にはもう手遅れ、これが一番簡単です。変化を恐れず、逆にそれをチャンスとみる。人間ならばそれができるのを証明したのが「洗練された衰退」です。
 
千の風になって
(7月25日号)
いまやミリオンセラーに迫る勢いで売れ続けている『千の風になって』。そう、昨年の紅白歌合戦でクラシックの男性歌手が朗々と歌い、一挙に知られるようになったあの歌だ。どうやら中高年世代に絶大な支持を受けているらしく、新宿にある歌声喫茶「ともしび」では、ここ半年ほどリクエストのトップ1を続けているのだとか。
「私は、風や光や雪や鳥や星に姿を変えてあなたの近くにいますよ」と、生きている人を死者が励ますこの歌。「聴くと元気づけれられる」という声もよく聞く。夫や妻に先立たれた人たちには、とくにジーンと心にしみる部分があるのかもしれない。
死者から生きている人へのメッセージといえば、トルコの詩人ヒクメットが書いた『死んだ女の子』という詩をご存じだろうか。広島への原爆投下で死んだ女の子が「扉をたたくのはあたし/あなたの胸に響くでしょう/小さな声が聞こえるでしょう」とあなたに語りかけ、「あたしの髪に火がついて/目と手が焼けてしまったの/あたしは冷たい灰になり/風で遠くへ飛び散った」と殺されたときのようすを伝える。
「死者の声」って、実際には「死んだ人」に対する思いが鏡のように映し出されたものだろう。
あなたは死者のどんな声が聞こえる?
 
言葉のちから
(7月15日号)
アニメ映画『となりのトトロ』などで有名な、宮崎駿の作品『風の谷のナウシカ』に「巨神兵」という、ひとつの文明を滅ぼしてしまうほどの力を持ったロボット兵器が出てきます。原作の漫画版では、暴走を続ける巨神兵に主人公が名前をつけたとたんに知性が発達して暴走が止まるシーンがあります。
幼い時に目と耳に障害を持って、長い間自分と外の世界のつながりが持てずにいたヘレン・ケラーは、手の上を流れ落ちる液体が「水」という名前を持っていることを知った瞬間に「頭の中が徐々にはっきりしていき、ことばの神秘の扉が開かれた」と自伝でのべています。
暴走する怪物を止め、ヘレン・ケラーに新しい世界をもたらした「ことばの力」。日本人は口から発することばに霊的な力が宿ると信じ、それを「言霊(ことだま)」と呼んで大事にしてきました。
安倍政権が唱える「美しい国・日本」「戦後レジーム(体制)からの脱却」などの「ことば」は国民には不評をかっているようです。言霊信仰から不評の原因を考えてみると…意見をはっきりと声にしていう「言挙げ」をする際に、自分の中に慢心がある場合、悪い結果がもたらされるそうです。安倍総理自身も辞任した防衛大臣も、自分の中に慢心があったから?
 
沖縄の「集団自決」
(6月25日号)
文部科学省は3月、08年度から使用される高校・日本史教科書の検定結果を発表した。それによると、沖縄戦の「集団自決」について、日本軍が強制したとの記述に、「日本軍による強制または命令は断定できない」との意見をつけ、その結果、すべての教科書で日本軍の関与について否定する表記となったという。
「集団自決強要」の記述を教科書から削除するよう求める取り組みは、2年ほど前から「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーらがおこなっているし、同様の主張をしている政治家もいる。なんか圧力でもかかっているのかね。
集団自決については、「住民を自決に追い込んだことが問題なのに、軍の命令の有無に矮小化している」との指摘もあるし、また「日本兵が慶留間の島民に対して“山中に隠れ、米軍が上陸してきたときには自決せよ”と命じた」との住民の証言がのった報告書も米国公文書館で発見されている。
沖縄戦戦没者の「慰霊の日」を翌日に控えた6月22日、沖縄県議会は全会一致で、この検定意見の撤回と記述の回復を求める意見書案を可決した。
要は「史実をゆがめる」ことを許すかどうかだ。「沖縄のことだから」なんて他人事扱いせずに全国の都道府県議会ももっと動こうよ。
 
責任の取り方
(6月15日号)
時代劇といえば、チャンバラや切腹を思い浮かべますが実際は、めったに見られないものでした。特に徳川家の公式資料によれば、250年間でわずか20件しか報告されていません。
はじめは合戦で、勇気を証明するためにおこなわれていたのが、江戸時代になり、平和になると刑罰や責任の取り方としての切腹が主になりました。
近ごろ、現職の大臣によって「死んでお詫びする」という現代の切腹のような行動がありました。当人は、ひとつの責任の取り方としておこなったつもりでしょうが、結果的には政治とカネの問題をうやむやにした形になりました。
こうしたことを書くと「使者にむち打つ」として批判を受けるかもしれません。しかし、あえて書いたわけもあります。というのも先ほど250年間で20件しか切腹がないと書きましたが、この20件は罪に対して調べに調べを重ね、どうしても切腹しか方法がないと決定したうえでの罰の執行だったのです。
それに比べて今回の件は「説明責任」を果たさなかった点で、決定的な違いがあると言えるでしょう。もっとも、周囲から説明させてもらえなかった、とみる人もいます…江戸時代が終わってから、私たちは「責任の取り方」について何を学んできたのでしょうか。
 
ゼロの会
(6月5日号)
老年者控除の廃止。年金所得控除の引き下げ。医療機関での窓口負担の引き上げ。ここ数年、政府が次々に実施してきた高齢者への施策の数々である。とくに医療費負担増は、人命や生存権にかかわるひどい仕打ちだ。
そんななか、今年、「医療費の窓口負担ゼロの実現」のみを目標とする「ゼロの会」という団体がうまれた。
会ではまず世界各国と日本の実情を比較している。
患者の窓口負担をみると、カナダやヨーロッパ11カ国では負担ゼロ、フランスはほぼ全額償還払い。政府は「医療費が高い」というが、国内総生産(GDP)に占める医療費の割合では、日本は先進30カ国中21位に過ぎないという。
また30兆円の国民医療費についてはこう説明している。医療費の75%は、全患者数の25%の人による高額な費用を要する病気が占めていて、残り25%が75%の患者に使われている。したがって患者負担を増やして受診を抑制しても、このなかの数%の医療費が抑制されるだけで、逆に受診をガマンした結果、病気が重症化し、かえって医療費が多くかかってしまうこともある。
同会では「医療費財源が足りない」と政府が言うと簡単に信じてしまう国民性の意識改革も視野にあるようだ。確かに。みんな物分かり良すぎだもの。
 
巻物から国歌まで
(5月25日号)
棟上の日、棟梁が供え物の前で、はらりはらりと巻物を広げる。全国でこんな様子が見られるのは、今や福島県の一部だけといいます。親方が一人前になった弟子に伝える、建築にまつわる儀礼、大工道具の由来、工事にかかわる日の吉凶を記した「番匠巻物」が、今も当地には伝えられています。
巻物の中には呪い(まじない)歌といって、その家の長寿や工事の安全を願う和歌がいくつか載っています。例えば火災から家を守るための歌は「霜柱氷のはりに雪のけた雨のたるきにつゆのふき草」という和歌。頑丈で長持ちする家の完成を願う歌には「君が代」の元になった歌が使われているそうです。
君が代の歌詞らしきものが最初に載ったのが平安時代にできた「古今和歌集」と言われていて、はじめは恋人の長生きを祈る歌だったようです。それが、祝い事を職業とする芸人が家の主の繁栄を祈る歌に使うようになり、やがては天子のために歌われるようになっていったのでしょう。
巻物から国家まで、いろいろと取り上げられることの多い「君が代」ですが、時代や社会、歌う人によって受けとられ方が変化してきたようです。最近の問題でも、利用する人間によってゆがめられているのかも。まさに「歌は世につれ世は歌につれ」
 
平和憲法について調べてみると
(5月5日号)
9条をターゲットとした改憲論議が、とうとう現実のものとなってきた。「武力行使の放棄」と「戦力の不保持」が書かれた9条。「恒久平和」を誓った憲法前文。日本国憲法が「平和憲法」といわれるのは、この2つに由来している。そこで、今日はここらをちょっと調べてみよう。
9条の役割は「武装解除」だった。すなわち「他国を侵略するために武力を行使した国・日本に対して、二度とそんなことができないよう武装を解除しなければいけない」ってのが目的だったらしい。
憲法前文では「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」し、「全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成すること」を誓っている。これ、誰に対して誓っているのかというと。日本国民が自分に対して誓っているのはもちろんだが、日本が侵略し、危害を加えた国に対しても約束しているのだそうだ。
改憲は他の国でもおこなわれているが、根幹となる基本原理じたいは一切手をつけてない。9条を変えるのは、平和憲法の「平和」の部分をなくすってことになるし、根本を変えることになる。学説的には「憲法の基本原理そのものを改正・削除、侵害することは法論理的には認められることではない」んだそうです、議員のみなさん。
 
グローバル化
(4月25日号)
例えがかなり古い話になってしまいますが、皆さんはチャップリンの映画「独裁者」をご存知でしょうか。アドルフ・ヒットラーそっくりの独裁者・ヒンケルが、世界をもてあそぶように風船の地球儀で遊ぶシーンが印象的です。
「全球化」この言葉は中国語で「グローバル化」の意味で使われています。「グローバル化」を直訳すると「地球規模化」になるように、世界的企業(巨大ファーストフード店など)の国境を越えた活動や、インターネットなどによる世界規模での文化や知識の交流で、様々な問題が一国では解決できなくなっている状態を指す言葉としても使われます。グローバル化=全球化、とはよく言ったもので言葉はもちろん、問題の本質までついているような気がします。
だけど、一つにまとめられたのはいいが、それがやっかいな物であればあるほど、扱いには気をつけなければ大変なことになるおそれがあります。独裁者ヒンケルが地球に見立てた風船で遊んだように、その”球”はみんなまとめて悪い場所に投げられることもあるのです。
今年からアメリカ・大リーグで投げることになった松坂がイチローに向けて投げた一”球”、野球のグローバル化もまた日本のプロ野球にとっては吉か凶か?
 
音楽の教科書
(4月5日号)
演歌の大御所・北島三郎の『まつり』が、今年から高2の音楽の教科書に、譜面・歌詞入りで登場することになった。『まつり』――今さら説明するまでもない名曲だ。カラオケ自慢の方なら、「勝負曲」としてレパートリーにしているに違いないし、○○さんがパワフルに歌う姿を思い浮かべるという人も多いだろう。
この曲、歌詞は「農業や漁業で働く人たちの心意気」が歌われていて、「和」の雰囲気だが、注目すべきは太鼓のリズム。米国のロック歌手、ボ・ディドリーが発明したといわれているリズム、「ジャングル・ビート」を大々的に取り入れていて、けっこう洋風なのだ。
最近の音楽の教科書は、ヒット曲の導入がものすごい。『翼をください』なんてのはもう古典で、『夜空ノムコウ』『世界にひとつだけの花』(SMAP)、『ツナミ』(サザン)、『晴れたらいいね』(ドリカム)など、平凡の歌本かいな。『スモーク・オン・ザ・ウォーター』が載っている教科書もあるらしいし。
そこで音楽の教科書をつくっている方にお願い。来年はぜひ、日本経済が飛躍的に発展した高度成長期を象徴する名曲『スーダラ節』『だまって俺について来い』あたりを採用してくれないでしょうか。なに、お呼びでない?
 
未来予想図
(3月5日号)
2025年、日本の科学技術はどうあるべきか? こんな「未来予想図」を政府は「イノベーション25」として発表しました。
体内にとどまって、身体に異常があると知らせてくれる検査薬・一家に一台の家事ロボット…この種の「未来の夢」は過去に何度も発表されてきました。
1960年の予想で実現したのは、携帯電話や電子レンジなど。目標に対して実現したのが4割ほどだそうです。一方、実現しなかった技術で特に多かったのが原子力関係で、7種類のうち実現したのはありませんでした。
実現しなかった理由として「高度成長期だった当事は社会全体に未来への希望が大きかったので、飛躍した考えが多かった」というのが考えられています。つまり、未来の予想や希望というのは、社会がその時に抱いている自分たちの暮らしへのイメージ、が強く影響するのでしょう。
今回発表された未来予想図を見直してみると…骨や皮膚、歯などの再生治療・防犯カメラ網による不審者の特定・光合成の仕組みを利用した環境にやさしい車など、高齢化対策・治安対策・環境問題といった「危機感が前面に出た」結果となりました。暗い予想だな、と考えずに「現実を直視した前向きな予想」と考えたいものです。
 
柳沢発言のルーツ
(2月25日号)
「15歳から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」。この柳沢厚生労働大臣の発言が騒動になってから1ヵ月ほどたった。
柳沢発言のルーツはどこにあるのか。ちょっと過去をたどってみよう。
①もともと日本では昔から、「子どもを産むのが、女性の一番の役割」という男性側に都合のよさそうな考え方があった。②昭和10年代には、「産めよ殖やせよ国のため」という「結婚十訓」、「夫婦の出生数は平均5人を目標に」等を内容とする「人口政策確立要綱」が定められ、「子どもを産む」という私的なことに国家が介入してきた。③戦後、「結婚するかしないか」「子どもを産むか産まないか」は、個人が自由に選択することなのだ、ということになっている。④ただし、これは建前で、「いい年になれば結婚するのが当たり前だし、結婚すれば子どもをつくるのが当たり前」という相変わらずの考え方を持つ人は、けっこう多い。もちろん若い人たちの間にも存在する。
ゴキブリなみにしぶとく生き続けている考え方なんだよね、これって。
そこで、女性の皆さんに提案。身近にいる男性に、柳沢発言をどう思うか、本音をじっくり聞いてみては? 面白いと思うよ。 
 
暖冬は何が原因?
(2月15日号)
東海道残らず梅になりにけり
梅が咲き始めると冬も終わりに近づきつつあるなと思ってしまいますが、いまだに東京に雪が降らず、このまま雪を見ずに冬が終わると、気象庁が観測を開始してから130年間で初めて雪が降らない記録的な暖冬になるかもしれません。群馬県の榛名湖を予定していた青年部のワカサギ釣りも、氷が張らずに急きょ、場所を変更したそうです。
さては、地球規模で問題になっている温暖化か? というと、それだけが原因ではないそうです。海水の温度が上がった影響で異常気象が世界的に起こる、エルニーニョ現象が今年の暖冬の一番大きな原因といわれています。人は、よりわかりやすく派手なことがら=地球温暖化、に目がとまりがちで、地味だけど確実なこと=エルニーニョ現象、にはあまり目を向けようとはしません。異常事態・緊急時にこそ、よく事実を見つめかえすことが大事なのではないでしょうか。
はじめに紹介した俳句、江戸時代に、梅の花に見たてたすごろくのコマが、東海道五十三次の宿場のマスを段々と通過していく様子を梅の開花前線と見立ててみた俳句です。しかし今年は異常な暖冬、このままでは一度に東海道中すべての梅が咲いてしまう風流のない梅の開花になりそうかも。
 
江戸むらさき
(2月5日号)
皆さん「江戸むらさき」と聞いて、まず何を思い浮かべるでしょうか。あつあつの炊きたてごはんにのっけて…の、海苔の佃煮ではなく、今回取り上げるのは染色などで使われる青みがかった紫色の「江戸紫」。
この色を出すのに使う植物・紫草(むらさき)は、和歌にも歌われるほど古来から東京・武蔵野を中心に栽培されていた植物で、高貴な色とされた紫色を作るため武蔵野から朝廷に紫草が納められていました。江戸時代には、歌舞伎の演目「助六」で、主人公の助六が頭に巻く鉢巻の色にも使われるほど大流行。「江戸紫」の代名詞が確立されました。
正式な江戸紫の作り方は井の頭池のわき水を使い、水のアルカリ性が強い関東の水が青みがかった紫色を出します。同様に、京都の水で作った紫は赤みがかった「京紫」。東北の水は、あずき色に近い「南部紫」を作り出します。同じ原料の紫草を使っても、作る過程で使う水などによって、出る色に大きな違いが出ます。
やがて明治時代になると化学染料が出回り、土や空気、水の汚染によって紫草の生産が激減してしまい、現在は東京・三鷹で紫草の復活プロジェクトが進んでいます。水や空気でがらっと変わる染物のように、人や組織も心がけ次第では変われるのかも。
 
冷静になって考えてみると
(1月25日号)
クイズです。「納豆」と「旧石器」の共通点を3つあげよ。はい、そうだね。「発掘」と「あるある」と「捏造」だね。
というわけで人気情報番組のダイエット特集、根拠となるデータの数々を捏造していたことが発覚し、あっという間に番組が打ち切りになった。視聴者からは「だまされた」と非難ゴウゴウで、これは当然のこと。ただ、「いい加減な情報に振り回されないよう自覚すべき」「見る方の姿勢にも問題がある」との指摘もある。視聴者の側も「いい加減めざめなさい」ってことか。
出版界でも、「○○すれば、たちまち△△が正常値に」という記事が毎月いくつもの健康雑誌で特集されている。でも冷静になって考えれば、そんなにうまい話がいくつも転がっているわけはないのだ。
見かけは科学のようだが、専門家から見れば荒唐無稽な「ニセ科学」というのをご存じだろうか。有名どころでは「血液型性格判断」や「マイナスイオン」などがある。ニセ科学は、「白黒をハッキリつける」のが得意だ。ニセ科学は、信じたいと願っていることを提示してくれる。ね、健康情報と相性が良さそうでしょ。
そうそう。小学生のテストみたいなことをやって、「脳年齢が若返る」というのも、もちろん同類です。ま、あれはゲームだけどね。
  
ショッキングな映像
(1月15日号)
アメリカのブッシュ大統領が、イラクへの兵力増強を検討している。いっこうに良くならない現地の治安状況、任期も終わりにさしかかってきて一連の失敗を力づくでも押さえつけて、自分へのはなむけとしたいのか。
この増強計画には野党はもちろん、与党からも批判が相次いで出ている。「ベトナム戦争の二の舞になるのでは」と。
ついこの前、テレビでショッキングな映像を見た。ジャングルの中をチンパンジーの群れが歩いている。群れの行き先は頭上で木の実を食べている別のチンパンジーの群れ。やってきた群れのチンパンジーがいっせいに吠えはじめたと同時にカメラもあわただしく動きまわり、枝から枝へ他の群れのチンパンジーを追いかけ回す様子や、地上を走りながら木を叩いて吠え、威嚇をする様子などが撮られていた。
争いも終わり、ようやく静かになった次の瞬間、テレビに映し出されたのは襲撃で殺されたチンパンジーを皆で食べるシーンだった。
人間にもっとも近い動物と言われているチンパンジーが同種の仲間を襲う、この現象は最近確認されたことで、くわしい原因や意味などはわかっていないらしい。
もし、私たち人間が、どこかの何かに調査されるとしたら…どんな調査結果が出るのだろう?
 
もういくつか出すと
(1月5日号)
お正月だし、おめでたい話題ではじめよう。読者の皆さん、この新聞の右上に書かれている号数をご覧いただきたい。「第1495号」と印刷されているはずだ。そう。つまり、もういくつか出すと東京建設新聞が「1500号」を達成するってわけです。
1955年4月20日、組合が結成される4日前にガリ版刷りの第1号を発行してから、約52年。平均すると一年間に30号を発行している計算になる。最初のころは月2回発行だったが、第3種郵便の許可をとって組合員への直送を実現するため、昭和35年10月から月3回発行という現在の体制になった。
全建総連(東京建設も加盟している建設組合の全国団体)には多くの組合・連合体が加入し、それぞれ機関紙を発行しているが、圧倒的に多いのは月1回発行で、月3回出しているのは、全国でも4紙のみ。しかも毎号、組合員全員に郵便で直接届くシステムを採用しているのは東京建設新聞一紙だけだ。
ただし、実際の発行はというと、「情報が遅すぎるぞ」「発行日に届くことが、めったにない」などのごもごもごもっともなお叱りをうけることもたびたびある。改めていかなければ。
皆さんの温かい叱咤激励をはげみに、今後もみんなに愛される新聞をめざします。

2006

今年の漢字
(12月25日号)
今年一年の世相をあらわす漢字一文字は「命」。毎年、日本漢字能力検定協会が公募、決定する「今年の漢字」が京都の清水寺で12月13日に発表されました。
秋篠宮家に新たな命が誕生されたこと、イジメや虐待により子どもの命が失われたこと、高齢者の医療費負担増も命に関わる問題でしょう。
私が個人的に感じる今年の漢字は「新」です。そのわけは…今年、事務局に入った”新”人で、担当しているのが”新”聞だからです。こじつけで”新”鮮さがないのは、ご勘弁を。
辞書で「新」の漢字の成り立ちを調べてみると、辛・木・斤の文字からできていて、山で木を伐採するときに針(辛)を打って選んだ木を、斤(おの)で切る、とあります。こうして得た新木を使って神様が住む場所を作ったそうです。ちなみに次号は新年号にふさわしく、神様が住む場所=神社にまつわる記事が載りますので、皆さん期待していてください。
ということで、この号が今年の建設新聞最後の号となります。もう来年のことを言っても鬼に笑われることはないと思いますので、私の”新”年を迎えるにあたっての目標を考えてみました。いつまでも”新”人であることを言い訳にせず”新”たな気持ちで、より良い”新”聞を皆さんにお届けしていきます。
 
いじめ
(12月5日号)
国語辞典で「いじめ」をひいてみると、こう書いてある。「ある集団の内部で、強い立場にある個人または集団が、弱い立場にあるものを肉体的・精神的に苦しめること」。その通り。しかし、いま社会で起こっている「いじめ」に当てはまるかと言うと、ウーン、なんかちょっと違うような気も…。
まず「強い立場」(加害者)と「弱い立場」(被害者)だが、いまの社会では、はっきり定着した「立場」などない。ある人が「加害者」になるか「被害者」になるかは、そのとき次第。ささいなことが原因で、いつでも立場が入れ替わってしまう可能性があるんだな。
もうひとつ。被害者の感覚では「いじめ」そのものなのに、加害者と傍観者(ある意味、第二の加害者)の感覚では「お互いに遊んで、ふざけているだけ」で、「苦しめている」という実感を持ってないことが少なくないということだ。これが「いじめが表面化しづらい」という原因にもなるんだけど。
暉峻淑子氏の著書「豊かさの条件」には、こんな記述がある。「ある教師は言う。子どもにケンカはつきものだ。しかし、ケンカは真剣で笑いがないが、いじめには笑いがある、と。みんなで寄ってたかって、ある子どもを死ぬほど苦しめておいて、面白がって笑っている」
 
味とブランド
(11月15日号)
コカ・コーラとペプシコーラ。どちらか、お気に入りを選ぶとき、人は「味とブランド」のどちらを基準にしているのか。どちらか一方のファンという人を集め、好きな方を飲んでいるときの脳波を調べる実験がおこなわれました。
コカ・コーラ好きの人で、ブランド名を教えた場合と教えなかった場合を比較したところ前者の場合だけ、脳の中で記憶や認識を支配する前頭葉や海馬が強く活動していました。つまり「コカ・コーラ」というブランドを強く認識していたことになります。一方、ペプシ好きの人の実験ではブランド名がわかっても、わからなくても、脳の活動に変化はありませんでした。
この実験でわかったことは「ペプシを好む人は味で製品を選び、コカ・コーラのファンはブランドの影響を強く受けている」ということ。それだけコカ・コーラのブランドイメージが深く浸透しているということでしょう。
あらためて「ブランド」という言葉の定義を調べると『商品が機能以上の価値を認められる時の指標』とあります。つまり人は”特別な何か”という、あいまいな物に強い興味を持つ不思議な生き物なのでしょう。そろそろクリスマスシーズン。ちなみにサンタ=赤のイメージはコカ・コーラの広告が発祥です。
 
核実験
(11月5日号)
北朝鮮が核実験をおこなった。「オレだって核保有国なんだぞ」と世界に伝えたかったのだろう。なにしろ、国連安全保障理事会の常任理事国である米国・ロシア・英国・フランス・中国がみんな核保有国なのだ。核保有国って、ある意味「魅力的」に見えるのかもしれない。
では、そんな「魅力的な国々」は、今までにどれくらいの回数の核実験をおこなってきたのか紹介しよう。
一番はじめは米国で、1945年。ヒロシマ・ナガサキの年だ。それ以後、49年にはソ連(現・ロシア)、52年には英国、60年にはフランス、64年に中国と、次々に実験グループに参列し、1996年までの約50年間におこなった回数は計2045回に及ぶ。国別に見ると、米国が1030回でダントツ。以下、ロシア715回、フランス210回、英国と中国が45回と続く。
96年、あらゆる形での核実験を禁止する「包括的核実験禁止条約」が国連で採択されたが、米・ロ・英は、そんなことにもめげない。「爆発を伴わないから禁止条約には違反していない」という理屈で、97年からは「臨界前核実験」という新手の核実験を開始。米国は今年8月にもネバダ州で実験をおこなったばかりだ。
北朝鮮もだが、こいつらもいい加減にせんかい!
 
手紙の実験
(10月25日号)
数千キロ離れた宛先に何人の人を通して手紙が届くか? 社会学者がこんな実験をした。
無作為に選ばれた最初の人が、宛先の知ってそうな次の人を探して手紙を渡す。これをくり返したところ、何人目で無事に手紙は届いたでしょうか?
何かしら行動するとき、人は”情報”をもとに動き出す。映画を観に行くときは、どこでその映画が上映されているか。また、競馬では必ず競馬新聞を片手に予想するでしょう。これらは、あらかじめ予想できないリスク、つまり映画館に来たけど観たい映画がやってなかった。直感や好きな数字、気になる名前だけで馬を選んだけど、ボロ負けした。など、数々の失敗をしたくないから人は”情報”を求めるのです。
最初に紹介した「手紙の実験」を何回かおこなった結果、平均して5・5人の人を介するだけで数千キロ離れた場所に手紙が届くという、情報が世界をめぐる速さと精度の驚くべき事実がわかりました。
私たち、新聞の編集側もこの実験結果を受けとめ、これからもできるだけ速く(月3回の発行)皆さんに情報(紙面)を知ってもらうことで、リスクを減らして(各種の規制や補助金を知り、充分に活用する)もらえるような新聞作りをめざして頑張っていきます。
 
裏ノーベル賞
(10月15日号)
毎年10月はノーベル賞発表の季節だ。ところで同時期にやはり賞が発表されるイグ・ノーベル賞ってごぞんじだろうか。1991年に米国の科学誌が創設した、「人々を笑わせたり、考えさせたりする研究」に贈られる賞で、「裏ノーベル賞」とも呼ばれている。「皮肉を込めたもの」「脱力型(ただし本人は大マジメ)」の2つの傾向があるようだが、受賞したブツをいくつか紹介してみよう。
まずは「皮肉」系から。「ヒロシマの50周年を記念し、太平洋上で核実験をおこなった」シラク仏大統領に対して平和賞。「数百万人の仕事時間をバーチャルペットの飼育に転換した」たまごっち開発者に対しては経済学賞が贈られた。
続いて「脱力マジメ」系。「食べ物を床に落として5秒以内なら、食べても安全だという“5秒ルール”の科学的妥当性の研究」に公衆衛生賞。「逃げ出して隠れる目覚まし時計を発明して、人々を確実に起こし、生産的な時間を増やしたこと」に対して経済学賞。「ビスケットを食べる前に紅茶に浸す最適な方法や時間の研究」に物理学賞。ちなみに今年は「なぜキツツキは頭が痛くならないのか」の研究に対して鳥類学賞が贈られている。
「これぞ!」という研究テーマを思いついた方は、ぜひご一報を。
 
ゲーム気分で
(9月25日号)
ヨドバシカメラや各種スーパーなどで、買い物をするたびにポイントが貯まるカードを、皆さんはお持ちでしょうか。少しずつポイントが貯まっていくのが楽しみで、私もついついポイントカードを発行しているお店で買い物をしてしまいます。
鉄鋼や造船などの労組でつくる基幹労連は、活動に多く参加すると各種視察の参加費が割り引かれるなどの特典がもらえる〝ポイント制〟の導入を今月7日の定期大会で提案しました。若手組合員のアイデアから生まれたとのこと。
今週号の新聞3面に「戸越支部がポスター張り」の記事が掲載されています。戸越支部・組織担当の藤ノ木さんは「戸越支部は、あと数人で現在トップの荏原支部を追い抜くので、気合いが入っているんだ。青年部がとりわけ盛り上がっているんだよ」と話してくれました。
全京都建築労働組合では毎年、組織拡大月間中に各支部がお互いに〝挑戦状〟を交換するイベントをおこなっています。例えばA支部が「今年、うちは拡大目標の~%をB支部より早く達成する」と宣言、挑戦状を受けたB支部も、負けていられない!と、お互いに競い合って頑張るそうです。ポイント制にしても、挑戦状方式での対決制にしてもゲーム気分で、若い組合員にはうけるかも。
 
どうなの?都民
(9月15日号)
2008年が北京。2012年がロンドン。その次はどうしよう? てなことで、東京と福岡がオリンピック候補地を争った8月30日、こんなことがあった。
①両候補地の応援演説の中で、福岡を応援する東京大学教授・姜尚中氏は「金持ちの・金持ちによる・金持ちのためのオリンピック」として東京を批判。②続く東京側の説明で登場した石原都知事が「さっき、どこか外国の学者さんが東京は理念がないとおっしゃっていた。何のゆえんだかわかりませんが」と発言。③候補地が東京に決まった祝賀パーティーの中で、石原知事が「なんだ、あの生意気な外国人は。どこの国の学者だか知らんが、東京のプランに理念がないとは何ごとだ。怪しげな外国人が、よその国の問題に首を突っ込まないでほしいね」と述べたという。
姜尚中氏は、在日コリアン2世。「(よその国の問題に首を突っ込んでいる)怪しげな外国人」はもちろん姜氏を指しての発言だ。
石原知事は、公の場所での差別的な広言がホントに多くて、「三国人」発言では、国連の人種差別撤廃委員会から「公職につく高官による人種差別的な発言だ」との国際的評価がくだったこともある。
その石原氏、来年の都知事3選に向けて意欲満々なんだそうな。どうなの?都民。
 
少子高齢化時代の商売
(9月5日号)
1着3万円~4万円のスーツを、こつこつ販売し、毎年2億円以上を売り上げるセールスマンがいる。
「新規顧客を開拓するためには、既存顧客の再購入にかける経費の8倍は必要」コンサルティング会社は、こう分析している。NECは、数年前に同社製パソコンの再購入希望率を調査したところ、3・4%しかないのに衝撃を受け、アフターサービスなどのサポート強化をした結果、希望率も売り上げも大幅に増えた。
昭和40年代に開発された、東京近郊の団地、その4割を占める3300戸は、地元の電器店『でんかのヤマグチ』の顧客だ。高齢化した住民が大事にするのは、価格勝負の量販店ではなく、何かあったら、すぐに駆けつけてくれる安心感。
さて、年2億円を売り上げるセールスマン『紳士服のアオキ』町田さんの宝は、1500人の顧客台帳だ。台帳を見直しては、しばらく顔を見てない馴染み客に電話で近況を尋ねる。なかには親子三代にわたって付き合いがある顧客もいる。
この先、安売りで新規開拓にばかりコストをかけると、採算が悪化する悪循環に陥りかねない。一人一人と長くつき合い、リピート需要を引き出すことが、少子高齢化時代の商売の方法なのだろう。建築業界も“建ててからが商売”
 
メモ発見
(8月15・25日号)
 アジア・太平洋戦争当時、大本営を率いていた昭和天皇。ごく常識的に考えれば、日本が中国やアジアの国々に対しておこなった侵略の「最高責任者」であるというのが普通の見かただ。が、実際には罪・おとがめもなく、もちろん「A級戦犯」にもならず、天寿を全うしたのは皆さんご存じのとおり。ま、いろいろ事情はあったらしいけど。
そんな昭和天皇が、A級戦犯が靖国神社に合祀されたことを不快に思い、「だから私はあれ以来参拝していない」と語ったという、元宮内庁長官・富田朝彦氏のいわゆる「富田メモ」の存在が明らかになった。自民党総裁選が近づいていること、小泉首相の靖国公式参拝が取りざたされていることなどもあり、あまりにタイムリー過ぎる「発見」ではあるのだが。
このメモをめぐって面白いのが、靖国反対派の人たちが、「昭和天皇でさえA級戦犯合祀について不快に思い、参拝しなくなったのだから、小泉首相もやめるべきだ」などと言い出していることだ。つまり、「天皇の心情」などというあいまいなモノを、自分たちの意見の拠り所としているってわけ。これって、どちらかというと賛成派の人たちが使いたがる手じゃないの?
結局は右も左も、「みんな大好き錦の御旗」ってことかいな。
 
電車でメーク
(6月15日号)
「電車の中でお化粧している女性をどう思う?」――近ごろ、朝日新聞の「声」欄でジミに盛り上がっているテーマだ。投書欄での意見をいくつか紹介しよう。
「みっともなく恥ずべきことだと思います。まわりに迷惑をかけているとか、かけていないとかの問題ではありません。品がないと思います。(中略)食事は食事をする場所でするべきだし、化粧は化粧室でするべきだと思います」というのは21歳女性。
「欧米では人前での化粧は客引きのサイン」と注意を促すのは61歳の大学教授。まあ、こうした意見は今までもよく言われているし、目新しさはない。
そこでちょっと変わったこんな意見はどう? 37歳女性の投書。「モデルでも女優でもない普通の女性が、一手間ごとに綺麗になっていくのです。『今の化粧品はすごいな』とか『この一手間がこれほど効果的とは』とか、感心しながら見とれています。芸術作品を見ているようで、これは一見の価値があります」。
「目的地に着き、目的の人に会うまでに化粧が完了していればよい」「移動中も時間を無駄にしない」という、良く言えば合理的な考え方。このまま増えていくと、あと20年ほどで「移動中メーク」のほうが社会の一般常識になったりして。
 
メタボリック
(5月25日号)
中高年男性の皆さん、「レミオロメン」はなかなか覚えられないけど、こちらの言葉はもちろん、もうバッチリ覚えちゃいましたよね。そう「メタボリックシンドローム」のことです。
5月9日の新聞各紙が「中高年男性の半数が危険」など、ドキッとするような見出しとともに紹介したメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群または代謝異常症候群)。具体的には、「ウエストが男性85センチ以上、女性90センチ以上」が必須条件で、さらに①血圧、②血糖、③血中脂質のうち2つ以上が基準値を超えていれば有病者、1つなら予備群に分類されるというもの。異常値のコラボレーションね。
新聞の見出しは、「40歳以上の日本人男性のうち、半分以上が有病者か予備群」ということからつけられたようだ。
2000年、WHO(世界保健機関)の高血圧の基準値が引き下げられ、その結果、日本の高血圧要治療者が3000万人増えるというできごとがあった。そして米国でその後、また血圧の新基準値が引き下がり、今回は正常値が上120未満・下80未満だそうな。この基準をWHOや日本が採用すれば、さらに高血圧患者が増え、メタボリックな人も急増だ。
正常な人のほうが少数派になるような基準値の設定って、なんか不思議だよね。
 
教育基本法改正案
(4月25日号)
以前この欄で、超党派国会議員の組織「教育基本法改正促進委員会」について触れたことがある。そこで、「教育基本法を改正したい人たちがいちばん強調しているのが『愛国心』を明文化することなのだ」ということ、「彼らの考える愛国心とは『お国のために命を投げ出すことをいとわない心』らしい」ということを指摘しておいた。
そしてこの4月。自民党と公明党が、教育基本法改正案に「愛国心」として次のような表現をすることで合意した。
「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」
「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた」という言葉を頭にくっつけることで、「我が国」の言葉から「統治機構」との意味あいを薄めたんだそうな。
でもね。「国旗・国家法」のときも法律成立前には「強制しない」と言ってたが、今じゃ当然のように罰則つきの強制がまかり通っているのはご存じの通り。「愛国心」だって、いったん法律ができてしまえば、教育の現場でどんなふうに使われるか分かったものじゃない。それに「表現」だって、文章(条文)を自分に都合の良いように強引に解釈することは、国会議員の得意技なんだから。
 
代表選び
(4月5日号)
不思議である。だれが民主党の代表になるかで、新聞もテレビもなぜか大はしゃぎだ。朝日新聞に至っては、社説の中で民主党代表選びについて、「この党を、政権交代可能な二大政党制の一翼を担えるように鍛え直すこと。それは、単に民主党だけでなく、日本の民主主義にとって重要な意味を持つ」とまで言い切ってしまった。日本における「二大政党制」の化けの皮も、だいぶはげつつあるというのにね。
ほんと不思議である。そこまで大騒ぎするほどのことだろうか。確かに民主党というこの政党、「代表」が途中退場してばかりだ。しかも「代表本人が年金を未納していたもんで」「選挙で惨敗しちゃったので責任をとって」「ガセ情報で国会を混乱させちゃったから」など、引責辞任ばっかりというのもトホホなところではある。が、そんなくだらない所にいつまでも目を向けていてどうする。
例の偽メール騒動からずーっと、民主党がグズグズとどうでもいいことばかりやっていたせいで、この春の国会で話しあわれなかった大切なこと。マスコミがその「どうでもいいこと」ばかり報道したせいで、私たちに知らされなかった重要なこと。
「代表選び」なんかより伝えなければならないことが、いっぱいあるでしょうが。
 
ひとくぎり?
(3月25日号)
労災保険での補償が受けられないアスベスト健康被害者を救うためにできた「アスベスト新法」。その申請受け付けが3月20日からスタートした。昨年6月のクボタ報道から始まったアスベスト騒動も、新法が成立したことにより、社会一般的にはひとつの区切りとなるのだろう。
今から約20年まえの1987年、ある学校の校舎の吹き付けアスベストがボロボロはがれ落ちていることが判明し、全国の学校関係者を震撼させた。いわゆる「学校パニック」だ。このときも、アスベスト問題は大きな騒ぎとなった。しかし、いいかげんな調査しかおこなわれず、さらに翌年、報道が沈静化するのに従い、対策もとられなくなってしまった。
そして昨年のアスベスト騒動。今回はまがりなりにも「アスベスト新法」をつくるところまでいった。でも、そこで、「一区切りだ」として、取り組みが尻すぼみになっていっては20年前と同じこと。それじゃマズイっしょ。
組合でおこなっている「石綿特別教育講習」は、3月末までの受講者が約250人。まだ組合員数の1割に達していない。しかも残念ながら、回を追うごとに受講者数は減りつつあるのが現状だ。このまま「尻すぼみ」になっていっては、やっぱり「マズイ」ですよね。
 
君が代、今年は?
(3月15日号)
卒業式や入学式のおこなわれるこの季節は、「君が代」のときに「歌った・歌わなかった」「立った・立たなかった」で、モメる季節でもある。でもここ最近、マスコミでの「君が代問題」の扱いがだんだん小さくなっているような気も。そんな感じしません?
で、実態はどうなのかというと。たとえば東京都教育委員会の場合、マスコミでの扱いとは反比例して、「起立させ、歌わせる」ためのあの手この手が、年を追うごとにエスカレートしている。
都教育委は今年も新たな手として、都立高校の校長らに対し、「生徒への指導を教職員に徹底する」ことを命じる通達を出した。これ実は、3月11日にあった都立定時制高校の卒業式で、卒業生の大半が君が代のときに立たなかったために急きょ出した通達らしいのだが。
この通達の言わんとするところは要するに「君が代のときに生徒が立たなかったら、それは先生の指導不足だからね。責任をとってもらい、処分もあるよ」ってこと。生徒たちからすれば、「先生の処遇は、生徒であるきみたちの態度しだいだよ」と、人質をとられているようなものだ。
それにしても、こんな陰湿な手口を考えつき、しかも実行できるとは。「教育委員会」ってものすごいところだね、ホント。
 
格差社会
(2月5日号)
「格差社会」「二極化」、そしてここ最近よく見かける「勝ち組・負け組」なるフレーズ。どれも「国民の間で経済格差が広がっている(らしい)」ということを、いろいろな言葉で言っているわけだけど。
とくに、「下品で嫌い」とか「こんな分け方を安易に使うマスコミも問題だ」と言われつつ、いちばん使われているのが「勝ち組・負け組」だ。
「格差社会」については、「競争こそが社会を活性化させる」というマッチョな考え方も少なくない。ただその場合も、次の2点はぜひ考慮に入れてください。
1つめ。仕事には、「勝ち組になれる仕事・負け組になってしまう仕事」という区分けをできるものも確かにあるだろう。が、そんな価値観がすべてではない。「衣食住に必要」とか「社会をささえる」とか、同じ仕事でも視点を変えればいろいろな価値がみえてくるはずだ。そんな仕事観もお忘れなく。
2つめは、「最低限の健康で文化的な生活は保障する」というセーフティーネットが、政府の責任できちんと存在すること。これなしに格差が広がると、冗談でなく人々の命にかかわる。現状は、いいかげんな年金制度・自己負担が増えるばかりの医療保険や介護保険はじめ、「政府の無責任度」は高まる一方なのだが。
 
お正月企画
(1月25日号)
夕方6時過ぎのテレビは、どのチャンネルもニュースの時間である。これらニュース番組で毎年1月なかば過ぎに放送される定番の季節もの企画といえば、そう、「大人になったことを謳歌する、成人の日の新成人たち」とか「初日の出にあやかって集団でツーリングする若者たち」といったヤンチャな若者を扱った青春ものだ。
が、毎年似たようなものを見せられているとさすがに飽きてくる。たとえば成人の日に酒を飲んでハメをはずす彼ら。その行動内容がここ数年、いまいちバラエティに乏しいのだ。つい「もっと違うアイデアや行動で世間からヒンシュクを買うように、少しは工夫しようよ」と茶々を入れたくもなる。
などと思っていたら、今年は、どの民放でもやたら目につく新たなお正月企画が登場した。題して「福袋に群がる女性たち」。ひょっとしたら、昨年もやっていたのだろうか。内容はというと、「福袋セールに殺到する女性たちの生態をリポートする」ふりをしながら、実は各デパートやショップとタイアップしているかのように、「福袋」という商品を宣伝するのが狙いだ。
番組を見た人のなかには「よし、来年はぜったい福袋を買いに行くぞ」と決意した人もいたりして。簡単にのせられたらあきまへんで。
 
ベタ
(1月5日号)
ブームのせいか、お笑いの業界用語が一般会話の中でも当たり前のようにとびかっている。たとえば「ベタ」(関西ではベタベタ)。
マンガの「ベタ塗り」(黒く塗りつぶす作業)が語源ともいう、この言葉。「ありきたり」とか「工夫がない」という意味で使われる。以前は否定的なニュアンスで使われていたが、最近では「ベタさ」を楽しむといった、取り扱われ方もあるらしい。そこで今回は、新聞1面の下段コラムが新年号で取り上げがちな「ベタな題材」トップ3を紹介しよう。
第1位は、その年の干支にちなんだ話題。「年男・年女にはこんな人がいますよ」とか、干支の動物での有名なキャラクターを紹介したり、ウンチクを語ったり。
第2位は、「今年は、△△が始まって○周年にあたる年です」といった「アニバーサリー」紹介という手。実は昨年は東京建設が結成されて50周年だったので、この手を使ったのだが、51周年では中途半端で使えないのである。
第3位は、なんでもいいから「明るい話題」をどこかから持ってきて紹介し、強引にこじつけて「希望に満ちた一年になることに期待したい」と結論づける力業だ。
そもそも「いかにも新年らしい題材でコラムを書く」という発想自体がベタなのかもね。
 

2005

耐震偽装問題
(12月25日号)
地震は、いつ・どこで・どんな規模で起こるか、誰も分からない。この新聞が皆さんに届くころ、ひょっとしたら日本国内のどこかで大地震が起きているかもしれない。震度5でも壊れて倒れてしまうような強度しかないマンションに住む恐ろしさは、だれでもちょっと想像すれば、わかるだろう。
今回の耐震偽装問題に関連して、ある人がこんなことを言っていた。「マンションを建設中に、実際に工事現場にいて働いている人たちは、まったく分からないなんてことあるのかなあ。強度不足に気づいていたのに、そのまま建てていたのなら、倫理観に欠けていると言われてもしょうがないのでは」。
またある組合員さんはこう話してくれた。「現場で働いている人は、耐震強度が半分なんて代物なら、気がつかないわけないよね。ただ『これは危ない建物だな』と思っていても、上にはなかなか言いにくいと思うよ」。
もうひとり、こんなことを話してくれた人もいた。「確認審査が民間になったことが問題だという意見もあるけど、法的にいちいち他人に点検されなくたって、まともなモノをつくるのがプロでしょ。ほかの業種では考えられないよ」。
実際どうなのだろう? ぜひ皆さんの意見を聞かせてください。
 
皇室をめぐる話題
(11月5日号)
最近の新聞やテレビをみていると、皇室や天皇制を話題にしているものがかなり増えている。
靖国問題。女性の天皇を認めるかどうかという論議も含めた後継ぎ問題。天皇家の長女の結婚一時金・約1億5000万円が多いのか、少ないのか。さらに改憲論議が盛んになる中で、新聞の投書欄では「そもそも主権在民の世の中で天皇制は不要なのでは」「いや、天皇制は国民の精神的な支柱だ」など、天皇制の存在自体をめぐってのやりとりも始まっており、紙面で盛り上がっている。
年配の方にとっては常識だが、昭和22年までは刑法の中に、「皇室の尊厳を害する不敬の行為」に対する「不敬罪」という罪があった。その「行為」は、①方法や場所を問わない、②公然かどうかも関係ない、というもので、なかには日記に書いただけで有罪になった例もあったとか。
そんな「不敬罪」の記憶のせいなのか右翼が怖いのか、つい近頃まで、皇室関係については、マスコミも市民も「触らぬ神に…」っぽく振る舞うのが一般的だった気がする。
冒頭にも書いたように、現在は少しずつ風向きが変わりつつあるようだ。どんなことでも自由に意見を交わしあえる世の中。これこそが一番望ましいはずだし、皇室・天皇制についても同様ですよね。
 
長いものには巻かれろ
(10月15日号)
今回の衆議院選挙のきっかけとなった郵政民営化関連法案が10月14日、国会で可決成立した。衆院選で当選した前自民党の「反対組」13人のうち、引き続き「反対」に1票を投じたのはたった1人。参議院では、離党組2人をのぞいて、「反対組」20人のうち、19人が賛成にまわった。
たいへんカッコ悪いわけだが、言い訳を見てみると「民意を謙虚に受け止めた」「前回とは状況が変わった」など、要するに「長いものには巻かれろ」を実践しているらしい。
国会が民主主義(デモクラシー)に則って運営されているのは、皆さんご存じの通り。さて、その民主主義とはなにか。この機会に復習してみよう。
百科事典によれば、「個人の人権(自由・平等・参政権など)を重んじながら、多数で物事を決める原則」としており、その後にこんな記述がある。「単純な多数決と混同されることが多いが、多数決が単に多数であることに正当性の根拠を求めるのに対し、民主主義は最終的には多数決によるとしても、その意思決定の前提として多様な意見を持つ者同士の互譲をも含む理性的対話が求められる点でこれと区別される」
あれれ、だとすると国会って、民主主義ならぬ「単純な多数決」で運営されてるってことすか?
 
宣伝です
(9月25日号)
「ホワイトバンド」――今年7月ごろから日本でも販売をスタートし、「各界有名人が3秒に一回指をパチンと鳴らす」テレビCMが流れていたのでご存じの方も多いだろう。
ホワイトバンド・キャンペーンは、今年7月に開かれたチャリティーコンサート「ライブ8」とともに、世界中で展開している貧困撲滅の国際的なプロジェクトのひとつだ。具体的には、シリコン製の白い腕輪を300円で買うと、売り上げの一部(約29円)が途上国援助の活動をするNGOの活動資金に回る。また、そのバンドを腕に巻くことで「貧困撲滅」の意思を表明することになる。
1年前、組合教宣部は、「組合員が語る平和の本」を発行した。これは、東京建設新聞の平和特集に掲載された組合員さんの記事(戦争体験記など)を一冊にまとめたものだ。この本、売り上げの20%を平和に寄与する団体に寄付することを前提に定価500円で販売をしており、今年の3月にはユニセフに対し1回目の寄付をおこなった。偶然だが、白い腕輪と仕組みが似ているでしょ。
「平和の本」は腕にも巻けないし、オシャレ感もない。
ただ、延べ113人の仲間が書いた「平和への思い」が270ページにぎっしり詰まっているのが唯一の自慢である。ぜひご一読を。
 
候補者選び
(9月5日号)
今回、郵政民営化に反対する議員を落とすために自民党が送り込んだ対立候補は、特徴的な点がいくつかある。①女性が多い、②すでに他の分野で活躍している人が多く、したがって、落選してもたいして困らない、などだ。自民党はこれらの目玉候補を、いったいどうやって決めているのか。
選ぶルートは2つ。武部幹事長中心の「党ルート」が一つ目。そして飯島首相秘書官中心の「首相官邸ルート」がもうひとつだ。飯島秘書官の場合、人名録「読売年鑑」に載っている有名な女性の文化人・学者の中からピンと来た人物に片っ端から電話をかけるという方法で候補を選ぶのだそうだ。
中越地震当時、山古志村の村長として村の復興に尽力していた長島忠美氏も今回比例区で擁立された。最初は「地域で災害復旧を支えていきたい」と出馬を断っていたが、首相周辺から自民党新潟県連の人に「長島氏を出せないのなら、災害支援もこれまでのようにできなくなる」との連絡が入り、同氏を説得して出馬したという経緯があったとか。
どちらの話を聞いても「そんなやり方で国会議員の候補者を選ぶなよ」とひとこと言いたくなりません? それとも、彼らの思惑通りに一票が投じられ、まんまと当選してしまうのかなあ。
 
&deco(blue){多大な損害と苦痛
};(8月25日号)
敗戦60年めにあたる今年8月15日。政府は首相談話を発表し、小泉首相は全国戦没者追悼式で式辞を述べた。どちらでも言及されているのが、先の大戦でアジア諸国の人々に対して与えた「多大の損害と苦痛」へのお詫びだ。
ところでこの「多大」ってどれぐらいの量なのだろう。損害にもいろいろあるが、ここでは人間の命、つまり犠牲者数で、「多大」の具体的な数字を点検することにしよう。
アジア太平洋戦争で日本軍が殺した死者数を国別に見ると、中国が1000万人以上(2000万人という説も)で一番多い。次いでインドネシアの400万人、ベトナム200万人、フィリピン111万人。さらに韓国・北朝鮮、ミャンマー、シンガポール、マレーシア、タイとアジア諸国が続く。アジア以外では、米国・英国・オランダなど。中国人の犠牲者がこれほど多いのは、①捕虜を大量殺戮した、②一般民衆を虐殺した、③掃討作戦をおこなった、ことが理由だという。
合計すると、少なくとも1800万人以上の人たちの命を奪ったのだ、日本軍は。そして日本の死亡者は、約230万人。
ちなみに第2次大戦で、ナチスドイツがおこなったホロコーストによるユダヤ人犠牲者の数は、約600万人である。
 
茶碗
(7月25日号)
夏といえば、怪談の季節。有名な「番町皿屋敷」は、1枚の皿を割ったの・割らないのというイザコザが原因で起こる悲劇だ。さて、同じく食器にまつわるこんな「怖い」話はいかがだろう。
『トラウマの国』(高橋秀実著)という本の中に「妻の殺意」という章がある。「妻が夫を殺した実例」「妻が夫に殺意をいだく瞬間」を調べたルポルタージュだ。40代のOLが「夫に殺意をいだく」理由では、こんなふうに書かれている。
「それと茶碗」「茶碗ですか?」「そう。食べたら流しにつけておいて、と言ってるのに、流しを見たら彼のお茶碗が水の上にプカプカ浮いてたのよ。水にくぐらせろって言っただろ。意味ないんだよ、それじゃあ」
目を閉じれば、状況が目の前にリアルに浮かんでくる。この欄を読んでいる男性の皆さんも似たようなことをして、注意された経験があるのではないかな。
この夫、きっと一回どころではなく、何回も「茶碗プカプカ」をやってしまったのだろう。さらに女性は「茶碗プカプカ」だけで「殺意をいだいた」わけではあるまい。生活のいろいろな場面で似たような状況に遭遇したに違いない。
おや、あなたは他人事みたいですね? 「食器なんか運んだことないから安心だ」ですって! なんまんだぶなんまんだぶ。 
 
アスベスト被害
(7月15日号)
機械メーカー、クボタの発表から始まった、まさに堰を切ったようなアスベスト被害の報道。新聞を開くたびに死者数はすごい勢いで増える一方だ。
一連の報道を通じて、①進行が早くて難治性のがんである「悪性中皮腫」という病気の存在、②中皮腫の発病はアスベスト暴露と深い関係にあること、の2点が広く世の中に知られるようになったのは、一歩前進といえる。この2点は、私たち建設組合の仲間なら知っている人がかなり多いはずだが、一般社会では、あまり知られていないのが実情だったからだ。
しかし、周りに住む住民への被害、つまり「公害」という面での認識が、私たちにあったか。残念ながら抜け落ちていたのではないだろうか。
建設業者・家族がアスベスト暴露の「被害者」になる可能性が高いことは、前から組合でも訴えていた。しかし今回ハッキリしたこと、それは、「被害者」になる可能性と同時に、まわりに住む一般市民に対しては「加害者」の立場にもなりうる(いや、すでになっているかも)ということだ。このことは、市民たちも今回しっかりと認識しただろう。
これから先、「被害者」にも「加害者」にもならない対策をとること。今回の騒動は私たちにとっても、ものすごく責任重大なのだ。
 
ヘルメット
(6月25日号)
最近、自転車屋さんの店先でこんな場面をみかけることがある。ハンドルのあたりに幼児用の座席が設置されたママチャリ。座席にすわっている2、3歳ぐらいの幼児はとても不愉快そうな顔だ。それも当然で、自転車屋のおじさんが、無理やりヘルメットをかぶせようとしてくるのだ。しかもお母さんまで、「どう、重くないわよね?」などとおじさんの味方をしている。
ヘルメット着用を義務づけた法案の提出などもあり、カラフルなヘルメットをかぶらされている幼児を乗せたママチャリが増えている。
ある統計では、自転車に子どもを乗せていた親の37%が、転倒などで子どもにケガをさせたことがあり、そのうち頭部のケガが3分の1を占めるという。だからヘルメットなのだろう。でもね。
夜間の無灯火走行。ケータイでしゃべりながらの運転。よく見る風景だ。いくら子どもにヘルメットをかぶせていたって、こんな運転をしていれば、いつ事故や転倒が起きてもおかしくないだろう。そうなれば、地面に体をうちつけた子どもは、骨ぐらい折るかもしれないな。頭だってガーンと衝撃がくるに違いない。
自転車の最前列に座らされ、ヘルメットで身を守る子どもたち。その顔は、やっぱりちょっとおびえてみえる。
 
見せたくない・見せたい
(5月25日号)
「ロンドンハーツ」が2年連続でみごと1位に。「クレヨンしんちゃん」も3位と、相変わらず強い。そう、おなじみ日本PTA全国協議会が選ぶ「子どもに見せたくない番組」の調査結果だ。ドリフやコント55号の時代も、PTAが「ワースト番組」を選んでいた記憶がある。ってことは、もう30年もこんな調査を続けているの?
結果を見てみよう。ワースト10は、バラエティー7つ、ギャグアニメ2つ、サスペンス番組1。ベスト10の1位は「プロジェクトX」で、以下、「どうぶつ奇想天外!」だの「世界・ふしぎ発見!」だの、「楽しみつつ、お勉強にもなります」的な番組のオンパレードだ。親が子どもに読んでほしいマンガのトップは「日本の歴史」などの学習マンガらしいが、なんか似ていますな。
「見せたくない番組・見せたい番組」は、さらに①親自身は見たい・見ているが、子どもには見てほしくない、②親自身も見たくないし、子どもにも見てほしくない、③親自身は見たくないが、子どもには見てほしい、④親自身も見ており、子どもにも見てほしい、に区分できそうだ。
そこでPTAの方に提案します。来年の調査では、上記4つの項目で集計してみては? 面白い結果が出ると思うよ。 
 
中国の対日批判行動
(4月15日号)
中国で起きている対日批判行動。きっかけは、3月21日に国連のアナン事務総長が、「常任理事国が増えるなら一つは日本」と発言し、中国国内で「歴史を反省しない日本にその資格はない」と反対の署名活動が始まったことだった。
その後、日本製品不買運動が広がり、各地で数万人規模のデモが繰り広げられ、一部では暴力沙汰も起きている。いっぽう日本では、怒りの火に油をそそぐような教科書検定結果が発表になっているのだが。
今回の騒動について、各国のマスコミはどのように見ているのか。朝日新聞4月12日号の記事の中から、各国のコメントをピックアップしてみると…。
ドイツ「中国の怒りが爆発したのは、首相の靖国神社参拝など日本が長年、侵略された隣人の感情を傷つけているから」。米国「日本の教科書が誠実に事実を伝えていない」「日本が過去を清算しない限り、近隣諸国との『未来志向の友好』の望みはない」。韓国「日本がまずすべきことは真の反省と過去清算」。
日本側には「過去の行為をいつまでも言うなよ」という感覚があるのかもしれない。が、各国マスコミが日本に対して指摘するのはこうだ。「“過去の行為を清算する”という“現在の行為”が、日本には足りないのだ」。さて、どう思います?
 
日韓関係
(3月25日号)
1年ぐらい前からだろうか。大手レンタルビデオ屋の入り口近くに、5000円札で買えるDVDプレーヤーが山積みになっているのを目にするようになった。後日、その事情を聞いて、納得した。お店側は、一体だれが、何のために買うと目論んでいたのか?
皆さん、ご存じですよね。そう、レンタルしたDVDの「冬ソナ」を見る中高年の女性たちをターゲットにしていたのだ。その後、韓流ブームとやらが到来し、韓国製のドラマや映画が次々にヒット。韓国人俳優がマスコミをにぎわせるようになり、さらに日本女性たちが韓国各地に出没するようになった。
バーゲン会場でまわりのお客を押しのけるが如く、両国間の過去を吹き飛ばしていくこのストレートな「愛ある」行動は、見習うべきなのかも。
島根県の「竹島の日」条例制定を機に、日韓関係が悪化している。3月23日にはノ・ムヒョン大統領が、①再軍備論議の活発化、②小泉首相の靖国神社参拝、③歴史教科書問題などで日本を批判する談話を発表した。が一方で談話は「日本国民全体と敵対してはならない」として、「政府と国民は別」ということを強調している。
せっかく女性たちが築いた隣国との交流だ。男たちも黙ってないで、ほら何とか。
 
確定申告とライブドア
(3月5日号)
つい先ごろ終わったばかりの組合の申告相談会。「今回から配偶者控除と配偶者特別控除をダブルで引ける制度がなくなっちゃったんですよ」と説明すると、「そうなんですよねえ」と、すでに先刻ご承知で、あきらめ顔の組合員さんが多い。なかには「あれ?老年者控除はまだ今年はだいじょうぶなんですか」とか「来年は定率減税も縮小になるらしいし」と皆さんよく知っている。
相談会を始める前は、「組合員さんはどのぐらいご存じなのだろう」と心配していたのだが、さすがに暮らしにダイレクトに響く「増税」への関心はきわめて高いようだ。
税金相談会とほぼ時期を同じくして、毎日の新聞やテレビを賑わせていたのがあの「ライブドア」だ。「世代間の対立」。株式の「日本的なあなあVSビジネスライク」。「出る杭は打たれる」的な反応。騒動の観戦ポイントもいろいろあり、面白い。
それにしてもだ。「1円でも節税するために病院や薬局のレシートをしっかり集めて大切にとっておく」確定申告と「数百億円の株を売買したり放送局を買収したり」する世界が、すぐ近所で同時に起こっているのだからねえ。この両者が日本経済の中でどう関係しているのか、ぜひ知りたいもの。どなたか、教えてください。
 
漢字力
(2月5日号)
小学生を対象に「学校で学ぶ漢字がどれだけ身についてるか」を全国調査した結果が、新聞の1面に大きく載っていた。記事の書き出しは「落書きを『楽書き』、人に仕えるを『使える』――」と、珍回答の紹介。まるで、大人たちに「ったく、いまどきの子供はしょうがねえなあ」と突っ込んでくださいと言わんばかりだ。
しかし、記事を読みすすむと、「80年にも同様の調査を行っている。80年調査と正答率を比較すると、読みは1ポイント増、書きは5ポイント増」という記述。つまり、いまの小学生のほうが、読み書きとも成績はいいのだ。
いまのオトナたちに聞くと、「日頃、パソコンばかり使っているもんで、ぜんぜん漢字が書けなくなっちゃったよ」という人が多い。しかし。実は、「読み」だって、そうとういい加減なものなのである、オトナは。小さい頃から、ある漢字の読みを「○○」と思い込んでいて、大人になってから、他人にその読みが「△△」だと指摘されたこと、ありません?
大人を対象に漢字の全国調査をやってみたらどうなるか。新聞には珍回答の数々が羅列され、子供たちに「ったく、偉そうなこと言ってるけど、オトナのほうがダメじゃん」と突っ込まれる確率はかなり高いと思う。
 
大声で歌へ君が代
(1月25日号)
「入学式・卒業式のとき、『君が代』だけ声が小さいぞ。ほかの歌と同じくらい声量を大きくして『君が代』を歌うように、生徒たちに指導しなさい」――昨年12月、町田市教育委員会が、市内の小中学校長に出した通知文の概要だ。同教育委員会では、さらに1月から3月の事前指導の計画書提出なども求めているという。
じつは昨年の春、福岡県久留米市の教育委員会も似たようななできごとを起こしている。久留米では小中学校の卒業式・入学式で歌われた君が代の声の大きさを調べて、大・中・小の3段階に分類。「小」に分類された学校には「ちゃんと歌わせるように」と指導していたのだ。ちなみに音量を測る尺度は「個人の主観」だったそうだ。あまりにもトホホな調査すぎて、言葉もない。
久留米市教育委員会に対する意見をいくつか見てみると――。「君が代は大きな声で歌うような歌ではないし、大きな声で歌うほうがいいなんて、音楽的にも意味がない」「声の大きさによって国家への忠誠度を測るような発想はおかしいのでは」などなど。
さて。町田市教育委員会の皆さんは、昨年の久留米でのできごとをもちろん知っているはずだ。その上で、今回のこの通知文。いったい何をしたいのやら。
 
組合創立50周年
(1月5日号)
今年は、日本という国にとっても、組合にとっても「節目」というか、ま、切りのいい年だ。日本にとっては、1945年8月15日、太平洋戦争・日中戦争に負け、焼け跡から新たなスタートを切ってちょうど60年。組合にとっては、1955年(昭和30年)4月24日に品川区立荏原児童会館で「東京都建設労働組合」という名称で組合を結成してから50周年にあたる年なのだ。
50周年とか60周年とか、切りのいい年は、お祝いや記念行事がおこなわれることも多い。セレモニーも悪くない。でも本当は、「当時と現在を比較して、何がどう変化したのか、それはなぜなのかを検証し、将来のために生かす」のにこそ適した年でもあるのだ。
東京建設新聞の創刊当時の名前は「都建労ニュース」。ガリ版刷り、わら半紙の4ページもので、組合が結成される4日前の1955年4月20日に発行された。組合よりも少しだけ先輩にあたるわけだ。その東京建設新聞が当時よりも、組合員にとって役に立ち、みんなの声を反映する機関紙になっているか。ぜひ組合員の皆さんの意見を聞いて点検していかなければ。
それではあらためて。明けましておめでとうございます。本年も東京建設新聞をご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
 

2004

時短は時代遅れ?
(12月25日号)
賃金不払い残業(いわゆるサービス残業)があらゆる職種で横行――こんな事実が、だんだん明らかになってきた。過重労働による過労死や過労自殺が増え、社会問題化しているのはご存じの通り。2003年度、一般会社員の年間労働時間は2016時間(もちろんサービス残業は別途)に達する。
「まずは、労働時間を短縮することが必要なのだろうな」と思っていたら、どうやら違うらしい。専門家の考えでは、「年間労働1800時間」を目標に労働時間短縮に取り組んでいる現在の政策は、時代遅れなのだそうだ。
「働き方の多様化が進展する中で、全労働者一律の目標を掲げる時短は時宜にあわない」――厚生労働大臣の諮問機関・労働政策審議会が12月17日、こんな意見書を大臣に出した。では、これからはどうすべきかというと、「時間でなく成果によって評価される仕事が拡大」してるから、「多様な働き方に対応し、事業所ごとに労働時間や休日などを設定することが適当」だという。つまり企業ごとに労働時間も休日も勝手に設定してもOKってこと?
将来、アスベスト被ばくによる死亡が増えるという予測がされてるけど、過労死・過労自殺の急激な増加はもっと近いうちに起こりそうだな、こりゃ。
 
生活不活発病
(12月5日号)
11月23日付朝日新聞によると、中越地震の避難所で、「生活不活発病」という病気がお年寄りを中心に広がりつつあるという。
こんな病気だ。「生活が不活発になると、頭や心まで含めた全身の働きが低下する。そのため『動きにくい』『疲れやすい』状態になり、生活がさらに不活発となる『悪循環』になっていく。『使わない機能は落ちる』のは常識だが、意識的に『悪循環』をとめないと、どんどん進行して改善は難しくなる」。
ふだんの生活の中で、次のような事例に思い当たる人はいないだろうか。例えば…。「日課のウォーキングをサボっていたら、体重が増加。ますます面倒になってしまい、やめてしまった」「部屋の一角にモノが積んだままの状態。片付けようと思いながら、つい面倒くさくてそのままにしていたら、一角が肥大化し、ますます手付かずに」など。その通り、「ものぐさ」と呼ばれる現象だ。
「生活不活発病」と、「ものぐさの恒常化」は、もちろん別物だ。しかし症状的にはよく似てるんだな、これが。
「今の生活の不活発さを認識し、日常生活を意識的に活発化する」のが、生活不活発病への対処法だそうだが、これ「ものぐさ」改善にもじゅうぶん応用できる方法である。ぜひお試しを。
 
秋の園遊会で
(11月15日号)
秋の園遊会で、天皇と米長邦雄・東京都教育委員の間でこんなやりとりがあり、話題になっている。
天皇「教育委員のお仕事ご苦労さまです」。米長「日本中の学校で国旗を揚げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」。天皇「やはり強制になるということではないことが望ましいですね」。米長「…もう、もちろんそう、本当にすばらしいお言葉をいただきありがとうございました」
以上の会話から次のようなことが推測できる。①日本中は大げさにしても、教育委員会はやっぱり、国旗掲揚と国歌斉唱を強制しようとしているのみたいだ。②昨年、都教育委は国旗掲揚・国歌斉唱を徹底するよう都立学校に通達を出し、この春の卒業式などでこれに従わなかった教職員248人に対し、戒告などの懲戒処分をおこなった。天皇は、たぶんこの事実を知っており、しかも教育委員会のやりかたを良くないと思っている。
「日の丸・君が代・天皇」といえば、3点セットである。その当事者である天皇自身が、「強制はよくない」旨の発言をしたのだ。不本意に思った人もきっといるだろうね。
米長氏の突発的な発言から始まった偶発事とはいえ、天皇のナマの意見(しかもまっとうなツッコミ)が聞け、面白かった。
 
関心が低下してる
(11月5日号)
「自衛隊のイラク撤退」を条件に日本人が人質になったことは、香田さんを含めて何度かある。が、殺されたのは今回が初めてだ。
イラク戦争をはじめるにあたり、当初から「大量破壊兵器」の存在を疑問視する人もいたが、米国政府はうやむやにしていた。この9月にパウエル国務長官が「大量破壊兵器がなかったこと」を公式に認めたのは、米国にとって初めてのことである。
サマワに駐留する自衛隊。今までにも何回か宿営地周辺が攻撃されたことはあった。しかし、実際に宿営地内を爆撃されたのは今回が初めてであり、「非戦闘地域」という政府答弁はますます根拠をうしなった。
人質事件・大量破壊兵器の存在・自衛隊のイラク派兵。3つとも以前はもっと、マスコミも私たち市民も関心や興味を持っていたような気がする。ところが、今回は起こったことの重要度と反比例して関心はあきらかに低下している。ひょっとして、飽きちゃった?
マスコミは、報道するにあたり「事の重大さ」よりも「新しいか」「刺激的か」「受けるか」といったポイントを重要視する。私たち自身も、「世の中の動き」を、「理性・論理」より「感覚・情緒」でとらえる。そんな情報の需要・供給関係ができているとしたら、まずいよなあ。
 
ツキノワグマ
(10月25日号)
奥山から下ってくると里山に入る。里山をさらに下ると、やっと人里に着く。昔は、そんな風景が当たり前だったという。
人間たちは、昼間は里山エリアに足を踏み入れて、農作業・柴刈り・炭焼きなどの仕事をこなし、夜になると人里へ帰っていく。クマたち野生動物は、昼間は奥山を生息エリアとし、夜になると里山へ出かけて果物を食べたりする。そんなふうに、里山を緩衝地帯(または共有スペース)として利用し、共存してきた。
時は移る。やがて人が手を加えなくなった里山は、里山として機能しなくなり、奥山の一部になってしまった。つまり緩衝地帯は消失し、人と野生動物の生息エリアが一挙に隣り合わせになってしまったというわけ。
いま、日本列島のほうぼうでクマと人間が異常接近遭遇してお互いにパニックを起こし、人間を襲ったり、クマを殺したりという、くまった事件が頻発している。今年は、酷暑や台風の影響でクマの食料となるブナなどの木の実が少ない。そのため食料を求めて人里までおりてきてしまったらしい。
緩衝地帯たる里山を復活すること。この異常接近を回避するにはそれしかないのではないかしら。それとも、どこかの国がやってるみたいに、邪魔者は片っ端から駆除する?
 
年齢
(10月15日号)
自分の本当の年齢をズバリ言い当てられると、男女を問わず、ほとんどの人が不快に思うんです。「エーッ、私って(オレって)、そんなに老けて見えるのかよ!」と予想外のできごとに驚き、ガッカリし、言い当てた相手を逆恨みするんだ。間違いない!
博報堂生活総合研究所が18~76歳の男女約400人を対象に調査した結果、年齢が増すにつれて、本当の年齢と実感年齢(自分ではこれぐらいと思っている年齢)との差が広がる傾向にあることがわかった。お察しの通り、実感年齢のほうが若いわけだが、どれぐらい差があるかというと。30~40歳代で7・6歳。50代以上だと11・1歳というから、十二支で、およそ一回りも若いと感じている人が大勢いるってことだ。ちょっと図々しいっすね。
もうひとつこんなデータも。文部科学省の運動能力調査によると、40~79歳の中高年層では「体力年齢」が実際の年齢よりも若い人の割合が増え、50代前半の男性では40%もいるという。
人間の若さ(年齢に対する老化度)を測る尺度は、外見・身体機能・精神など、いくつかある。博報堂の調査は、「見てくれ」を想定しているんだろうし、文科省のそれはずばり「身体機能」だ。
さて、あなたは、どの尺度がいちばん重要だと思う?

天動説
(9月25日号)
「小学校4年~6年生の4割が『太陽のほうが地球の周りを回っている』と思っている」。9月21日付の朝日新聞1面に掲載された記事だ。1面をかざっていることからも、この事実がオトナたちにとってさぞ衝撃的だったのだろうなと推測できる。
しかし。コペルニクスが地動説を唱え、さらにガリレイやケプラーがその説の正しいことを証明するまでは(いや、もっとずっと後まで)、みんな「太陽のほうが地球の周りを回っている」と思っていたわけだし、実際、目で見る限りその通りだもんね。
吉野源三郎は少年向けの本『君たちはどう生きるか』の中で、天動説が信じられていた理由について、キリスト教の教えのほかに、こんな理由をあげている。「人間というものが、いつでも、自分を中心として、ものを見たり考えたりするという性質をもっているためなんだ」。さらにこんな記述も。「(この)性質は、大人の間にもまだまだ根深く残っている。(中略)たいがいの人が、手前勝手な考え方におちいって、ものの真相がわからなくなり、自分に都合のよいことだけを見てゆこうとするものなんだ」。
いま大騒ぎのプロ野球も、「わが球団を中心に回っているのじゃ」という天動説を変えられるかどうかですね、結局。
 
叱咤激励お待ちしてます
(9月5日号)
「ノウゼンカズラを漢字でどう書くか、わざわざ電話で教えてくれたんですよ」。うれしそうに本吉さんが話してくれました。
本紙8月25日号の「仲間のこえ」欄に掲載された本吉藤子さん(蒲田支部)からのお便り。その中で、本吉さんは庭師の人にノウゼンカズラの漢字を尋ねるのですが、分からないと言われて「残念でした」と書いています。この記事を読んだ組合員の方が、本吉さんの家に電話をかけてきて、漢字を教えてくれたのです。そんなことからも、交流が始まるのかもしれません。
また、7月25日号に載っていた「当たり屋に要注意」の記事を読んでいたおかげで、「知り合いが被害をこうむりそうになったんだけど、私がアドバイスして、防ぐことができたわ」と教えてくれた組合員さんもいらっしゃいます。一つでも被害を減らすことができたなら、あの記事を掲載した意義はあったといえるかな?
小浪晴生さん(馬込)からは、「他の組合に(対して)自慢のできる元気になるような紙面を」との気持ちから、記事の見出しについて助言をいただきました。実は厳しい意見が一番ありがたいのです。
新聞を発行していて、反応がまったくないのはさびしいもの。これからも多くの叱咤激励をお待ちしてますぞ。
 
現状を報告します
(8月15日号)
ヒロシマ、ナガサキ。日本は人類史上で唯一の被爆国である。もうひとつ忘れてはならないのが、アメリカ合衆国は人類史上で唯一の「加爆国」だということ。
広島と長崎に原爆を投下し、多くの市民を無差別に大量虐殺してから59年。この場を借りて、「加爆国」の現状を原爆犠牲者の御霊に報告したい。悪魔の兵器を使用したことの反省は、生かされているのだろうか?
①米国は現在、実際に配備されているものだけで約7650個の核兵器を保有。もちろん世界一だ。②ブッシュ政権は、「通常兵器と同じように使える核兵器」の開発を始めた。「抑止力」としての核兵器ではなく、実用的な小型核をつくって、テロリストやならず者を退治するんだという。③放射能兵器であるウラン弾は、「核兵器とは違う」ということで、すでに10年以上前から大量に使用している。
犠牲者の方たちにとっては「被爆国日本が、いかに世界平和に向け努力してるか」が、一番知りたいことかもしれない。「今や日本は戦前と同じ状態にになってしまいました」なんて報告したら、悲しむだろうなあ。
 
岩国
(7月25日号)
城下町として知られる山口県岩国市。岩国といえば錦帯橋だ。今年の春、50年ぶりの架け替え工事が終わったばかり。橋の上を歩くと、ヒノキのいい香りがただよってくる。山の緑に包まれ、和やかな気分に――岩国はそんなところである。
岩国にはもうひとつ、「米軍海兵隊航空基地をかかえる町」という別の顔もある。岩国警察署のホームページにアクセスすると、あなたはこんな文字を目にするはずだ。「国の名勝『錦帯橋』と基地の町 岩国警察署のホームページにようこそ」。
前半の部分はキャッチフレーズなのだろう。普通キャッチフレーズにはセールスポイントを書きつらねるものだが。岩国市民の間では、「警察は米兵の犯罪に甘い」との声も少なくない。ひょっとすると警察は「基地があること」を、町のセールスポイントだと思っているのかしら。
7月中旬、「厚木基地を岩国へ移転し、夜間発着訓練(NLP)を一本化する」という米軍の構想が明らかになった。厚木基地周辺に住む人に聞くと、「NLPは夜8時から10時ごろまでやることが多いんだけど、その間はうるさくて電話もできないし、テレビも見れない。たまんないよ」という。
「錦帯橋とNLPの町へようこそ」なんて冗談じゃないぞ。
 
弱者たたき
(6月25日号)
6月5日付の朝日新聞で、辛淑玉氏が、「大衆の怒りや憎悪が、社会的強者である政府や大企業などにではなく、なぜか立場の弱い人たちに向けられる現象が目立っている」と書いている。具体的には、次のような事柄だ。
北朝鮮による拉致被害者の家族。イラク人質事件の被害者家族。熊本でホテル宿泊を拒否されたハンセン病回復者たち。これらの人たちは、最初、社会的弱者として認知され、同情の対象となる。ところが彼ら・彼女らが自らの意見を主張しだすと、「大衆」は寄ってたかって弱者をつぶしにかかる。
「大衆」の一人一人をみれば、社会的には弱い立場の人が大半だろう。ではなぜ同じ弱者同士なのに「イジメ」に走るのか。いくつかの理由が思いつく。ひとつは、「弱者たち」が少数派だということだ。なぜか少数派に対しては、自らが「お上」になったかのようにふるまってしまうんですねえ、「大衆」は。2つ目は、「他者に対する想像力」が極端に落ち込んでいるのではないかということ。まだあるだろうけど、後は皆さんで考えてください。
権力者が力をふるわずとも、弱者同士でつぶし合って,ますますみんなそろって弱者になっていく図式。社会的強者の方々は「世話ねえな」って、ほくそ笑んでいるんじゃないかな。
 
次に問われているのは
(6月15日号)
三菱自動車がしてきたのはこんなことだった。96年、欠陥があることが社内で分かったが、リコールは金がかかるため「ヤミ改修」で対応することを決める。00年、別の欠陥を隠蔽するための「クレーム隠し」が発覚。ただし、96年に分かった欠陥は発覚しなかった。会社は「これ以上隠していることはない」と嘘をつき、さらに隠蔽工作が発覚するのを恐れて「ヤミ改修」自体もやめる。以後、欠陥は消費者に知らされないままとなり、死亡事故をはじめ、欠陥に起因する事故が次々に起きる。
いま三菱自動車は、消費者の信頼をまったく失い、「会社自体が存亡の危機」との報道もある。しかし自動車メーカーとして絶対やってはならないことをやってしまったのだ。消費者が三菱に対して「ノー」と言うのは当然だろう。
欠陥があるのがわかっているのに、与党は「年金改革法」が成立させた。衆議院では法案の通過直後に、与党幹部が年金未納・未加入を発表。法律が成立した後には、法案の前提となるデータが違っているのを隠蔽していたことが明らかになった。
そして参院選。今度、問われているのは有権者だろう。「欠陥商品」を押し付ける相手に対して「ノー」と言うのか。それともいつも通り「寛大な心」で許してあげるのかしら。
 
17年ゼミ
(5月25日号)
オリンピックが開かれるのは4年に一回。ふだんはずっと寝ているが、その年にだけ起き出してくる警察官が、マンガの中には存在する。が、セミの世界にはさらに上手を行く奴らもいるのだ。その名は17年ゼミ。米国東部に生息するこの昆虫は、生まれるとずっと地中で暮らしているが、17年目の夏、いっせいに地上に現れて成虫となり、生殖して死んでいく。
17年ゼミの特徴は第一に、どの個体も体内に時計が内蔵されているかのようにちょうど17年目に成虫となること。第二にいちどに発生する数が並外れて大量なことだ。
2004年、その17年ゼミが羽化する年を迎えた。その数およそ50億匹。
17年ゼミの生態の謎を、科学者はこう推測している。①17年という時間は、捕食者(セミを食べる動物)の寿命より長いため、発生のサイクルを感づかれず、狙い食いされにくい。②いっせいにあまりにも大量に発生するので、捕食者が食べることのできる量よりはるかに多く、逃げ切れる仲間が必ずでてくる。
17年ゼミのライフサイクルの秘密を知っている生物は、地球上でたぶん人間だけだろう。さらに、米国ではこのセミの大量発生にあわせて、さまざまなセミ料理を楽しむという。ってことは17年ゼミの天敵は人間か?
 
未納・未加入
(5月5日号)
テレビの某ニュースキャスターが、自らの国民年金未納を理由に番組の出演を自粛している。どうも、この人は「未納問題」の何が「問題」か、よく分かっていないらしい。だからこんな過剰とも思える対応をとったんだろうね。
国会議員の国民年金未納・未加入をめぐっては、マスコミが連日報道を繰り返しているが、いま問題にすべき「未納・未加入」と、そうでないものを区別しないまま、情報をたれ流しているように見える。議員と関係がないときの年金空白期間は、確かに未納・未加入には違いないが、今回の騒動とは別の次元の話である。
いま問題にすべきなのは「国会議員在職期間で、国民年金の加入が義務となって以降の未加入や未納」なのだ。
現在、国民年金はどんどん空洞化が進み、未納率は4割にもなる。今回の年金改革論議でもそのことは重要な課題になっている。なのに法律をつくったり、順守する立場にある国会議員が、こんなにもたくさん空洞化に加担していたという事実。たとえて言えば、「税金から給料をもらって増税のための法律をつくっている人が、自らは脱税していた」からこそ、責任を問われているのだ。
さらに、与党の連中は、法案成立のため、情報開示時期を操作したりして。ズルすぎるね。
 
議員年金
(4月15日号)
国会議員の年金廃止が取りざたされている。正確には「国会議員互助年金」という名前のこの制度。どんな内容か、ちょっと見てみよう。
①10年間加入していれば、年金受給資格が得られる。国民年金に比べて2・5倍もお得である。②在職期間が受給最低条件の10年だとすると、保険料は1266万円だが、その後もらえる年金額は年間412万円。つまり3年間でペイしてしまう計算だ。これまたお得。③3年以上在職して10年未満で退職した(議員でなくなった)場合、払った保険料の約8割が戻ってくる。
いかがかな。私たちが入っている年金から見ると、なんともうらやましくなる制度である。なぜこんなことが可能なのか。その秘密は財源にある。年金額の約70%は税金から支払われているのだ。
「議員年金廃止」に反対する元国会議員(年金をもらっている人)の反対理由は次のようなものが多い。「確かに他の年金よりは多いよ。でも議員時代の絡みで冠婚葬祭などつきあいでの出費も多いんだからさあ」。つまり「交際費がかかる」と言いたいらしい。
私たちの多くが年金問題を「生存権」の問題としてとらえているのに、「交際費」の心配をする余裕があるなんて。やっぱりうらやましい制度だよね。

会議
(3月25日号)
組合員の皆さんはご存じないかもしれないが、実は、組合というところはけっこう会議が多い。組合の運動方針を具体化する「幹事会」(毎月一回開催)をはじめ、毎日とはいわないが、2、3日に一回は開いているのではないかしら。もちろん、何かを実行する上で、話し合って、意見をまとめるのは必要なことだ。しかし「会議が多すぎる」との意見もいただく。はてさてどうしたものか。
と思っていたら、週刊誌「ヨミウリウイークリー」が、「会議術」を特集していた。同誌によると、会議には「目的をもった会議」「定例(顔見せ)会議」「吊るし上げ(恐怖)会議」の3パターンがあり、「目的をもった会議」以外、ないほうがいいとのこと。
この特集の中で専門家が指摘する「典型的な悪い会議の例」を列記してみると――。①内容がないのにダラダラと長時間になる②定刻に始まらない③会議のテーマが不明瞭で、結論が出ない④報告ばかり。資料の棒読み⑤会議に出席していながら何も考えてきていない⑥ひとの意見を要約して繰り返す、おうむ返し的発言⑦1人が延々としゃべっている⑧何も発言しない⑨「どうせ上のひと言で決まる」といった、あきらめ会議。
なかなか鋭いご指摘。さて組合の会議はどうだろう。
 
教育基本法改正
(3月15日号)
「お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す。お国のために命をささげた人があって、今ここに祖国があるということを子どもたちに教える。これに尽きる」「お国のために命を投げ出すことをいとわない機構、つまり国民の軍隊が明確に意識されなければならない。この中で国民教育が復活していく」
これ、戦前の発言ではない。時は、今年2月25日。場所は、都内のホテル。自民党・民主党を中心とした超党派の国会議員による組織「教育基本法改正促進委員会」の設立総会であいさつの際、発せられたことばだ。発言したのは、民主党の西村真悟衆議院議員(例の「刀剣友の会」事件などで有名な人)。なのだが、「教育基本法改正促進委員会」なる団体にはいったい何人の国会議員が名をつらねているのだろう。報道によると、名簿では235人とかなりの数の議員が加盟しているという。ちなみに最高顧問は森・前首相だって。
教育基本法を改正したい人たちが、いちばん強調しているのは「愛国心」を明文化することだという。が、彼らが考える「愛国心」とは要するに、「お国のために命を投げ出すことをいとわない」心だけを指すのだろうな。
この人たち、次は「徴兵制」って言い出すよ、きっと。
 
鳥インフルエンザ
(2月25日号)
嫌な予感がしていたのだが、やっぱり現実に起こってしまった。
場所は三重県津市の神社。そこでは約80羽のチャボやウコッケイが放し飼いにされていた。ところが、山口県に続き、大分県で鳥インフルエンザにかかったチャボが見つかった後、参拝客から苦情が出され、鳥インルフエンザに感染していないにもかかわらず、すべてを「処分」(窒息死)してしまったのだ。また、大分での鳥インフルエンザ感染チャボ発見後、全国各地で、学校や幼稚園などから「飼っているチャボや鶏を“処分”したいのだが」という問い合わせが、獣医師会に相次いでいるという。
こうした反応がおきるのにはいくつかの理由が考えられる。鳥インフルエンザという病気やその感染のしかたに対する知識不足も大きいだろう。が、病気でもない鳥をいきなり「殺せばいい」という発想はどこから出てくるのか。みんなが自覚しているかどうかはさておき、日本では「排除の論理」や「排他性」が根っこにありそうな出来事・事件が結構多い。今回のできごとと結びつけるのって、少し考えすぎかしらね。
それにしてもペットを簡単に「処分」しようという感覚。将来、仮に「チワワインフルエンザ」なんて病気が表面化したら、どうする?
 
高齢者の税金
(2月15日号)
「年寄りは、ダラダラ生きていないでさっさと死ねってことなのかしら」。世間話をしていたときに、70代の女性が発したことばだ。彼女は数年前に夫と死別し、年金とわずかな不動産所得が収入のすべて。「来年から老年者控除はなくなるし、年金の所得控除も引き下げになるし。所得税がだいぶ上がりますよね」と話しかけると、「それだけじゃないのよ」とこう説明してくれた。
「老年者控除廃止と年金への課税分だけで、まず所得税がグーンと上がるでしょ。さらに住民税や健康保険料も所得税と連動してアップするしかけになっているから」。彼女が語る「負担の増加」はさらに続く。書きだしてみると?。①所得税の定率減税の廃止、②介護保険料の引き上げ、③年金に対する、新しい物価スライド調整の導入、④消費税の増税、などなど。
高齢者へ課税強化する理由について、政府の説明はこうだ。①年金は控除額が大きい。経済力と関係なく一律の優遇で不公平。②老年者控除は、実質的に年齢のみを基準に高齢者を優遇している。③高齢者が現役世代より優遇されているのは問題だ。優遇措置は減らし、高齢者ももっと負担すべき。
彼女は反論する。「優遇? 今だって贅沢とは無縁のくらしなのに。どう節約すりゃいいのよ」
 
大量破壊兵器
(2月5日号)
この1月、イラクでの大量破壊兵器調査団長を務めていたデビッド・ケイ氏が、調査結果として「もともと存在しなかった」とのコメントを発表した。当初、イラク攻撃の理由として米国・ブッシュ大統領が言った「フセイン政権は大量破壊兵器を持っている」は言いがかりだったわけだ。
過去、「言いがかり」を「大義」として戦争に突入しておびただしい数の人を殺し、町を破壊した例は多い。日本軍も今までに何回も使っている方法だ。今回のイラク戦争も、またまた同じやり口で始まった殺戮行為だったのが明らかになったことになる。
昨年3月、小泉首相は「イラクは大量破壊兵器をもっている」と断言して、イラク攻撃を即座に支持。今回のケイ発言があった後も、「持っていないとは断言できない」と言っている。
日本は「大量破壊兵器を持っていない」ことになっているが、技術的にも材料の面でも所有する力があることは明白だ。どこかの国から「日本が大量破壊兵器を所持しているのは間違いない」と言われ、国中を探し回っても何も出てこない場合、その後は具体的にどうすれば「ないこと」を証明できるのか。小泉氏自身も「日本が絶対に大量破壊兵器を持っていない」ことなど証明できないと思うけど。
 
クマノミ
(1月25日号)
お正月に大ヒットした映画『ファインディング・ニモ』。人間に生け捕りにされた息子のニモを助けるため、冒険を繰り広げる熱帯魚(カクレクマノミ)の父親が主人公だ。ラストでは、間一髪でニモを救出。故郷の海へ帰ることができて、めでたしめでたしとなる。
が、本物のカクレクマノミにとってはとんだ災難が待っていた。この映画の大ヒットがきっかけで、熱帯魚店ではカクレクマノミが次々に売り切れ状態になり、さらには乱獲・密漁も横行。沖縄では、県内各地でクマノミが減少しているとの報告が相次いでいるのだ。
ふつう、この作品を見たら、「野生の動物をペットにすることの身勝手さ・自然の大切さ」などへ発想が行きそうなものだ。が、現実は映画のはるか上を行く。映画そのままに数多くのニモたちを生け捕りし、水槽で飼う人が急増しているのだから。
「日本人は自然を愛でる国民だ」なんて、ありゃ大嘘だね。
自衛隊のイラク派兵に関する世論調査では、じょじょに「賛成」が増えてきた。水槽の中の熱帯魚を見るようにテレビの中の戦争を見ている私たち。「日本人は平和を愛する国民だ」というまことしやかな言葉もよく聞くが、これって本当に事実なのか。あなたはどう思います?
 
平和を選択する岐路の年
(1月5日号)
「テロに屈せず、イラクの復興支援に積極的に取り組むという国の基本方針が揺らぐことはない。今は亡くなられた方々のご遺志を受け継ぐことが、最大の供養であり、責務」。昨年11月29日イラクで襲撃され亡くなった奥参事官、井ノ上三等書記官への川口外務大臣の追悼メッセージだ。
旧ろう9日には小泉首相がイラク復興支援・国際貢献の名の下に自衛隊派遣を決めた。「非戦闘地域への派遣。武力行使はしない」という。現在のイラクに安全地帯などあるのか。テロや襲撃にあったらどうするのか。国際協調は自衛隊の派遣でなければいけないのか。疑問はつきない。
昨年青年部の旅行で沖縄へ行った一人の部員は「ひめゆりの塔や旧海軍司令部壕などを見て、平和について考えさせられた。戦争の話はとてもショックを受けた。今のイラク情勢と重なって複雑な気持ちになった」と感想文を寄せている。戦争の悲惨さを目の当たりにして、平和の尊さを実感しただろう。自衛隊のイラク派兵は戦後58年を経て、平和国家「日本」の行く末を懸念せざるを得ない。
今年8月13日には”平和の祭典”アテネオリンピックが開催される。日本にとって、国際社会にとって2004年は本当の平和を選択する岐路の年となりそうだ。(S)  

2003

イラクこの1年
(12月25日号)
今年イラクで起こった、世界史に残る一大事件を振り返ってみることにしよう。
3月、米・英の連合軍は、国連の決議を無視して、イラクの首都バグダッドを空爆するとともに国内への侵略を開始。軍事力の圧倒的な差もあり、わずか1カ月足らずでフセイン政権を倒し、占領軍主導の暫定統治機関が誕生した。
「攻撃=侵略」の理由については、当初「イラクが大量破壊兵器を保持しているため」としていたが、大量破壊兵器は見つからず、その後理由は二転三転。現在の占領政策をみると、「石油利権を手に入れるのが目的」という説も真実味をおびてきた。
フセイン政権はなくなったが、イラク国内では今もイラク人と米軍等との殺し合いが頻発している。つまり戦争状態だ。ひとつには元イラク体制派によるもの。もうひとつが国民の生活をよくする方向には一向に進まない占領政策へのレジスタンスとみられる。
なお、12月には米軍がイラクの大統領フセインを拘束。CIAが取り調べを担当することになった。CIAは過去何回もフセインの暗殺に失敗しており、さらに「大量破壊兵器が存在する」とのいい加減なネタを流した、いわば「因縁の仲」。まさか取り調べ中に暗殺するわけにもいかないだろうけど。
 
年甲斐もなく
(12月5日号)
テレビ番組の一コーナーに「友達親娘選手権」というのがある。その影響だろうか。最近、本当に「友達親娘」(を明らかに意識した親子連れ)が増えているような気がする。
ちょっと説明が必要だろう。「友達親娘選手権」とは、街中を歩く女性同士の2人連れの中から、「見た目は友だち同士だが実は親子」つまり「母親が異様に若く見える」人たちを探し出してきて、その「若さ」を競うというものだ。
この場合、若さとは具体的には「若い人向けのファッション」をして、「若い人なみの体型」を維持していること、を指すらしい。番組を見ている同じ世代の女性は、半分うらやましいと思いつつ、「年甲斐もなく」と揶揄的に見ている部分もあるのではないだろうか。確かに若づくりが「やりすぎ」だし、ファッション面に限定していてイマイチなのも事実だ。
でも「年甲斐もなく」ってそんなに変なことなのかしら。年齢のせいにして自らの行動を自主規制してしまうよりはよっぽど良いと思うのだが。
親子でチョモランマに登った三浦雄一郎・豪太両氏のような登山界の「友達親子」という例もある。ファッションだけに限らず、あらゆる分野で「年甲斐もない」大人がもっともっと増えてくると面白いんだけどなあ。
 
点検が必要
(11月15日号)
「一九四三年、ナチス政府は世界に先駆けてアスベストに起因する中皮腫と肺ガンを労災と認定して補償対象にした」。ナチス政府がおこなっていた健康政策についての本『健康帝国ナチス』にある記述だ。某番組ではないが、「へえー」である。ちなみに日本が同様の措置をとったのは1978年のこと。
ナチスと聞いてまず連想するのは、極端な優生思想とその果てのユダヤ人大量虐殺だろう。私たちは、その思想や所業を「異常」とも「狂気」とも感じる。でも当時のドイツ国民の多くがナチスの政策に賛成していたからこそ可能だったのも事実である。そのことは忘れちゃまずいだろう。
10月、石原都知事が「韓国併合は彼ら(朝鮮人)の総意だ」と発言し、韓国政府や在日韓国人・朝鮮人団体などからモーレツな非難を浴びている。氏がこれまでも「三国人」発言、「中国人犯罪者の民族的DNA」発言など中国人や朝鮮人への民族的な差別意識をむき出しにした言動を繰り返しているのはご存じのとおり。
が、そんな石原都知事の人気はバツグンだ。彼が暴言を繰り返す背景には「市民だって、心のどこかでそう思ってるはず」との認識があるのではないかな。私たち自身にそうした差別意識はないのか。これ、点検が必要ですよ。
 
小選挙区制
(11月5日号)
あちこちに衆院選候補のポスターを張った看板が立っている。9人以上張るスペースがあるが、3枚ぐらいしか張っていないところも多い。アレを見ていてつくづく思う。「小選挙区制度ってつまらないなあ」
この制度、「死に票が多い」との問題点が指摘されているが、さらに「選挙区」で落選しても、「比例」で当選するという、ゾンビのような仕組みも腑に落ちない。「二大政党制」による安定した政治運営をめざすため導入したらしいが、「二大政党制の方がいい」なんて、国民はいつ言ったのだろう。逆に世論が誘導されているような気もするのだが。
などというゴタクはともかく、なんたって選択肢がなさすぎる。数人が立候補していても、当選の可能性があるのは、「AかBのどちらか」というのが現実だろう。したがって一票を「死に票」にするのが嫌なら、「AかB」に入れざるを得ない。この時点で、「C・D・E」各候補は「政策」や「選挙公約」に賛成できる部分があったとしても、見捨てられる。結局、AとBの選挙公約(だかマニフェストだか)やら顔つきやらを見比べて、ささいな違いから、よりましな方を選ばなければならない。
小選挙区、ひょっとして投票率を下げるために導入したのか?
 
アンケート結果
(10月25日号)
9月に開かれた全分会活動者会議で、参加者にアンケートをとった。結果は、本紙10月5日号に掲載したのでご覧になった方も多いだろう。今回とったアンケート調査の最大の特徴は、ズバリ「答えてくれた人があまりに少ないこと」。出席者144人全員に配布して回収できたのは41枚。回答率にして約28・5%という数字である。
選挙などでも投票率が3割を切ると、かなりの低さといえる。だが今回のアンケートはわざわざ投票所まで出向いてもらうわけではなく、その場で書いてもらったものだ。しかも、「結果は新聞で発表するなど、組合員全員に伝えて役立てるようにするので必ず提出して」とお願いしたのだが。当日の会議のテーマが「活動家の役割」だったのは、皮肉というかなんというか…。
当然、幹事会では回答数の少なさに話が及ぶかと思ったが、発言は皆無だった。幹事の人たちの回答率を聞いてみたいような気もするが、答えを知るのがコワイ気も。
参加された皆さん。来年こそご協力を、切にお願いします。
などと人のことばかりは言ってられないのだ。アンケートでは、組合の新聞についてもいろいろな要望・意見が寄せられた。せっかくいただいた意見を無駄にしないためにも、できることから実現していかねば。

尺八の音色
(9月15日号)
コンピューターが発する正確なリズムに合わせて楽器が演奏され、それに乗っかってどこかで聞いたようなメロディー・歌詞が歌われる。ふだん耳にする音楽は、そんな「パック詰め」商品が大半だ。それはそれで楽しんだりもするのだが、先日、まったく異なった音楽体験をした。
十数人が奏でる尺八の音に、みんな耳を傾けている。月居辰雄さん(馬込支部)の葬儀が終わり、棺に納められた故人と最後のお別れをした後。出棺を前に尺八の連管(斉奏)で民謡「追分」が静かに始まった。実は、尺八の演奏をまともに聞くのはこれが始めてだ。
哀愁などという月並みなことばでは言い表すことができない「追分」の曲調。尺八の音は、笛の音色というよりも、「木々の間を通り過ぎる風の音」や「川のせせらぎ」「寄せては返す波の音」といった自然界に存在する「何かの音」のようだ。それらが、十数人の奏者によって、微妙にずれたり重なったりしながら、一つの旋律を繰り返していく。
時間にして、5分ほどのことだっただろうか。参列者の中には、尺八の音色と共に、「故人の在りし日」を頭に描いていた人も多かったに違いない。
この楽器には、音楽を超えたプラスアルファを伝える「何か」があるのかもしれない。改めて合掌。
 
死刑制度
(9月5日号)
大阪教育大付属池田小学校での児童殺害事件で、被告に対し死刑という判決が下された。おこなったことのあまりの残虐さや身勝手さ、その後もすべてを「他人のせい」にする言動など、「被告には極刑を科すべきだ」という意見はその通りだと思う。それでもやっぱり疑問は残るのだ。「殺人を国家に委託する制度はあっていいのか」と。
被害児童の父親は手記でこう述べている。「死刑廃止論を唱えている人に伺いたいことがあります。自分の子どもが殺されても本当に廃止論を唱えることができるのでしょうか? それができなければ唱える資格などあるはずもありません。他人事だから言えるのだとあえて申し上げたい」
家族を殺された方たちの心の痛み、「加害者だけがのうのうと生きている」ことへの理不尽な思いは、私たちの想像を超える。でも、第三者までが理屈より感情を優先させちゃあマズイでしょう。さきほどの父親の手記にある「死刑廃止論」の部分に「戦争反対」とか「報復攻撃反対」の言葉を代入してみていただきたい。どうしてもこの論理には賛成することができない。
死刑制度には反対・賛成それぞれ言い分があるだろう。でも「犯人に死の報いを」の考え方だけは否定したうえで、論議してほしいな。
 
猛暑
(8月25日号)
「夏をあきらめて」という言葉がぴったりの今年の夏。海の家は赤字間違いなしだそうだし、客足の伸びないビアガーデンでは生ビールより熱燗が出ているとの話も聞く。が、ヨーロッパでは猛暑で深刻な状態らしい。
連日40度の高温が続くフランスでは、猛暑が原因で亡くなった人が3000人に達するという報道が出た後、「いや1万人にはなりそうだ」と訂正の情報を流している。どちらにしろ、ものすごい人数だ。冷房設備が少ないって理由だけでそんなに人が死ぬものなの?
この暑さに同国では、バス運転手が「車に冷房設備をつけろ」「半ズボンの着用を認めろ」とストを起こしたとか。
さらに上を行くのが、スウェーデンの運転手たちである。短パンでの乗務を禁止する会社への対抗措置として彼らがしたこと。スカートをはいて仕事をはじめたのだ。
かたや夏だというのに上下のスーツ姿に身を固めたビジネスマンが街中を行く日本。さすが「熱闘甲子園」の国ですなあ。でもあまり我慢しないようにね。
 
首相あいさつ
(8月15日号)
8月6日に広島の、9日には長崎の、平和記念(祈念)式典で小泉首相はあいさつをおこなった。地名を差し替えた以外、文言は両日ともほぼ同じで、こんな内容だ。
「人類史上唯一の被爆国である我が国は、広島、長崎の悲劇を再び繰り返してはならないとの決意のもと、平和憲法を順守し、非核3原則を堅持してきた。今後とも、この立場を変えることなく(中略)核兵器の廃絶に全力で取り組んでいく(後略)」
きっと、昨年も一昨年もだいたい似たような内容だったのだろうな。にしても、米国がおこなったイラク侵略へ「積極的な支持」を表明し、「有事法制・イラク特措法の強引な成立」をなしとげて「自衛隊派兵」が現実化した今年は、一段とその「シラジラしさ」にも際立つものがある。
首相の発言をもうひとつ。秋葉・広島市長が平和宣言の中でイラク戦争に触れ、「『戦争が平和だ』との(米国の)主張があたかも真理であるかのように喧伝されている」と批判した同じ日に同じ広島市内で、小泉首相は「米国に協力することが日本の平和を確保することにおいて極めて大事」と語った。
市長や式典参加者を挑発しているとしか思えない発言だが、ひょっとして、この人は平和宣言など聞いていなかったのかしら? 
 
少子化社会対策基本法
(7月25日号)
今度、「少子化社会対策基本法」って法律ができたでしょ。「次代の社会を担う子どもを安心して生み、育てることができる環境を整備する」という基本理念が述べられているけど、あれは「次代の社会を担う」という部分がポイントなんだな。つまりはこういうこと。
「子ども」ってのはね、大人になったら不平不満も言わずに働いて、税金を納めてくれる限りにおいて、国家にとって有用な人材となりうるの。過酷な残業もバリバリこなしてね。それ以外の子どもはぜんぜん必要ない。逆に、いてくれちゃあ迷惑なんだよ。
それと女性はね、「子どもを産む」ことにのみ存在価値があるの。ま、学校を出て少し働くぐらいはいいよ。でも適齢期になったら、さっさと結婚して子どもをたくさん産むことだ。次世代の「有用な人材」を生産するんだよ。このサイクルがうまくいってるのが、「良い国家」だ。
今の日本を見てみなさい。子どもを一人もつくらないで自由を謳歌して。そんな女性がどんどん増えてるじゃないか。なーにが「労働条件の改善」か! なーにが「男女共同参画社会」だ! そんな人たちが年をとったからといって”税金で面倒みる”なんて、冗談じゃないよ。
森喜朗様、こんな補足説明でいかがでしょうか?
 
わら草履
(7月15日号)
建物の中に入ると、黙々とわら草履を編んでいる老人がいた。朝8時から夕方5時まで、ここでわら草履づくりの実演・販売をするのが彼の仕事だ。ここは岐阜県・下呂温泉にある観光施設「合掌村」。
つくっているわら草履は4種類ある。長さ20センチ弱の大人用。それより一回り小さい子供用。交通安全のお札がついた6センチほどのもの。そしてもう一つが、先っぽに2センチぐらいのミニチュアわら草履がついた携帯電話用のストラップだ。
「3年ぐらい前かなあ。上のほうの人が、これからはコレだということで、つくり始めたんだよ」。読みは当たった。「携帯電話のヤツが、一番よく売れる。休みの日だと100個は出るね」
むかし、家族全員のわら草履を編むのはお年寄りの仕事で、わら草履は一番身近な履き物、実用品だった。しかし今では、わら草履をはいている人を見ることはない。伝統の技術も、売れ筋のアクセサリーづくりにシフトしつつあるのが現実だ。
実演・販売を担当するのは3人。一日ずつ担当し、翌日の人は、前の日に売れた商品をつくって補充するという。ストラップが100個も売れた翌日は、ミニチュアづくりに追われるに違いない。「技術の伝承」のひとつの形ではあるんだろうが。

読書
(6月25日号)
「約4割の人はまったく本を読まない」。文化庁が昨年おこなった世論調査の結果である。16歳以上の人に、「(雑誌や漫画を除いて)1ヵ月に何冊の本を読むか」という質問をおこなった結果、「まったく読まない」が37・6%、「1~10冊」が58・1%だったというのだ。
「ブック・オフ」など、大型の新古書店が次々に開店し、繁盛しているのを見ると、「いや、実際には本を読んでいる人はもっと多いんじゃないの」とも思うし、片や出版不況という言葉も耳にする。通勤電車での過ごし方も、ケータイやMDなど、読書以外にも多様化しているしね。「4割」って多いのか、少ないのか。
ところで、この調査結果でビックリしたことがある。「1ヵ月に21冊以上読む」という人が0・7%、「31冊以上」が0・4%いたことだ。普通の人が普通に本を読んでいて、そんなことが可能なの? ビデオを早送りで見るように、何か特別な方法でもあるのだろうか。
「本を読むのが良いこと」なのは、大方の認めるところだ。でも、それでなくても氾濫した情報におぼれてしまいそうな現代。「楽しみとしての読書」ぐらいは、気持ちにゆとりを持って「じっくりと1冊の本を楽しみ、味わい尽くす」で、いいんじゃないかなあ。
 
ケタがわからない
(6月15日号)
各支部の総会に続いて組合の定期大会もぶじ終わり、まずはひと区切りといったところだ。その総会や大会で必ずおこなわれるのが、決算報告である。みんなから集めたお金を使って運営しているわけだから、もちろん必要なことだ。
ところで、決算報告書を見たり・報告を聞いていて、いつも弱ってしまうことがある。科目ごとに数字が羅列してあるのだが、パッと見て「いくらだか分からない」のだ。報告者があの数字をスラスラ読んでいるのを聞くと、「ひょっとして、報告前に数字の右端から『一、十、百…』と数えて、何か印でもつけているのでは?」なんてことを考えたりして。
3ケタごとに打ってあるコンマは、数字を千進法(サウザンドとかミリオンとか、1000ごとに単位を持つ数え方)で数える欧米人にこそ意味があるのであって、「万進法」を使う私たち日本語圏の人にはまったく意味がない。コンマなんて要らないから、4ケタごとに「万」とか「億」とか書き入れた方が一目で理解できるのになあ。
メートル法が施行されているとはいえ、日本の建築業界では、人間工学的に合理性のある尺貫法がまだまだ健在だ。数字の書き方だって、日本語にとって合理的なほうが良いと思うんだが。無理かしら。
 
有事法制で何を守るの?
(5月25日号)
この国会で成立しそうな有事法制。武力攻撃事態対処法・改正自衛隊法・改正安全保障会議設置法の3つからなる。その中身は、簡単に言うと「日本が他国から武力攻撃を受けた(とは何かがあいまいだが)ときに、住民や企業・地方自治体を政府の言いなりにさせ、自衛隊が自由にふるまえるようにする」ための法律である。
有事3法案が衆議院を通過した翌日の5月16日。朝日新聞朝刊の1面にこんな記述があった。「自衛隊や警察は住民避難の主力部隊にはなれない」(鳥取県警本部長のことば)。「我々の任務は国家を守ることだ。それが国民の生命や財産の安全につながる。自衛隊は国民を守るためにある、と考えるのは間違っている」(自衛隊陸幕のある幹部のことば)。
どうやら他国から攻撃されたときに守ろうとしているのは、市民の生命ではないらしい。だよなあ。
半世紀前だって、「一億玉砕」つまり「国民全員死んででも国を守れ」と、正気の沙汰とは思えないことを言っていた政府。その流れとして現政府があり、さらに子分である日本のバックには、戦争大好きな「世界一の番長国家・米国親分」もいるわけだから。
昔も今も、市民の命をないがしろにしてまで絶対に守りたいモノって、一体なに?
 
日本国憲法の正体
(5月5日号)
ゴールデンウイークの一日であること以外、「憲法記念日」の存在は、とくに気に留めたことがない。「日本国憲法」についても、「たしか法律よりも上の位置にあって、憲法に反した法律は無効になったりするんだよなあ」という程度の知識である。「これじゃ、いかん」ということで、『やさしいことばで日本国憲法』(マガジンハウス刊)という本をながめてみることにした。
「やさしいことばで」というわけで、わかりやすく書き直されている。具体的にはこんなぐあいだ。「日本国民」は「日本のわたしたち」に。「国の交戦権は、これを認めない」を「戦争で人を殺すのは罪ではないという特権を国にみとめません」に。
初めて知ったことがいくつかある。①日本国憲法には主語があり、それは「日本のわたしたち」だということ。②日本国憲法の正体は、「わたしたち」から政府(つまり国家)に対して「政府ができること・できないこと」を定めた命令・義務規定だということ。③基本的人権は「政府が民衆に対して絶対に侵すことのできない条項」なのだということ。などである。
一般の法律は「国家から市民への命令」だけど、憲法はこちら側のモノらしい。これからは、もう少し親身になって接してみるかな。
 
仕掛けなし
(4月15日号)
最初に見た時の感想は「アレって本当にやってるのかなあ。それとも特撮?」というもの。その後、「仕掛けなしで本当にやっている」ことがわかったのだが、放送されるたびについ見入ってしまった。最近、第2弾も始まっており、これまた面白い。
某アミノ酸飲料の肉体派CMのことだ。第1弾は、女子高生が駅のプラットホームに立ち、その場で前方宙返りをくるくる回るというもの。正式には「片足踏み切り前方伸身宙返り」という名で、難易度Dの技である。そして現在放送中の第2弾(「上昇サラリーマン編」という名前だそうだ)では、逆立ち状態で、旗を掲揚するポールにつかまり、足腰の反動で上まで登っていく。まさに「なんだこりゃ!」な場面が繰り広げられているのだ。中国雑技団の人たちがやっているのかな、とも推測するが、メーカーでは「企業秘密」としている。
現在のCG技術を使えば、きっとあの映像は簡単につくれるだろう。しかし、ああした「ホンモノ」を見せられた後では、しょせん作り物は作り物である。生身の肉体による日頃の鍛練のすごさを再認識した。
第3弾以降では、どんな超絶技を見せてくれるのだろう。さらにレベルアップした内容を楽しみにして、待っていようっと。

劣化ウラン弾
(3月25日号)
91年のいわゆる「湾岸戦争」で、米・英軍が使った爆弾に「劣化ウラン弾」というものがある。その数は、空爆で94万発・その他1万発の計95万発。300トン以上の量だ。
劣化ウラン弾は、簡単にいえば核兵器や原発に使うために濃縮したウランの残りカスである「放射性廃棄物」を原材料とし、主に貫通弾として使用される爆弾だ。爆発すると、チリのような微粒子(もちろん放射性物質)になる。
その後どうなるか。風に乗って広い範囲の水や土地を汚染し、その影響は当然、人体にも及ぶ。イラクでは「広島に投下された原爆の1万4000~3万6000倍」の放射能原子がばらまかれたという。ウランの半減期は45億年。放射能の影響は永久に残ると言っても差し支えあるまい。
子供が放射能の影響を受ける度合いは、大人の10~20倍という。戦争後、イラク国内では何が起こっているのか。
子供の白血病・ガンが、戦争前に比べ約10倍になった。胎児では、奇形児出産の激増。水頭症、二重胎児、手足のない子供、無脳児、目が一つの子供…。バグダッドの病院では先天的障害児の出生率は26・9%との報告もある。
湾岸戦争以来、米国はすべての戦争で劣化ウラン弾を使用している。今回だけ例外ということはありえないだろう。
 
イラク攻撃反対の集会
(3月15日号)
むかし流行った歌の歌詞にこんな一節がある。「いくつの耳をつけたら為政者は民衆の叫びが聞こえるのか?/何人死んだらわかるのか? あまりにも多く死にすぎたと」。でもテキサスあたりでは、その答えは竜巻とともに空の彼方に吹き飛んでしまったに違いない。
これを書いている時点では、米国・英国・スペインが国連に対して最後通告を発し、ほんとにイラク攻撃は秒読み段階に入ってしまった。皆さんにこの新聞が届く頃には、いったいどうなっているのか。
ここ数ヵ月、イラク攻撃に反対するデモや集会が世界中で盛んだ。日本国内でも2月・3月と開かれ、若者を中心に3~4万人規模の人が参加している。皆さんの中にも参加した方がいるかもしれない。
デモや集会といえば、労働組合などの組織が主体のものという印象がある。しかし最近の「イラク攻撃反対」集会には、どこの組織にも属さない人たちが自らの意志で、あちらこちらから集まってきたという雰囲気が漂っている。新聞やテレビで見ても、プラカードや服装など、いい意味でバラバラだ。
もちろん良い面ばかりではないだろう。しかし集会の意義が、みごとに一般の人たちに浸透しているのが分かる。参考にすべき点が大ではないかしら。
 
住民票
(2月25日号)
2月6日、横浜市西区役所が「タマちゃんを住民登録する」と発表し、住民票を交付したのはご存じだろう。それに対して22日、アザラシが住む帷子川で「同じ『外国人』のタマちゃんが住民票をもらった。私たちにも住民票を」と、外国籍の日本住民たちがアピールの集会をおこなっている。
地方自治法では、外国人も「住民」だ。住民票は、本来は「その市町村の住民であることを証明する」証書と考えるべきだが、実際はそうではない。住民基本台帳法の「日本国籍を有しない者その他政令で定める者については、適用しない」という適用除外条項によって外国籍の人はその対象からはずされているからだ。
そのことに関連する弊害は数多くあるが、一番の問題点は、住民の当然の権利である「参政権」がないことだろう。もうこの際、横浜市としては外国籍の人にも参政権を認めちゃったらいいんじゃないかしら。
今回の件で、区に対して何か反響はなかったのかとの疑問に、広報の方がこう話してくれた。「『外国籍の人にも住民票を』との要望や苦情は、直接はないんですよ。一番多いのは『うちのワンちゃんにも住民票を交付してほしい』といった内容ですね」
あのなあ、そっち方面にしか発想が働かんのかい!
 
歩きタバコ禁止
(2月15日号)
日本で嫌煙権運動がスタートして今年で25年。成人男性の喫煙率は、78年の75%から02年には49%にさがり、電車や公共施設での禁煙・分煙も当たり前になってきた。「タバコ被害」に悩む人にとっては大きな前進の25年間といえるだろう。
昨年10月、千代田区で「歩きタバコ禁止条例」が施行されたのは皆さんご存じのとおりだ。今年に入り、杉並区・品川区でも同様の条例案が区議会に提出される予定だという。このぶんでいくと、23区内全域が「歩きタバコ禁止区域」になるのもそう遠くはなさそうだ。そういえば英国では、歩きタバコをしていた証拠写真をもとに、30年以上昔の行為を「けしからん」と言われた人がいたらしいが…。
タバコ問題は2つに分けられる。ひとつは喫煙者の体にとって、タバコが有害だということ。いっそのこと麻薬として「非合法ドラッグ」に指定するという無茶で乱暴な方法が一番てっとり早いかもね。
もうひとつが喫煙作法という公共マナーの問題だ。現在、各区が進めているのは、実はたかがマナーを法律や条例で取り締まろうということにほかならない。今回は「タバコ」という明らかな悪者が対象だから反対も少ないのだろう。しかし、この考え方って結構アブナイ感じがしませんか?
 
インフルエンザ
(2月5日号)
インフルエンザの当たり年である。昨年末、まわりで予防接種を受けたと言う人が多いので「オヤ?」と思っていたのだが、このことだったのだ。さらにインフルエンザの薬が不足しているらしいという噂も耳にしていたが、知り合いが実際に、病院で「いま薬が切れているんです」と言われたと聞き、「本当にそんなことがあるのか」とちょっとビックリした。
2月最初の段階で、全国での患者数は昨年の4・8倍に達しているというが、実感ではもっと多いような気がする。あなた周りでも、例年になくインフルエンザにかかっている人が多くありませんか。ちなみに全国の幼稚園・保育園・小中学校・高校だけでみてみると、患者数は昨年の約10倍。ということは、医者にもかからず市販のかぜ薬で体をごまかし、休まずに仕事に出ているオトナがきっと大勢いるのだろう。
もともと日本社会は、「ガンバリすぎ」で、「やせ我慢」が大好きな社会だ。さらに先の見えない景気の悪さの中で、「カゼぐらいで仕事を休むとはたるんどる」「カゼぐらいじゃ仕事を休めないよ」という意識がインフルエンザ以上に列島全体に蔓延しているのだろう。
2月に入り、インフルエンザのピークはいよいよこれからだ。無理はやめましょうぜ。
 
50年後の未来
(1月25日号)
「アトムが天馬博士の手によって誕生したのは、2003年4月7日のことだった」というのが、『鉄腕アトム』の時代設定。つまり今年だ。そして今年4月、再び『鉄腕アトム』が新作アニメとしてテレビにお目見えする。
手塚治虫が漫画誌『少年』にアトムの連載を始めたのが1952年のこと。手塚治虫は50年後の「明るく希望に満ちた未来」に思いをはせて「科学の子」を描いていたのかもしれない。
もう少し、未来を舞台にした作品にあたってみよう。英国の作家ジョージ・オーウェルが「未来はバラ色」に異を唱えた小説『1984年』を出版したのが1949年で、これはタイトル通り35年後の未来が舞台。アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックが『2001年宇宙の旅』の製作に着手したのが1964年だから、37年後の未来の話だった。
『アトム』や『2001年』は、煎じ詰めれば「未来は、科学と宇宙の時代なのだ」と語っていた。かたや『1984年』は。「管理社会となった反ユートピアの未来の恐ろしさ」を訴えている。
世界一の帝国がいよいよ大量殺戮をおっぱじめようとしている年、2003年がスタートした。もし手塚治虫がいま生きていたら「今から50年後の未来」をどんな風に描くだろう。
 
ヒツジを数える
(1月5日号)
なかなかねむれなくて困っている夜、「ヒツジを数えてごらん」と言われた経験のある方は多いだろう。「ヒツジが1匹、羊が2匹…」というアレだ。数取団ならこんな風だろうか。「ブンブン羊、ブンブン1匹、ブンブン羊、ブンブン2匹…」。自分で数えるのが面倒だというものぐさな人のために、有線放送には「羊を数える」専門のチャンネルもあるそうだ。
ところで誰もが感じる疑問は、なぜ「ヒツジ」なのかということだろう。その答えは、この「ヒツジ睡眠法」が英語圏で生まれたことに関係があるのだという。英語で言うとヒツジは「シープ」。単数も複数も一緒である。そこで、①眠りの「スリープ」と、音の響きが似ているからという説、②「シープ」の「シー」で息を吸い、「プー」で息を吐くことによって、呼吸が整っていき、眠りやすくなるという説、の2つが有力な候補になっている。
組合にとっては、今年も「組織拡大」が一番で最大の目標だ。「ヒツジを数えるように」はいかないけれど、「木を1本ずつ植えていくように」、そして1本1本の木がしっかりと根づき、やがて森になるように、そんなふうに組合を大きくしていければいいのではないか。
あらためて、今年も東京建設新聞のご愛読をお願いいたします。

2002

たそがれ清兵衛
(12月25日号)
映画「たそがれ清兵衛」の「たそがれ」とは、同僚が清兵衛につけたアダ名だ。仕事の終わる「たそがれどき」になると、仲間たちからの酒や遊びの誘いも断ってさっさと家路を急ぐことから「仲間同士の遊びに付き合えないなんて、なんというつまらない奴だ」との意味合いで揶揄的につけられたものである。
清兵衛は、病で妻と死別したばかり。家には10歳と5歳の子供、ボケの始まりつつある老いた母親がいる。さらには妻の治療のために作った借金を返済するために内職の仕事も。仕事を終えたら急いで帰らなければならないに決まっているよねえ。
そして現代。ひとり親家庭(映画では父子家庭だが、いまの日本では母子家庭のほうが圧倒的に多いだろう)。年老いた親の扶養。なんら特別なことではなく、日本でもどんどん増えつつある家庭形態である。現在は江戸時代と違って福祉施設などはあるにせよ、同じ立場であれば家に急がねばならないのは同様だ。そしてそのことに無理解な人たちも、やっぱり同じように存在するのだろう。
いや、現代では、「たそがれ」に帰るのは問題外で、深夜まで「サービス残業」という名の「タダ働き」を強要する、企業というもっと非情で無理解な存在もあるのだけれど。
 
ナショナリズム
(12月5日号)
在日2世の東京大学教授・姜尚中氏は、11月22日付けの朝日新聞で、拉致事件に関連してこう語っている。「北であれ南であれ、かつての日本であれ、汚れのない国家はない。いつでも被害者から加害者に反転しうる。国家や民族は自己同一化する対象ではない。むしろ今、個人としてどう国家と向き合うかが問われている」
拉致被害者たちの日本での行動は、逐一マスコミで過剰ともいえるほど報道され、さらにそれとセットで、「北朝鮮とはどれほどいびつで危険な国家なのか」という報道も、ものすごい量だ(北朝鮮誕生の経緯や日本との関係など、歴史的言及はほとんどない)。その結果、日本・日本民族VS北朝鮮・朝鮮民族という図式で、個人が「国家や民族」に「自己同一化」してしまうというナショナリズムがじょじょに幅を利かせそうで「やな感じ」だ。ひょっとして、誰かそれを狙っているのかな?
今年も中国残留日本人孤児5人が肉親捜しで来日している。が、日本での関心はかなり低く、厚生労働省によると「孤児問題は風化しつつある」という。
日本という国家の加害の結果うまれた中国残留孤児。今や日本という国家の被害のシンボルとなっている拉致被害者たち。なんなのだろう、この扱いのあまりの違いは。
 
卑劣な犯罪
(10月15日号)
いま日本国内で「同時多発」的に、似たような犯罪行為が相次いでいるのをご存じだろうか。女子学生の制服を刃物で切る・暴力をふるう。手紙や電子メールで脅迫文を送りつける。ほかにもいろいろな手口があるようだ。
今回の拉致事件に便乗して(としかいいようがない)、日本人の一部の人たちが、在日朝鮮人社会に向けておこなっているものだ。
肉体的にも精神的にも相手を恐怖に陥れるこれらの行為は、「テロ」としか言いようがないだろう。といってもある種のテロリズムにある「やむにやまれぬ」といった切実感もなく、単なる「無知」と「甘ったれ根性」による暴力的行為なのだが。こんな犯罪行為を、「嫌がらせ」などと言い換えるから、奴らもつけあがるのではないのか。はっきりと、「弱いものイジメしかできない卑怯者がやっている卑劣きわまる犯罪」だと言わなくちゃ。
今回の「日朝会談」と「拉致事実」により、日本政府と朝鮮政府の関係がこの後どのように進むのか、どう進むべきなのか。日本人も在日コリアンもみんなで一緒になってじっくり考えなくてはならない問題だ。しかし、「こんな卑劣な犯罪を許すな」という世論を盛り上げる取り組みは、じっくり考えなくてもすぐに可能ではないだろうか。

もっとアピールを
(9月25日号)
近頃、週刊誌で「住宅リフォーム業者にご用心」といった記事が目につく。9月13日号の「週刊朝日」では「住宅リフォームぼったくりに気をつけろ」、9月19日号の「週刊文春」では「悪徳リフォーム会社があなたの大事な家を狙っている」と題し、それぞれ3~4ページの特集記事を組んでいる。
内容はいずれも、同様だ。訪問販売・飛び込み営業でやってきたリフォーム業者のずさんな工事で被害に遭った実例を列挙(中には町場の業者によるものとおぼしき被害例もある)。リフォームによるトラブルが全国で急増していることを説明し、続いて「だまされないためにはどうしたら良いか」として、信用できる業者の見分け方、依頼する時の基礎知識とすすむ。
以前の「欠陥住宅」報道につづいて今回のこの報道。いくら、組合の仲間が「俺たちはそんな業者とは違う」と思っていても、一般消費者には「違いがわからない」のが実情だろう。
10月から11月にかけて、組合の各支部・地域で秋の住宅デーが開かれる。こうした悪徳業者と私たち町場の業者との違いを消費者に訴え、アピールすること。今年の「住宅デー」でやるべきことなのはコレではないかしら。イベントの工夫も大切だけど、本来の目的を見失わないようにしないとね。
 
あれから1年・この1年
(9月15日号)
9月11日。テレビ局は「待ってました」とばかりに、あの映像を何回も何回も画面に登場させた。たぶん来年も、さ来年も、9月11日が来るたびに「旅客機が激突し、崩れ落ちていく高層ビル」を目にすることになるのだろう、私たちは。
では、あのテロ事件をきっかけにこの1年に何があったのか。
米国ではこんな具合だ。「アルカイダの犯行によるもの」と公言したブッシュ大統領は、本拠地と目されるアフガニスタンへ遠征して戦争を開始。国土を破壊し多くの民衆を殺害し、現在も8000人に及ぶ米軍が「アルカイダやタリバーンを壊滅するため」と称して、長期駐留を続けている。それだけではない。自国を攻撃されて逆ギレしたのか、手前勝手に「悪の国」をご指名。イラク攻撃は時間の問題となっている。
小泉政権も、米国への協力を惜しまないのはご承知の通りだ。米国がアフガンへの攻撃を開始するにあたり、すぐに賛意を表明し、お手伝いのための「テロ特措法」を立法化。有事法制化もその流れによるものだ。また、米国によるイラク攻撃に備えてテロ特措法改正に進む可能性もあるという。
どうやらこの1年で世界は確実に悪い方へ加速しているようだ。テロによる犠牲者たちはこんな未来を望んでいたのかしら?
 
都会の野生動物
(9月5日号)
動物園や水族館で見る。ペットとして飼う。都会に住んでいると、ネズミや野良猫を除けば生きた動物とじかに接する機会なんて限られたものだ。野生動物、しかも哺乳類をナマで見るチャンスなんてめったにないもんなあ。「野生動物とどう接したらいいのか」「どう接してはいけないのか」なんて知ったことではないのだろうな。
アゴヒゲアザラシは、北極海が本来の生息地だ。といっても14年前には大分で見つかって保護されているし、昨年は三河湾と木曽川で目撃されているから、中にはとんでもない遠くまで旅をする冒険好きな奴らがけっこういるのかもしれない。
しかし、今回、鶴見川・多摩川という「大都会の」「汚れた」川に入って来てしまったのは、ちょっとマズかったようだ。
ちょうど夏休みの最中ということもあってか、連日、大勢の見物客が押しかけ、大声で「タマちゃーん」と呼びかけたり、テレビ局はアザラシの「絵」欲しさに、夜間も川面をライトで照らしつづけていたという。見かねた日本動物愛護協会は、近所の住民とマスコミに向けて「見物に行かないでください」と、お願いの手紙を発表している。
アザラシのほうも、「こんな野蛮な動物がいるのか」と、さぞタマげたんじゃないかな。
 
異常なこと
(8月25日号)
今年は異常気象に大変悩まされましたね。
7月に入って、本来ならば、9月にならなければ来ないはずの台風が次から次へと、上陸こそしなかったが、日本をかすめて、梅雨前線を刺激して、各地に大雨の被害をもたらした。
日本と韓国との、同時開催のワールドカップ。日本各地で、何万人も入場できる会場を作って、各国との交流を強めて、ある程度の経済効果は上がったかもしれないが、その後こんな辺鄙な所に、何人の人が集まってくれるのか。何億何十億の金を使って、これも大変異常だと思う。
日本の国技の大相撲名古屋場所でも、異常だったと思う。千代大海が2度目の優勝を飾り、朝清龍の活躍はいいとしても、幕内、十両力士が16名も欠場では、野球で巨人の松井、清原らが抜けた試合と同じ。横綱・貴乃花の7場所連続休場はどうなのだ。相撲人気の落ちるのは当たり前。
プロ野球でも、開幕当初は、異常とも言える阪神タイガースの、あの昨年までの、ダメ虎が、星野猛将の下で、昨日も勝ち、今日も勝ちの勢いも、6・7月になると、異常さがなくなってしまった。若武者井川、薮、ムーアで追いつけられるのか。巨人でも今年高卒出の真田がいる。桑田、清原らの年配者も。5球団頑張って。【H・T】
 
ふさわしい人物
(8月15日号)
お札、つまり紙幣の顔を飾るのにふさわしい人物ってどんな人だろう。そんなことを考えてしまった。
先日、政府は平成16年から新しい紙幣に移行することを発表した。それによると、1万円札には福沢諭吉が留任。5000円札と1000円札には、それぞれ新渡戸稲造と夏目漱石に代わり、樋口一葉と野口英世が就任するという。
樋口一葉といえば、父親や長兄の死亡により、17歳にして一家の大黒柱となり、洗濯や針仕事、駄菓子屋などで苦しい家計をささえたが、24歳のとき肺結核で早すぎる生涯をとじた小説家。また野口英世は、東北の極貧の家庭に生まれ、左手のハンディキャップにもめげず医学の道をこころざし、世界的な業績をあげたがアフリカで非業の死をとげた人物だ。
早い話が両者とも、貧乏にはたいへん苦しんだ人間である。自分の顔がお札に使われることになると知ったら、さぞ戸惑うことだろう。この二人の業績をたたえるのに、「お札の顔に使う」という方法は、そぐわないんじゃないかな。
では、どんな人物がお札にふさわしいのか。「お金とは、つまり権力なのだ」ということを主張したいなら、間寛一や田中角栄というのはどうだろう。エコノミックアニマルの国にはぴったりだと思うのだが。
 
風物詩
(7月25日号)
毎日、いちおう新聞は読んでいるのだが、国際欄は、ただめくるだけで見出しも見ないことがほとんどだ。たまには目を通してみるか。
一目みて気づくのが、戦争・紛争・内戦に関連する記事が圧倒的なスペースを占めていることだ。米国では、ブッシュ大統領がイラクへの先制攻撃に積極的な発言をしている。アフガニスタンでは今もなお米軍による爆撃が続いており、誤爆も多発している。イスラエルとパレスチナの間は、和平どころか殺しあいは激化する一方だ。ほかにもスーダン内戦、インド・パキスタン紛争などなど、地球上では、人と人との殺しあいが現在進行形で進んでいるのが伝わってくる。
若者たちの間で口コミで評判となり、渋谷のミニシアターでロングラン興行中の映画がある。ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国で起こったボスニア紛争を舞台にした作品、「ノー・マンズ・ランド」がそれだ。戦争映画といっても、戦闘シーンはほとんどない。が、見た後、世界中で起きている「戦争・紛争・内戦」についても考えを巡らさずにはいられないような内容だ。
自戒をこめて言うのだが、1年に一回、8月になるとまるで風物詩のように「平和特集」を組んでいる新聞や雑誌やテレビは、考えを改めた方がいいですね。
 
キャパシティー
(7月15日号)
7月5日。日比谷野外音楽堂で開かれた中央総決起大会でのことだ。組合事務局の面々が参加者の座席を確保するために会場に到着したのが午前9時50分。開会3時間10分前のことである。東京建設には、指定席ともいえる座席位置があるのだが、この日はすでにその一帯を他の組合に確保された後だった。しかたなくいつもより前の方に席をとったという。
その後、東京建設によって席を追い出された形になった別の組合では、座る場所がなくなって地べたに座らざるを得なくなり、「書記の連中はなにをやってたんだ!」との声も飛んでいたとか。
全建総連では毎年7月と11月に、日比谷野音で決起大会を開いており、参加者は毎回6000人から7000人に上る。全建総連からの「組織の○パーセントの動員をお願いします」という通達によるものだ。かたや日比谷野外音楽堂の定員は、座席数が2664席。収容者数の倍以上の人に動員がかかるのだから、毎度毎度音楽堂の外まで人が溢れ返っているのも当たり前である。
11月にも決起大会がある。きっと、あのムナシくて得する人などだれもいない席取り合戦はますます激化していくのだろう。
素朴な疑問がある。なぜ会場のキャパにあった参加者数を設定しないのかしら。
  
110番
(6月25日号)
プッシュホン式の電話機が当たり前になってしまった現在では、警察への緊急電話が「110番」である理由を実感する機会もないだろう。ジーコ、ジーコという音をたてながらダイヤルを回す黒電話の時代。「1」のダイヤルは、すぐ戻ってきたし、「0」は元の位置に戻るまでえらく時間がかかるなあと思った記憶がある。
警察への緊急電話が日本で全国的に「110番」に統一されたのは、1954年のことだ。覚えやすい番号であることを第一に、緊急性の面で「1」を、かけ間違いを防ぐ理由から「0」を選んだという。
現在では、「110番」は困った時の駆け込み寺の代名詞になっており、ちょっと調べてみただけでも、介護・虐待・人権・ストーカー・失業・恋愛・便秘・離婚・借金……。「生きているといろいろあるよなあ」と溜め息がもれるほど、何でも揃っている。「警察不祥事110番」なんてのもあったっけ。
が、そんな中でも極めて日本的な悩みであり、しかも他と異なる性質をもっているのが「過労死110番」だ。なにしろ約半数は、当事者がもうこの世にいなくなってからの「遅すぎた」相談なのだから。過労による自殺も増えている。
「いのち」や「くらし」より優先する「仕事」なんて、絶対ないのに。
 
アンバランス
(6月15日号)
W杯一色である。最初の頃は、「毎日サッカーばかりテレビでやって…」と、不満げだった巨人ファンのおじさん・おばさんたちも、最近ではプロ野球そっちのけで盛り上がっているらしい。日本がロシアに勝った翌日は、一般紙もスポーツ新聞なみに数ページにわたって特集を組み、試合の模様だけでなく、各地のサポーターたちが喜ぶ様子も詳しく伝えていた。
5月24日、新宿・明治公園で「STOP!有事法制5・24大集会」が開かれた。市民団体・労働団体・宗教団体を含めおよそ4万人が参加したもので、有事法制に反対しての集会としては、これまでで最大規模である。
翌25日の新聞ではどのように報道されていたのだろう? 朝日新聞は社会面に載っていた。人でいっぱいの写真が大きめに配置されているが、本文は約210文字(ちなみに当欄は約520文字)。毎日新聞は約100文字のベタ記事である。「さて日本で最大の購読者がいる読売新聞は、如何に?」と記事を探したのだが、どこにも見当たらなかった。
読売・毎日・朝日を購読している市民にとって、「5・24大集会」は、そのようにしか存在しなかった(またはまったく存在しなかった)集会だったのだ。
マスコミって世界中こんなものなのかしら?
 
ことわざ・名言
(5月5日号)
改革の遅れについては「急いては事を仕損ずる」。医療改革法案では「三方一両損」。そして今問題となっている有事法案では「備えあれば憂いなし」。ほかにも「万機公論に決すべし」とか「治にいて乱を忘れず」とか。いい加減ウンザリである。
小泉内閣のメールマガジンは5月20日現在で46号まで発行されていて、目玉は、首相自身が書いている「らいおんはーと」というエッセイだ。ここでも「ことわざ・名言好き」は発揮されていて、46回のうち17回に、名言の数々がちりばめられている。
講談社「中国古典名言事典」には約4800の名言が、格言・名言・ことわざなどを扱っている旺文社「成語林」には約1万6500項目が収録されているという。これだけあれば、自分の言いたいことの正当化・権威づけに利用できるような都合のいい名言のたぐいも1つや2つ見つかるだろう。
名言や故事成句・ことわざは、使用法によってはかなりヤバイものになる。自分自身で何か悩みがあるときに「おまじない」の一種として使うのならともかく、他人を説得するのに使っているときには用心した方が良さそうだ。
「駅の名前を全部言えるようなガキにだけは死んでもなりたくない」という題名の詩集があったのを思い出した。
 
大阪は燃えている
(4月15日号)
星野・阪神タイガースが開幕から突っ走っている。開幕から10試合で9勝1敗勝率9割。昭和31年以来46年ぶりだという。果たしてこのまま驚異のスピードで優勝へまっしぐらか。「どっこい。我が巨人軍がいるぞ。最後に笑うのは、我が巨人軍ダ~ッ」
余り熱くならないうちに野球の話はこの位にして…と。しかし、阪神が優勝すると、その経済波及効果は2000億円とも3000億円とも言われているが「ほんまかいな」
大阪といえば、「USJ」テーマパークのユニバーサル・スタジオ・ジャパンの入場者が1000万人を超えた。テーマパークとしては、異例の早さだという。しかも、隣接ホテルの稼働率は90%。若年・中高年の雇用を生み,通天閣など大阪周辺の集客など、その経済波及効果は6200億円に達するという。
何かと暗い世相の中で今、大阪は燃えている。何はともあれ明るい話題だ。(S)
 
ペイオフ
(4月5日号)
小学校の算数の授業で円周率「3・14」を「3」と教えるということが話題になり、是か非かなどと盛り上がったのは昨年のことだった。
そして今年。東京三菱銀行では普通預金の金利を年0・001%にするという。小学校における円周率の伝でいけば、年利0%である。いや「3・14」の時代だって、「0・001」じゃやっぱりゼロか。円周率「3」と教わる小学生も、「金利ゼロの銀行」にお金を預けざるを得ない私たちも不憫というか何というか。
4月1日からペイオフ解禁がスタートした。1000万円以上預金がある人たちは、どうやって全額保護しようか頭を悩ますところである。新聞などでも、盛んに対処法の特集記事を組んでいた。こちらも「あの銀行は危なそうだから、こちらにしようか」などと悩んでみたいのだ、本当は。あれだけ世間で盛り上がっているペイオフ解禁に縁がないというのも淋しい。
が、建設業界ではペイオフ解禁よりはるかに深刻な問題がある。元請が倒産したときに起こる「請負労働者の賃金不払い」だ。現在、組合では「請負労働者の賃金も法的に保護せよ」と署名を集めている。組合員の皆さんや家族のどなたでも参加できる運動だ。「賃金不払いゼロの建設業」のためにぜひご協力を。
 
ペット
(3月25日号)
3月下旬。東京では、「あれよあれよ」と言う間にお花見の季節が始まってしまった。入学式シーズンまでまだ2週間ある。いくらなんでも早過ぎだ。大田区にある花見の名所、洗足池では業者の人たちが大あわてで屋台を設置している光景もみられた。ズラッと並ぶ露店を期待してきた花見客の中にはがっかりして帰る人が結構いたようだ。
先日、皇居の前で行き倒れになっている野生のタヌキが発見された。実は23区のほとんどで野生タヌキの存在が確認されているそうで、もう立派な「シティー派」動物なのである。タヌキがなぜ都市部に移ってきたのかというと、どうやら住んでいた場所をアライグマに追い出されたためらしい。アライグマは北米原産。テレビアニメで人気になりペットとして飼われていたが、気性が荒いため飼うのを放棄した人たちが山などに捨て、それが野生化して増えたという。
必要なときには大事に育てられ、要らなくなると捨てられる。産業もペットも同じようなものなのかもしれない。ペットは生命ある生き物だし、産業だってそれを支えてきた多くの労働者がいるのだが。
お花見帰りにボーッと眺めていた洗足池では、これも捨てられたペット、米国原産のミドリガメたちが甲羅干しをする姿があった。
 
万能ではない
(3月15日号)
日本機関紙協会主催の「新年号コンクール・ホームページ部門」で、東京建設のホームページが「優秀賞」を受賞した。受賞の知らせを聞いたとき、担当者がとっさに思ったのは「ひょっとして、東京建設しか応募しなかったのかしら」ということだそうだ。
実際には、6作品の応募があり、その中の1等賞ということだから、まあ少しは喜んでもいいのかもしれない。ちなみに、いっしょに応募した「東京建設新聞」本紙は、参加賞のひとつ上の「審査員特別賞」。残念でした。
先日、保育園で保母さんの手伝いをしているという組合員の奥さんが、こんなことを話してくれた。「最近のお父さん・お母さんは、どこか豪華な所へ連れていってあげることが子どもとのふれあいだと思っているみたいで、ふだんの食事や生活についてはおろそかなことが多いんですよ。本当はそっちの方が大切なんですけどね」。
「じかに話しあう」という原始的なコミュニケーション手段に比べて、「インターネット」などの最新技術ははるかに便利だし、優れたところも多い。しかし、万能ではないのだ。組合が、組合員にとって「ふだんの食事や生活」みたいな存在になれるよう努力すること。HPを充実させつつ、そのことを忘れないようにしないと。
 
食文化
(3月5日号)
「ポシンタン」という韓国料理がある。犬肉と野菜を煮込んだ韓国伝統のスタミナ料理だ。古代、中国東北部を中心とする狩猟民族にとって、猟犬は大切な「宝」だった。その「宝」を神さまに捧げ、人間と神が一緒に「捧げもの」を食するという伝統が、韓国の「犬肉を食べる習慣」のルーツだそうだ。
サッカーW杯の主催団体である国際サッカー連盟が、開催国・韓国の「犬肉食文化」を「動物虐待だ」と非難している。じつはソウル五輪のときも同様の批判があり、そのときはソウルの表通りから「犬肉料理店」の看板を撤去した。しかし今回は違う。韓国サッカー協会の会長が「伝統文化を覆すわけにはいかない」とまっこうから反論しているのだ。
日本で「韓国の犬肉食文化」にあたるものとして連想されるのが「鯨肉食文化」だろう。「鯨肉食」のルーツは、先史時代、浜に打ち上げられた鯨を食げてきたことだという。1月に鹿児島で、2月に茨城で、その「自然の恵み」が届いたが、おおっぴらに食べたという話は聞かない。しかも水産庁では、「衛生上問題がある」として、4月から「食べるのを禁止する」ことにした。
本当は、「日本の食文化」に対して弱腰になっているだけだったりしてね。いいじゃない、食べたって。
 
表現点
(2月25日号)
詳細は不明だが、冬季オリンピックの「フィギュアスケート競技」で、採点に不正があったようだ。他の競技とのバーター取り引きだったとの報道もある。でも、こう思っている人も少なくないのでは。「今までだって、あの表現点って、特定の国に肩入れしてるのが丸見えだったもの。最初から公平だなんて思ってなかったよ」。
体操・フィギュアスケート・シンクロなど、採点競技と呼ばれる種目は、一般の観客には勝ち負けを判断するのがむずかしい。とくにやっかいなのが、表現点とか芸術点といわれるもの。技術点と違って客観的な尺度となるものがなく、各審判の主観に頼った得点形式になっている。
もともと主観による「表現点・芸術点」でスポーツ競技を採点すること自体、無理があると思うんですけど。
政治の場合、技術点は「政策の確かさ・実行力」、表現点は「パフォーマンスの派手さ・うまさ」ということになろうか。「表現点」の得点の高さによって高支持率を続けていた小泉首相、ここのところ失速気味である。「表現点」が下がったのが主な理由だろう。賞味期限が近づいたのだろうか。
「技術点」を棚に上げ、「表現点」のみで小泉人気を上げたり下げたりしているマスコミは反省が必要かと思うんですけど。
 
申告書
(2月15日号)
所得税の確定申告書が39年ぶりに改定された。一目みて思ったのは、「やけに金がかかってそうだなあ」ということだ。申告書本体のほかに、付属の「所得税の確定申告の手引き」全32ページまで4色オールカラー印刷である。
確かに昨年までの申告書は、「一反もめん」のような形で、コピーは取りづらいし、記入欄も小さすぎるという代物。A4判にしたのは時代の趨勢なのかもしれない。また、カラー化して見やすくなったのも確かだ。それにしても全面4色刷りとは。「印刷代もバカにならないだろうに」と思うこちらがセコイのかしら。
組合で確定申告の相談を受けていて、色と形以外にも大きな変化があることに気がついた。「手引き」と「申告書」の性格が変わってしまっているのだ。昨年までは、「手引き=解説書(あってもなくても気にならない。申告が終われば捨てちゃう)、申告書=計算用紙プラス解答用紙」だった。が、新しいものは「手引き=解説つきの計算用紙(場合によっては大切な記録書類にもなる)、申告書=解答用紙」という形式になっている。まず「手引き」で計算し、その結果を「申告書」に書き写すという方法に変わったわけだ。
こうした変更も国税庁はちゃんと納税者に説明しているのだろうか。
 
外交
(2月5日号)
「俺が参加させないようにしたんだ。文句あっか」と、ひとこと言ってくれればよかったのに。今までにも、鈴木宗男代議士が外務省職員を手足のように使っているのは、周辺で何度も目撃されている。今回も、NGO代表のところに外務省から「鈴木氏が大変怒って、会議に出席させるなと言っている」と連絡が入り、その後、このNGOは参加を拒否された。真相は明らかだろう。
この騒ぎで、霞んだかたちになっているが、1月29日に米国・ブッシュ大統領がおこなった一般教書(施政方針)演説は、ますます物騒さがエスカレートした内容だ。「対テロ戦争は、アフガンで終わるどころか、まだ始まったばかりだ」と述べ、今度は北朝鮮・イラン・イラクを「悪の枢軸」として次なる対象に定めている。さらに軍事費を増やす理由の中ではこんな発言も見受けられる。「アフガニスタンで証明されたのは、高価な精密兵器は敵を負かし、罪のない人たちの命を助けるということだ。こうした兵器はもっと必要だ」。
世界中の人たちが復興へ向けて行動を起こしている時に、またまた他国を破壊するための費用の話を持ち出しているというわけか。
現在の外務省には何も期待できない。しかし本当の意味での外交の重要さは増すばかりだ。
 
年賀状
(1月25日号)
今年もおおぜいの組合員の皆さんから組合あてに年賀状をいただいた。ありがとうございます。その中の一枚、昨年末で組合を脱退なさった塩澤英二さん(大森支部・大工)からはこんな賀状をいただいた。全文を紹介しよう。
「迎春あけましておめでとうございます。当組合には三十数年にわたり御世話様になりありがとうございました。平成十三年末を以って七十歳の定年退職と同時に組合を脱退せざるを得なくなりました。それは大不況の為町場の仕事がない事と生活防衛の為、出費を抑える事でした。町場の仕事が甘くなり始めたのは丁度二十年ほど前の事で、オイルショック以降大手企業が住宅産業に手を出して以来、徐々に町場の仕事が少なくなって、今では町から建築の音が消え全く静かなものです。高齢者が増え、少子化が進み、住宅の必要数が少なくなって行く様に思いますが、この難局を乗り越える事を期待します。皆様のご多幸を祈ります」。
「生活を守るために」入った組合から、「生活を守るために」脱退せざるを得ないというこの現実。組合の力不足を痛感するばかりだ。
心ならずも組合から去っていった方たちの声をもっともっと聞くべきではないか。そこに組合が進むべき道筋もあるのでは。そんな気がする。
 
今年こそ良い年に
(1月5日号)
今年こそ、良い年になるよう念じたい。今年は聖域なき構造改革で不良債権処理が進み企業倒産が多発するという。昨年暮れに中堅ゼネコンの青木建設が民事再生法を申請、事実上の倒産だ。小泉総理は「不良債権の処理が順調に進んでいる証拠」と言う。冗談ではない。関連会社5000社とそこに働く労働者、家族はどうなるのか。痛みを伴う構造改革とはこういうことなのか。
今年の4月を目指して医療改革の論議が進んでいる。小泉総理は「三方一両損」という言葉を使っている。はたして、総理の言うことは正しいのだろうか。
落語にある「三方一両損」は左官の金太郎が三両の金を拾って、落とし主の大工の吉五郎に届けたが、受け取らない。そこで、大岡越前は、自分が一両をだして、正直者の二人に褒美として、二両ずつ与えた。
医療改革の負担は、患者が一両の損(負担)と医療機関の一両の損(負担)ばかりで、国の負担を少なくする。これでは、話が違う。
「聖域なき改革」「米百俵」「恐れず怯まず捉われず」「骨太の方針」など、昨年の流行語大賞に選ばれた”小泉語録”の中身しっかり吟味しないと危険だ。「ヤだねったら、ヤだね」にならないようにしたい。
ともあれ、今年も頑張ろう。(S)
 

2001

後継者問題
(12月25日号)
どうやら後継者問題は建設業に限らないようだ。
皇太子夫妻に女の赤ちゃんが生まれた。そこで「ご懐妊」発表時に続いて再び浮上したのが、「皇室典範を改正して、女性天皇を認めるかどうか」の論議である。「女帝容認論」の根拠としては、「現代は、男女平等・男女同権の社会なのだから」という説をよく目にする。
が、本当の理由はただ一つ。後継者不足が深刻になってしまい、「男だけに限る」などと悠長なことを言ってられなくなったのだ。何しろ血統を重んじて、「養子は認めない」旨の決まりを持つ一族のこと。後継の男性がいなくなれば、天皇制自体が自然消滅してしまうのだから。
また「男女同権」説は、重要なことが抜け落ちている。「象徴」というこの家業(のようなもの)は後継ぎを拒否する自由がない。本人に選択の自由もないのに、「男女平等に後を継ぐ権利を認める」と言われてもねえ。「即位拒否の自由」こそ、先に論議すべき課題ではないかな。
ところで肝心の建設業は、後継者不足にどう対処したらいいのか。かの一家と違い、不況対策や仕事確保という大きな難問が待ち受けている。でも、建設業こそ、もっと「男にも女にも」開かれた業種への道をさぐる必要があるのではないだろうか。
 
野球本来の魅力
(12月5日号)
「日本のプロ野球に最初に”送りバント”を大々的に導入したチームは、川上監督率いるジャイアンツだった」という話を読んだことがある。もともと送りバントは、①打者にそれほど長打を期待できない、②トーナメントで、1回でも負けてしまえばそれまで、などという理由から、着実に得点圏にランナーを進めるために、甲子園大会などの高校野球でよく用いられていた作戦だ。しかし、プロ野球という「素晴らしいプレーを見て楽しむ」スポーツに、「送りバント」なんて、必要あるのかしら? 勝てばいいというものでもなかろうに。
今や、「送りバント」は、どのプロ野球チームでも当たり前のように使われている。その先駆者が、あらゆる手を使ってひたすら優勝を狙うしか能がない「巨人軍」だというのはやっぱり象徴的といえるだろう。さらに情けないのは、日本のプロ野球愛好者の多くが、その巨人ファンだということだ。
イチローが米国アメリカン・リーグのMVPに輝き、「攻・走・守と三拍子そろったプレーが認められた、野球というスポーツが本来もっている魅力を再認識させた意義は大きい」といった評価をよく目にする。
巨人ファンの皆さん。これをいい機会に、どうか「野球本来の魅力」も少しは楽しんでくださいね。
 
青年部の活性化にこだわって
(11月15日号)
戸越支部の深沢博さんが、11月8日に亡くなられた。今年の春から病気のため入院・闘病中だったのだが、残念ながら病には勝てなかった。まだ61歳の働き盛り。早すぎる死である。
「自分自身、青年部活動を通じて本当にいろいろなことを学んできた」と話していた青年部OBの深沢さん。だからだろうか。深沢さんほど組合青年部の活性化にこだわり続けていた人は、他にあまり思い当たらない。支部の総会では、毎年のように戸越支部青年部の結成を訴えていたし、組合の定期大会では、代議員として出席すると必ず「各支部で青年部が結成できるように、もっと幹事が本気にならなきゃダメなんだよ」と、執行部に檄をとばしていた。
そんな深沢さんの執念が実ってか、戸越支部では数年前にNET(ニュー・エナジー・オブ戸越)という名前で、待望の支部青年部を結成。深沢さんの長男・浩光さん、次男・信司さんも創立メンバーの一員であり、浩光さんは現在、本部青年部の副部長として青年部を支える存在だ。
2年前に開かれた青年部OBとの座談会で、深沢さんはこう語っている。「いじめることではなく、育てることを考えてほしい。間違ったことを言うかもしれないけど、それも一つの意見じゃないですか」。
 
キーワード
(11月5日号)
10月29日、国会でテロ対策特別措置法が成立した。事実上、「米軍を支援するためなら世界中のどこへでも自衛隊を派遣できる」という内容のこの法律。もともとテロ行為への対策を真剣に考えてというより、小泉首相が「米国のご機嫌をとる」という動機から作られたものだ。
3日後の11月1日。靖国神社に合祀されている朝鮮半島出身者の遺族らが、小泉首相の靖国神社参拝を違憲だとして提訴した。これに対して首相は「話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだ。もう話にならんよ」とコメントしている。
米国に対しては「何故そこまで卑屈になるの?」という態度をとる一方で、アジアの人たちにはゴーマンをかましまくる。さすがは「分かりやすい」発言と行動で定評のある小泉首相である。「考えていること」もたいへん分かりやすい。
首相になって半年。小泉首相を理解するキーワードが見えてきた。「軽薄」である。やたらに威勢が良い答弁。グッズ販売に写真集発売に靖国参拝。憲法解釈には「常識で判断する」。物事には必ずその背景となる事実があるのだが、「軽薄さ」は、そこの部分を見事にすっ飛ばしていく。
そういえば、「正義」や「自由」を軽々しく口にするブッシュ大統領にも同じ臭いが感じられませんか。
 
「仕事が人をつくる」から
(10月25日号)
小関智弘氏は、大田区内の町工場で50年以上も働いてきた旋盤工だ。仕事を続けながら、町工場のことや大田区界隈のことを、働くものの視座で本に書いてきた。そんな小関氏の最新刊が「仕事が人をつくる」。機械工・瓦職人・歯科技工士・染色工などいろいろな分野の職人さんの半生を記した聞き書き集である。
この中に、大田区で工務店を開業している大工さん、佐藤操さんが登場する。昭和7年生まれの佐藤さんは、故郷で、村の大工に弟子入りし修業。その後、上京して町場の大工職人となり、独立して現在に至っている。弟子入り時代の楽しみは、休みの日に、もらった小遣い銭で大工道具を買いに行くこと。いい道具が少しずつ増えていくのがうれしかったと述べている。
組合員の中にも、同じような経歴を持ち、同じように「道具をそろえることが何よりの楽しみだった」という方が、きっと大勢いるだろう。
そして、現在。外材が氾濫している日本の住宅建設産業を憂い、これからの建築のありかたを考える佐藤さんは、こう語る。「安けりゃいい、だけで続くわけがないでしょう。世界の環境を日本が破壊して。そんなのいつまでも続けられるわけがない。日本の山を育てることを、真剣に考えるときが来ました」。

米国テロ事件
(9月25日号)
米国で起きたテロ事件は、「民間人を無差別に狙う」という、まさに絶対にやってはならないことだった。が、その後の米国の行動はどう評価すべきなのか。
ブッシュ大統領は事件直後、ただちに軍事的報復を表明。着々と軍事行動へ向けての秒読みに入りつつある9月20日、「世界のあらゆる地域のあらゆる国は決断しなければならない。我々と共にあるか、さもなくばテロリストと一緒になるかだ」と演説している。「俺の味方につかない奴は、ぜーんぶ敵だからね」ということだ。はっきり言って、そうとう傲慢で恫喝的な発言だと思う。
さらに、ブッシュはこの戦いを「すべてのテロ集団を見つけ出して打ち砕くまで続く」これまでにない長い戦闘になるとも述べている。出動している軍の規模からして、民間の犠牲者が大勢出ることも十分予想されそうだ。
そこで、どうもよく分からないことがある。テロと軍事行為は、どこで区別されるのだろう。主体が、国家かそうでないかで区別しているのだろうか。だとしても、何の関係もない一般市民を大勢殺してでも、暴力で自分の主張を通そうというのは一緒のような気がするのだが。テロは悪で、米国の軍事行動は善という根拠はなんなのか。ご存じの方がいたら、ぜひ教えて下さい。
 
健康
(9月15日号)
なんだか、のべつ健康チェックをされているような気がする。家でのんびりテレビを見ていれば、最近やたらに増えた「健康バラエティー番組」で自らの不健康な部分が次々と明らかになる。新聞を見ると、健康食品や、中高年向けの健康雑誌の広告がイヤでも目につく。「健康でなければならないのだ」という強迫観念が、日本中に蔓延しているのかもしれない。このままいくと、「健康を気にし過ぎて病気がちな人」向けの健康雑誌が発刊される日もそう遠くはなさそうだ。
厚生労働省の発表によれば、今年9月30日までに100歳以上になる人が日本には1万5475人いるという。5年前は7373人だったというから、ほぼ倍増である。なるほど世界一の長寿国なはずだ。でも、果たして生きがいを持って楽しく生活できているお年寄りも同じ割合で増えているのだろうか。ぜひ知りたいところである。
「健康」も「長寿」も、充実した人生を送るために大切な要素だとは思う。しかし、それが人生の目的ではないはずだ。手段と目的を取り違え、さらにエスカレートしてるこの状態は健全じゃないよね。
今年も9月23日、24日と2日間にわたって組合の健康診断がおこなわれる。人生を楽しむためにこそ、健康チェックを。
 
ワールドゲームズ
(9月5日号)
綱引きやボウリングなど、知っている種目もある。しかし、「コーフボール」「ブールスポーツ」となると、どんなモノやらまったく見当もつかない。その見当のつかないところが、逆に「一体どんな競技なのか」と興味をひいたりもするのだが。8月に秋田で開かれていたワールドゲームズのことである。
「第2のオリンピック」ともいわれるワールドゲームズ。オリンピックに公式採用されていない運動種目を集めた総合国際大会として、1981年に始まったという。
オリンピックと大きく違うのは、参加選手が国の代表ではなく、あくまでも個人だということだろう。オリンピックがナショナリズムに利用されがちなのに対して、こちらはメダル授与の際も国旗掲揚や国歌演奏を行わなかった。「行わなかった」と過去形なのは、残念ながら今回の秋田大会から全競技で表彰式に国旗・国歌を使用することになってしまったからだ。
オリンピックが競技会なら、ワールドゲームズは運動会だ。オリンピックの二軍的地位を求めたりせず、草スポーツの一大イベントとして発展する道を選んでほしいなあ。ひょっとすると、将来、東京建設まつりみたいに「尻ずもう」や「キャタピラゲーム」が競技種目として正式採用されるかもしれないぞ。
 
いろいろな会話
(8月25日号)
「面と向かっては言いにくいことばかり、送ってくるんだよなあ」。娘さんと携帯でメールのやり取りをしているという方が、困ったような、うれしいような顔で話してくれた。携帯メールは、不足しがちな親子の交流にも貢献しているのだ。
それにしても、ものすごいハヤリ具合である。電車の中では、そこでもここでも親指をすばやく動かして、文字を打ち込んでいる。多い人になると、一日に100件以上のメールを交信しているらしい。こちらからの一方通行で返事が来ないと、イライラするのだとか。何とも忙しいことだ。
8月はお盆の季節である。ご先祖や亡くなった家族の霊を家に招き入れて供養する。ふだんは、あの世とこの世に別れて暮らす者同士が、この一時だけ同じ屋根の下にいられるわけだ。故人が親しかった人なら、きっと積もる話もあるだろう。会話が一方通行だけなのは、致し方ない。携帯メールの会話とは、ちょっと違う点だ。でも、そんな会話こそが故人に対しての「慰霊」であり、また残された者にとっても、慰められ、反省し、もうひと頑張りしなくちゃと、気持ちを新たにすることができる。
誰がとは言わないけど、「霊」を、現世の生臭い政治の道具として利用するのだけはやめてくれないだろうか。
 
真夏日
(8月15日号)
以前は、真夏でもここまで暑くなかった。ところが、ここ6~7年ほど前から人間の体温なみの36度・37度は当たり前、ひどいときには40度近くにもなるという酷暑の夏が続いている。地球の温暖化現象とやらかも知れない。
最高気温が25度以上だと「夏日」、30度以上だと「真夏日」と呼ぶのだそうだ。とすれば、今のこの状態には、それこそ「チョー真夏日」という区分が必要だと思うのだが。
そんなチョー真夏日の7月22日、品川区住宅まつりが開かれた。スタッフ全員汗だくでがんばり、無事終了。後片付けをしている最中、30代の主婦の方が話しかけてきた。「スタッフの皆さんはご存じかどうか。塗り絵や木工教室に参加した子供たちが、終わった後、暑さでグッタリして、日陰の方で倒れるようにして休んでいるんですよ」。
正直な話、「迂闊だった」と思った。スタッフは各自で暑さ対策をしていたようだが、お客さんのことまで頭が回らなかったのだ。猛暑とともに増える熱中症。とくに幼児は体温調節機能が未発達なため、大人よりも熱中症になりやすい。住宅まつりの開催時期も考える必要があるのかもしれない。
帰り際、その主婦の方が「来年も楽しみにしていますからね」と笑顔で声をかけてくれた。
 
インプット
(7月25日号)
手塚治虫の「鉄腕アトム」は、こんなふうに始まる。「自分の子どもを交通事故で失ってしまった父親が、子供にそっくりなロボットをつくって育てる。しかし、ロボットと人間はやっぱり違っていた。徐々にそのことに気がつくようになった父親は、子供のロボットを捨ててしまい…」。
いま話題のスピルバーグ映画「AI」もよく似たストーリー展開だ。「AI」の主人公は、「愛する」という感情をインプットされた子供型ロボット、デイビッド。養子にもらわれた彼は、絶望されていた実の子供が奇跡的に甦ったことで、身勝手な親に捨てられてしまう。
最近また「実の親が子供を虐待し、死なせてしまう」という事件があった。報道によれば、「リンチ殺人」としか思えない内容である。親に、虐待されたあげく殺されていく子供の気持ちを考えると、痛ましくてしょうがない。
「愛・悲しみ・憎しみ・喜び」などの感情をインプットされたロボットが将来本当に出現するのかどうか、分からない。しかし逆に、こんな不安感は持っている。普段の生活の中で「愛・悲しみ・憎しみ・喜び」といった感情やそのコントロールの仕方をインプットされることなく大人になってしまう人間が、これからますます増えていくのではないか、と。
 
政治の中身で盛り上がろう
(7月15日号)
祖父・父から続く3代目の衆議院議員。厚生大臣を3回、郵政大臣を1回経験している。ほんの4ヵ月ほど前までは、森首相の派閥で会長を務め、森擁護の先頭に立っていたのは記憶に新しい。経歴を見ればわかるように、「自民党の変人」どころか典型的な自民党議員として、党を引っ張ってきた人物というのが、正しい小泉像だろう。その彼が「改革」を高らかに唱えて首相の座に就き、驚異的な国民の支持率を集めている。
客観的に見れば、突如、「変革者に生まれ変われ」るはずもない。だとすれば、「本人自身には何の変化もなく、人気だけが異常に高まる」という、この現象を作り出した張本人は、やっぱりテレビを筆頭とするマスコミと見るのが妥当かも。
「お父さんのためのワイドショー講座」によれば、小泉氏関連の放送時間は、2位を引き離して圧倒的なトップなのだとか。芸能ニュースが「芸能」そのものを取り上げず、「芸能人」周辺の話題で終始しているように、現在の報道も、「政治」そのものではなく、「小泉純一郎という政治家」周辺の話題で終わっている場合が多いようだ。テレビ局から見れば、小泉氏も視聴率を上げるための消耗品の一つに過ぎないのだろうが。
もっと政治の中身の論議で盛り上がろうよ。
 
新記録を樹立
(6月25日号)
6月3日、わが組合が新記録を樹立した。この日おこなわれた現場作業者教育講習会の会場でのことだ。80人収容の会場に足を運ばれた受講者の方は10人。そう、東京都連の受講者最低記録を更新したのだ。
講習自体は、「受けて良かった」と、皆さんおっしゃる。今回も「労災ってホント怖い」「安全の大切さが身にしみた」とたいへん好評だった。それだけにもっと大勢の人に来てほしかったのだが。
この講習、組合では「全組合員の10%以上は受講しよう」を目標に取り組んできて、今回で6回目。残念ながら、まだ目標の半分くらいである。原因はいくつか考えられる。まずは宣伝不足。組合の新聞でお知らせをしているのだが、見ていなければそれまでだ。やっぱり「仲間が直接声をかけて勧める」ことが一番なのかも。
もう一つ。「自分には関係ない」と考えている人が、かなりいるのではないだろうか。実際に労災事故を起こすまでは、誰もが「自分が事故を起こすはずがない」と思っているという。しかし、相変わらず建設業の死亡災害は他を引き離してダントツだし、組合でも、労災保険加入者の約1割は事故を起こしている。決して、事故は他人事ではないのだ。周りの仲間にも絶対ケガをしてほしくないはずだもの、ね。
 
ハンセン病訴訟
(6月15日号)
「無癩県運動」というのをご存じだろうか。昭和初期に愛知県で始まり、その後全国に広まったこの運動。「自分たちの住む県から癩をなくす」ために、患者を捜して療養所に強制収容するというものだ。が、実態はどうだったかといえば、各県ではそれぞれ年ごと・月ごとに収容する患者のノルマがあり、自治体ではそのノルマに従って次々に患者を見つけなければならなかったという。
ハンセン病は、顔や手足が変形することが多いためか、当時も一般市民から差別と偏見の目で見られていた。そこにこの「無癩県運動」である。「魔女狩り」と同じような状況になっていったのは想像に難くない。そして今。ハンセン病患者に対する偏見と差別の意識は、その頃とどれほど変わっているのか。
ハンセン病訴訟の熊本地裁判決を政府が控訴断念したのは、皆さんご存じの通りだ。「小泉首相の英断だ」とする意見、「人気取りだ」との意見など、評価はさまざまだが、人道的に考えれば控訴断念は正しかったというのが共通した認識だろう。
熊本地裁で裁かれたのは、政府と国会だった。が、実際には日本国民みんなが裁かれたのだと受け止めるべきだろう。他人事ではなく、自分自身はこれから何をすべきかが全員に問われている。
 
黙祷をささげる
(5月25日号)
4月から5月にかけて行われていた各支部の総会が、ぶじ終了した。また青年部の定期大会も5月19日に開催されたところだ。いよいよ新年度のスタートである。
12年度は、現役の支部長がお二人も亡くなるという悲しい出来事があった。昨年8月に、馬込支部長の村木芳勝さんが65歳で。今年1月には、本部支部長の藤井晤郎さんが67歳で。ともに60代半ばでのご逝去は、平均寿命を考えても早すぎる。ご家族の方々の悲しみはまだまだ癒えぬことだろう。大黒柱である支部長を失ってしまった両支部も、さぞご苦労されたのではなかろうか。
組合活動にとっても、大きな損失だったのは言うまでもない。全身白づくめの服装がトレードマークだった村木さんは、大田区内4支部の連携態勢を強化するために、中心となって奔走されていた。また藤井さんは組合本部の教宣部長として意欲を燃やしておられたし、以前、何回かこの「しぶいた」欄を書いていただいたこともある。
昨年4月から今年3月までに亡くなられた組合員は、お二人を含めて、29人。組合の定期大会では、毎年、議事に入る前に、参加者全員でその年の物故者に黙祷をささげる。「安らかに眠って下さい。皆さんの分まで、頑張りますよ」と。そして新年度がスタートする。
 
自民党総裁選
(5月5日号)
先月、自民党総裁を選ぶ選挙があったようだ。そういえば、テレビニュースで、各候補が街頭演説をおこなっている様子を盛んに放送していたっけ。アレを見ていて、最後まで疑問だったことがある。今の国会の勢力分布から見れば、自民党総裁イコール内閣総理大臣になるのは、まず確実だ。でも、総裁選って、自民党員の人たちを対象にした内輪の選挙だったはず。なぜ、投票する権利もない一般市民を前にして街頭演説なんかやっていたのだろう? さらに、なぜ、その模様をテレビで(あたかも普通選挙のように)放送していたのだろう? 
結果は、ご存じの通り、小泉純一郎氏の圧勝である。6月の都議選、7月の参院選で自民党が勝つための「看板(目玉商品?)」として、ルックスも良く、毛色の変わった小泉氏を選んだということのようだ。
その後、どの調査でも小泉内閣の支持率が80%前後を獲得していると知り、なるほどなあと思った。「あたかも普通選挙のように」盛大に選挙をして、盛大に報道されたもので、国民の皆さんも誤解して「あたかも自分たちが選んだかのような」気持ちになってしまったのだろうか。
「選挙に勝つため」と「生活を良くしてもらうため」とでは、お互いの思惑は大分違うと思うんだけど。
 
近頃のCM
(4月15日号)
いっときは完全に姿を消していたのだが、最近またちょくちょくテレビで見かけるようになってきたものがある。ダンスをしたり、時代劇のお姫様だったり、外国ドラマだったり、優しいお姉さんだったりと、なかなかバラエティーに富んでいて、気がつくと、一日中やっているような気もする。消費者金融のCMのことである。
またそれと肩をならべて、もう一方のタイプのCMも増加する一方のようだ。今が旬のトト(サッカーくじ)に始まり、競輪・競馬・競艇・宝くじ・パチンコなど、一獲千金モードのタイプがそれだ。こちらは、人気タレントをいっぱい使っていて、中にはオシャレな雰囲気で「おいでよ」と誘っているものもある。
簡単にお金を貸してくれる所はたくさんあるし、その金を数十倍に増やすチャンスもそこらじゅうに転がっていますよというわけか。まさに至れり尽くせりですね。
借りたお金は、期限がきたら利息をつけて絶対に返さなければならないし、ギャンブルとは、基本的に大多数の人が損をするものであるという真実は、CMでは教えてくれない。
かくて、ユニクロ製品を身にまとい、食事はハンバーガーか牛丼ですませて、今日も一獲千金を狙っている人たちが大勢いるのだろうなあ。
 
家電リサイクル法
(4月5日号)
3月に入って、テレビ・冷蔵庫・洗濯機・エアコンの4つの家電がものすごい売れ方だという。工場でも生産が間に合わないほどなのだそうだ。
この4月からスタートする家電リサイクル法。これだけの数がいっせいに壊れるはずはないから、今回の売れ行き増加の原因は、もちろん成立前の駆け込み需要だ。ということは、新しく家電を買ったのと引き換えに、まだ使えるものが大量にゴミとなってしまったことも意味している。自然環境にとって、いいのやら悪いのやら。また、不法投棄も増えているらしい。法の施行後は、いっそう増加することだろう。
家電製品の場合、故障を直してもらおうとすると、「この部品もう作ってないんだよねえ」とか「買ったほうが安上がりだよ」とか言われて、しかたなく新品を買うハメになることが少なくない。あげくにはリサイクルと言っても、再利用されるのは鉄やアルミなど、50~60%とのこと。一つの製品を長く使える態勢を、メーカー側が調えることこそ必要な気がするのだが。
ところで、永田町あたりでは、すでに使用不可能なモノをいまだに使っている奇特な方たちもいるらしい。こちらのほうは、早めにまっさらで、マトモな新品への交換を是非ともお願いしたい。 

春の訪れ
(3月25日号)
今年の冬は例年になく、降雪が多かった。その影響でか、野菜の価格の高かったことと言ったら…。八百屋さんでいつごろまで高値が続くのか聞いても、「うーん、わかんねえなあ」と言われたのが1月末のこと。白菜などは2分の1カットから4分の1のものに。「レタスはしばらく買ってないわねえ」とボヤいている方もいた。が、3月に入り、じょじょに野菜も安くなりだした。そう、春の訪れである。
荏原支部では、現在、分会の再編成に取り組んでいる。組織の減少で危機感を感じた支部の方たちが対策を話し合う中で「組合活動の原点に戻って、地域にねざした組織をつくろう」との意見が出されてのものだとのこと。まずは組織の強化を、という思いだろう。また、品川区内の9支部でも、現在、組織の強化を念頭に、支部再編成へ向けての話し合いがもたれているところだ。
冬の間、植物は目に見える成長はしていない。しかし、地面の下ではしっかり根を伸ばし、栄養をたくわえて春にそなえるのだ。
2001年3月、本当に久しぶりに、月別の組合新加入者が脱退者を上まわりそうだ。なんとなく組合にも、じょじょに「春の訪れ」がやってきそうな気がする。4月は支部総会の季節。みんなで春を実感したい。
 
環境に配慮
(3月15日号)
名刺やチラシの片隅に、「再生紙を利用しています」と書かれているのを見かけることが多い。最初にコレを考えた人は、さすがだと思う。環境に対する自分の考えを、手軽にアピールする見事な方法だ。しかし、これだけ誰も彼もが使うようになると、その効果はあるのだろうか。安直なイメージ戦略にすぎなくなってしまっているような気がするのだが。
先日、住宅の屋根建材大手メーカー、クボタと松下電工の2社が、建材の材料として、白石綿(クリソタイル)の使用を中止すると発表した。クリソタイルは石綿(アスベスト)の一種で、ヨーロッパでは、すでに使用が全面禁止になっているもの。新聞報道によれば、クボタでは、使用中止に際し、「石綿は健康被害などイメージも悪い。環境に配慮する企業戦略として一歩を踏み出したい」とコメントを述べているらしい。
現在、日本で使用されているアスベストは約18万トン。その9割が建材に使用されている。つまり、まず建築職人がアスベストで被害をこうむるわけだ。
「環境に配慮する企業戦略」って、翻訳すれば「中止するのは企業のイメージアップになるから」ということでしょ。いま現在、じん肺で苦しんでいる人たちは、この言葉を聞いてどう思うだろう。
 
リセット
(3月5日号)
国会参院予算委員会では、村上前参議院議員の証人喚問がおこなわれた。新聞の一面では、森首相のどうしようもない生態報告や国会議員たちの汚職の話題が花盛り。毎度毎度のこととはいえ、みんなの暮らしを良くしてもらうべく選んだ国会議員のはずなのに、国会ではその議員の悪事を糾明するのに貴重な時間を費やし、新聞も貴重な紙面と時間を、その報道に割かねばならない。それだけの時間やお金を、もっと実のある事のために使えたはずなのに…。まさに浪費ですね。たしか国会議員って、税金から給料を払っていたはずだが。
最も給料の高い国会議員である森首相の「ゴルフお楽しみ」が論議になった際、テレビで町行く人々に感想を聞いていたが、「もうあきらめてます」「今さら驚かないわ」など、諦観した答えが多かった。その気持ちよーくわかります。
ただ、ひとつ気になることがある。森首相が、「総理の座に居座る」臨界点をグーンと上げてしまったのではないだろうかということだ。これから首相になる人は、よっぽどの失点があっても、「森さんに比べればまだマシ」ということでお目こぼしになったりして。
最初から末期症状だった森政権も風前の灯らしい。さあ、臨界点をリセットする準備はいいかな?
 
昔の条文
(2月25日号)
先日、確定申告関連で新聞にこんな記事が載っていた。年金受給者である父親を扶養している息子が、父親の介護保険料も、自分の社会保険料控除に合算できると思っていたら、税務署から「対象にはなりません」と言われた。「父は年金だけでは生活できないので、この負担は私がしたといえる」と不満を訴えているというのだ。
年金を1年間に18万円以上もらっている人の場合、介護保険料は年金から天引きされ、18万円未満なら直接納付することになっている。直接納付ならば扶養している人が払った扱いに出来るのだが、天引きだと本人の収入から引かれるので、肩代わり負担に該当しないという理屈のようだ。
えっ、そうだったの? さっそく、電話で東京国税局に聞いてみた。応対してくれた職員によれば、「所得税法の社会保険料控除の条文は、昔つくられたものですから、社会保険料を年金から天引きすることなど想定してなかったんですよ」とのこと。「でも、おかしいと思いませんか?」。「ええ、確かに。しかし、法律を改正でもして、条文が変わらない限り、今のように取り扱うしか、どうしようもないんですよねえ」。
いかがですか、皆さん。納得していただけましたでしょうか。
 
プラットホーム
(2月15日号)
イナカの高校生だった頃のことを思い出した。学校からの帰り、最寄り駅のプラットホームは、帰宅する生徒で溢れんばかりになっている。ホームから線路に下りて、1円玉を線路の上に置き、電車が通るのを待つ。通過後、ペチャンコになったお金を拾ってきて、誰の1円玉のつぶれ具合が一番美しいかを競い合うという、バカで幼稚な遊びをやっていたのだ。
先日の新大久保駅でのできごとは本当に痛ましい。と同時に、「目の前で同様のことが起きた時、自分なら助けに行けるだろうか」と自問した人も多かったのでは。その後、二人の勇気を称えたり、誠実な人柄だったと言う談話が発表されたりして、美談で終わってしまいそうな雲行きになっている。
はっきり、「私も絶対に助けに行く」と断言できる人は少ないはずだ。「うーん…」と悩んでしまうのが一般的だろうし、それが正直な気持ちだと思う。
ただ、ああした行為を、「美談」という「立派な人格の人が行った感心すべきおこない」の話ではなく、「ごく普通の人のごく普通な行為」として考えてみないと、他人事になってしまうのではないかしら。皆さんはどう思いますか?
それにしても、日本のプラットホームって、どうしてあんなに高いのだろう。危ないよね。
 
税金の使われ方
(2月5日号)
昔で言えば、「年貢の納め時」(とは言わないかも)、確定申告のシーズンがやって来た。組合でも1月22日から、早くも申告相談会が始まっている。
みんなが税金に対して敏感になっているこの時期に、まさにグッドタイミングと言うべきなのか、行政側が国民に対して、「あなたたちが税金の使われ方をしっかり監視しないから、ほら」と言わんばかりの事件で、マスコミが賑わっている。
経営者の誰もが、心の中ではひそかに夢に見ているに違いない、領収書の一切必要ない便利な経費、「機密費」。飲み食いやら、政界工作やら、何でもありの使いたい放題らしい。ホント、名前に「機密」がつく物には、ロクなものがない。彼らにとっては、私たちの血税なんて打ち出の小槌ぐらいの認識なのだろう。
ところで、皆さんは、全建総連などが制定を求めている「納税者の権利憲章」というのをご存じだろうか。「国家を運営していく上で、主権者である国民が、その費用をみんなで出し合うのはその通り。でも、納めるためのもろもろの事柄はきちんとするべきだし、集めた税金の使い方に対しては主権者として、監視する権利もあるべきだ」という内容のものだ。
いい加減、税金の使いたい放題も「年貢の納め時」にさせなければ。
 
イマジン
(1月25日号)
21世紀早々、20世紀末の話題から始めたい。昨年の暮れは、100年の区切りということで、20世紀のできごとを振り返るドキュメント的なテレビ番組がいっぱい放送されていた。出来事といっても明るい話題はわずかで、戦争・事件・事故など、絶対に我が身に降りかかってもらいたくないような映像が次々に映し出される。そして、締めくくり。なぜか番組のラストにジョン・レノンの「イマジン」がやたらとかかるのだ。いちいち数えていたわけではないので正確な数は分からないが、かなりの番組で、この曲が使われていたのではないだろうか。はっきり言って安直ですね。
「イマジン」、つまり「想像してごらん」ということ。ジョン・レノンは、この曲の中で、いろいろな形の理想郷・平和な世界を「想像してみて」とストレートに歌っているのだが、英語のこの歌で、どれくらいの日本人にそのメッセージが伝わったのだろうか。もういい加減、戦争などの悲惨な映像に「イマジン」を流して、「はい、一丁あがり」というのは止めにしましょうよ。
ジョン・レノンは1940年生まれで、生きていれば、今年で61歳。日本の総理大臣と、ほぼ同年代だ。あの人こそ、もっと、ふだんの行動に「イマジン」が必要なんだけどねえ。
 
こんにちは21世紀
(1月5日号)
21世紀だ。世界中が21世紀になった。さてこれからの時代はどういう世の中になるのだろうか。不安と期待が入り交じる。
旧ろう森第2次改造内閣が発足した。「21世紀に似つかわしくない顔触れだ」とか「盛(森)下がり内閣」だのと揶揄されての船出だ。650兆円にもなる借金財政をどう再建するか。景気回復に向けての政策は。歴代総理2人を加え、巨人軍の重量打線におとらない「巨人軍内閣」に期待するしかないのか。国民からそっぽを向かれている森政権交代を叫ぶ野党が巻き返しを図るのか。国民に目を向けた政治を目指してほしい。
新年を迎えても建設業界は厳しい状況に変わりはない。企業倒産が全産業で毎月1500件を超え、その3分の1が建設業。しかもその半数が中小企業に集中。激烈な低単価での受注競争という実態の反映だ。仲間の仕事とくらしは切実なものとなっている。
今年6月には東京都議会議員選挙、7月には参議院議員選挙が予定されている。仲間の仕事とくらしを左右する選挙だ。21世紀最初の重要な選択になるだろう。
ともあれ平和で住みよい21世紀こんにちは、だ。組合新聞も「仲間に愛される新聞」づくりに頑張りたい。今後ともご愛読のほどを。

2000

今世紀最後です
(12月15日号)
昨年に比べるとずいぶん穏やかな年の瀬である。去年は、「ミレニアム」だの「2000年問題」だので、新年を迎えることに対する期待と不安とで、皆が浮き足立っていたような気がする。ところが今年は、「いよいよ21世紀だ」というワクワクした雰囲気があまり感じられない。せいぜい、「今世紀最後の」という、やや後ろ向きなフレーズが冠についた催し物・イベントがやたら目に付くぐらいだ。そう言えば、近所にある、ちょくちょく閉店セールをやっているお店でも、「今世紀最後の閉店セール」というのをやっていたっけ。
子供のころ思い描いていた21世紀といえば、SFのような世界だった。携帯電話やパソコン、ロボット犬など、それらしき物も出現したが、現実は想像していたほどでもなかったなあ。残念。逆に、環境問題のように大きな落とし穴も待っていた。
そして、私たちが未来に向けて残してしまった大きな宿題が、平和の問題だ。20世紀は「戦争の世紀」と言われる。実際、日本人に今世紀の重大事件を聞いてみると、広島・長崎への原爆投下、太平洋戦争、日中戦争などが上位に来るというし、世界には、今も戦渦にある人たちが大勢いる。
21世紀こそ「人類が戦争を克服できる世紀」でありますように。
 
罪はどちらが大きい?
(12月5日号)
11月はじめにあった石器発掘のねつ造事件。たとえ、「魔がさした」としても、とり返しのつかないことをやってしまったのは本人が一番良く分かっているだろう。しかし、この人、プロの学者ではなく民間の研究者で、仕事のかたわら休日も返上して発掘作業を続け、発掘に専念していた現在では、失業保険しか収入がなかったという。学問的には、大きな犯罪なのだろうが、その背景には、民間任せのお粗末な考古学調査の実態もありそうだ。
お粗末くんをもう一つ。先日の「森内閣不信任案決議」をめぐるドタバタ劇のことだ。もしや、と期待した方もいらしたと思う。実際、各マスコミの論調も「不信任案可決も可能」といったものが多かった。それだけに、国民にとっては、「またもや政治家に裏切られた」「この人たちに何か期待するほうが無理」との失望感ばかりが残る結果となってしまった。
だが、今回の自民党内の抗争劇、実は「造反議員は除名」との恫喝があった時点で、あのような結果になることを、現場の記者連中は見通していたらしい。にもかかわらず、やたらドラマチックに取り上げ、国民の意識をミスリード(誤った方向に誘導)したのだとしたら、その罪は「石器発掘ねつ造」と、どちらが大きいのだろう。
 
ちょっと宣伝です
(11月15日号)
今年の4月24日に東京建設のホームページを開設してから、6ヵ月とちょっと。アクセス件数(見に来てくれた人の数)の表示は、11月13日現在、「895」を示している。1ヵ月あたり約140件、一日平均で4~5件といったところだろうか。もちろん「ねつ造」ではなく、正味の数字である。
確かに、内容にはまだまだ改善の余地がある。が、「もっと多くの人に見に来てほしい」と担当者も申している。そこで、この欄をお借りして、ちょっと宣伝させていただきたい。
全建総連のホームページによれば、現在、全国の傘下単組・県連のうち、ホームページを開設しているのは11。見比べていただければ分かるが、この中でもビジュアル的に間違いなく見劣りするのが、東京建設のものだろう。しかし、そこは辛抱して、たとえば「最新情報」のページをクリックしてほしい。これから行われる各種講習会、支部旅行の案内などがいち早く紹介されている。担当者曰く、「毎週、新しい情報を更新しています」とのこと。また、一般ユーザー向けには、業者案内のページも用意してあるので、ホームページをお持ちの方は、ぜひ登録を。
それにしても、ITの道は、遠くけわしい。気長にお付き合い下さい。
 
福祉後退を許すな
(11月5日号)
ちょうど1年前。当欄で、石原都政の福祉切り捨てについて触れた際、「この先に待っているのは、”70歳以上も医療費1割負担”という老人保健法の改悪だろうか」と記していたのだが、その懸念が、2001年の元旦から現実となりそうだ。
11月1日、「医療保険制度改正関連法案」が自民・公明・保守ら与党による強行採決で衆院厚生委員会を通過。今会期中に成立する見通しで、来年1月1日から実施されるという。
この法律が施行されれば、70歳以上の人は、医療費が原則1割負担となる。厚生省では患者の負担増は1.5倍になると試算している。医療機関の収入は変わらないそうだから、市民の負担増分は、すべて国庫の歳出減になるわけだ。
負担には、一応、上限があるようだが、上限などいつ切り上げられるか分からないし、10月から始まった介護保険料の徴収とあわせて、高齢者の生活を大きくおびやかすことは間違いない。まさに「大企業優先の無駄遣いには金に糸目をつけず、国民からはしぼりとる」の図そのものではないだろうか。
「福祉切り捨て」政策の中で、建設国保への助成だけが例外などということはありえない。今こそ、私たちも「福祉後退は許さない」の声をもっと高く上げなくては。
 
スーパー悪役
(10月25日号)
10月22日に開かれた東京建設まつりでのこと。毎年、子供たちが楽しみにしているイベントのひとつに「スーパーヒーロー登場」がある。悪役の戦闘員が登場して子供たちに襲いかかり、あわやというところでスーパーヒーローが登場。子供たちと力を合わせて、悪者を退治するという筋書きのものだ。
この悪役を、ここ10年ばかりずーっと引き受けて下さっているのが、世田谷支部の羽鳥俊成さん。「子供の頃からエースで4番」と自ら言うだけあって、運動神経の良さで身のこなしが抜群なうえに、悪役としてのキャリアも加わり、毎年、怖がって泣き出す子供たちが何人も出るほどである。
恐怖におののく子供たちの中には、4歳になる羽鳥さんの息子、竣くんも含まれている。以前「お父さん、どうして僕が悪者にやられているときに助けてくれなかったの」と非難されたのだとか。「そんな事できっこないよなあ」と笑いながら、「あと2、3年は、俺がやってるってことに気がつかないでくれるといいんだけど」と父親の顔をのぞかせる。
悪役のコスチュームを身につけると、「出番です」の合図。今年も子供たちをおおいに怖がらせるために、羽鳥さんは悠然と控え室を後にした。
 
オリンピズム
(10月15日号)
スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋、そして拡大の秋。何にしても絶好の季節が秋だ。
今世紀最後のオリンピック、シドニーオリンピックが10月1日閉幕した。17日間、28競技300種目に熱戦がくりひろげられた。日本の成績は金5、銀8、銅5の計18個のメダルを獲得した。特に女子の活躍が目立った。マラソンの高橋尚子選手、柔道のヤワラちゃんこと田村亮子選手や水泳陣の頑張りは、見ていて興奮した。
今回のシドニーオリンピックは、グリーン・オリンピックを標語に、環境保護に留意された施設計画が評価されたという。また、韓国と北朝鮮の同時入場行進が実現したことや、アボリジニーという古い歴史を持つ人々の存在を示した大会でもあった。
「人間の尊厳を保つことを大切に考える平和な社会の確立を促進することにある」というのがオリンピズムの目標だ。その意味でも印象深い大会であったと思う。
このあと18日からはパラリンピックが同じ施設を使って開かれる。障害者のスポーツ国際大会だ。118の国地域から約4000人の選手が出場する。日本からは150人余りの選手が出場し、アトランタ大会の金14個を超える成績が目標だという。日本選手の活躍に期待しよう。

偏差値
(9月25日号)
「偏差値」という言葉を聞くと、ドキッとする方も多いだろう。とくに受験を控えたお子さんを持つ方は、なおさらだ。文部省が行っている「偏差値」教育とは、簡単に言えば、学力による人間のランクづけのこと。いろいろな面で評価すべき人間を、学力という非常に狭い価値観だけで優劣をつけようというものだ。今の子供達がいろいろな場面でバクハツするのも分かる気がする。
この秋、早ければ10月から、住宅品質確保法のもう一つの柱、「住宅性能表示制度」が施行となる。この制度は、耐久性、省エネ性、採光性など、9つの性能について、第三者にもはっきり分かるように住宅をランクづけするというものだ。大手住宅メーカーは、早くも住宅性能表示制度で高ランクの家を次々に売り出してくるという。
しかし、ちょっと考えてみたい。ひとつひとつの性能は、確かにランクで表わすことも可能だろう。が、ランクで全体的に高得点をとることが本当に総合的に「住みやすさ」「心地よさ」につながるのだろうか。
この制度を否定するつもりはない。でも、性能表示制度では表示できない部分にだって、「人が住む」家としての価値もあるのではないかなあ。「性能表示」って結局、住宅に偏差値を導入することなのだから。
 
4年に一度のお楽しみ
(9月15日号)
 いよいよ9月15日から4年に一度のお楽しみ、シドニーオリンピックが始まった。オーストラリアは、日本とさほど時差がないので、テレビ観戦は比較的楽だろうが、見過ぎにはご注意を。
各マスコミでは、早くからメダルの数の「皮算用」に熱心だ。しかし、選手たちには「無責任な外野の声など気にするな」と言ってやりたい。国だの故郷だの、余計なものを背負わず、晴れの舞台でのびのびとプレーできれば十分なのだから。
などと言いつつ、注目はやっぱり女子マラソン。高橋尚子をはじめとする日本勢がどれだけ頑張れるか、楽しみだ。事務局のK君は、高橋尚子と同じ高校の出身。しかも、学年一つ違いということで、「絶対、優勝しかないですよ」と張り切っている。水泳も、女性陣は期待できそうだ。
水泳と言えば、先日、茨城・大洗でおこなわれた全分会活動者会議で、こんなことがあった。2日目の朝、ある参加者の方が浮かない顔をしている。わけを聞いてみると、前の晩、仲間数人とホテルの前の海岸で素っ裸で泳いでいて、ホテルの浴衣の帯とパンツを海に流され、なくしてしまったのだとか。しかし、この方、分散会報告では、気分を変えて、立派に重責を果たしてくれた。この立ち直りの速さを、五輪代表にも期待したい。
 
大工さんの甲子園
(9月5日号)
今年の夏の甲子園大会で印象に残っていることがある。青森・光星学院を応援している人がとても多かったことだ。劣勢の東北勢にあって、青森としては、あの太田幸司(覚えていますか?)の三沢高校以来31年ぶりのベスト4は、立派なものだ。
8月6日、大工さんの「夏の甲子園」とも言うべき、青年技能競技大会がおこなわれた。詳しくは上の記事をご参照願いたいが、3人ともが初出場で完成まで行ったのは、本当にすごい事なのだそうだ。当日、審査委員を務めた藤谷辰衛さん(大井支部)の話では、事前講習を始めた今年3月の時点では、3人とも規矩術の知識はまったくなかったのだと言う。
藤谷さんによれば、「年配の大工さんでも、分からない人の方が多い」という規矩術。一般の住宅建築では、なかなか使う機会に恵まれないようだが、曲尺一本で部材加工の複雑な製図も行えるという、日本独自の伝統的な建築技術だ。「ぜひ、引き継いでほしい」と藤谷さん。
今年出場した3人は、全員が「来年も絶対出場する」「今度は金をねらう」「全国大会出場が目標」と意欲満々で早くも来年に目が向いているようだ。組合にも、出場資格のある大工さんが80人いる。来年はぜひ、チャレンジしてみては?
 
深刻な伊豆諸島
(8月25日号)
テレビを見ていると、突然チャイムのようなものが鳴り、画面上部に地震情報が流れる。しかも、たびたびだ。このチャイムが鳴らなくなり、地震情報のテロップだけが流れるようになったのは、いつ頃からだろう? 伊豆諸島・三宅島で地震が多発し、気象庁が「火山噴火の恐れがある」と発表したのは、6月26日。衆議院選挙の翌日のことだ。
あれから、もう2ヵ月。三宅島だけでなく、新島、式根島、神津島などでも震度3から5の地震が頻発し、今も一向におさまる気配がない。
大自然豊かな伊豆諸島は、観光や漁業が重要な収入源だ。海水浴客の書き入れ時となる夏が始まろうかという時に始まった噴火と地震。この状態では、もちろん観光どころではない。それに、地震の場合、津波も心配だから、漁業もままならない。また、8月18日には、三宅島で、最大の噴火が起こった。降灰の被害などもあり、生活の不安から島での生活を捨てざるを得なくなった人たちが、島外へ脱出しはじめているという。
先の見えないこの状態は、ある意味で阪神大震災よりも深刻で、タチが悪そうだ。同じ東京都民として、「何かできることはないだろうか?」と考えてしまう。組合員の皆さん、何かいい考えはありませんか?
 
私も戦争に行った
(8月15日号)
「君の行く道は、果てしなく遠い」で始まる歌は、おなじみ「若者たち」。田中邦衛出演の映画「若者たち」は1967年の作品だが、ご覧になった方も多いだろう。
この作品の脚本家として知られる山内久氏が、最近、子供向けの本を出版した。タイトルは「私も戦争に行った」。1944年秋、19歳で徴兵され、中国へ送り込まれた氏の戦争体験と平和への思いが記された本だ。この中で、こんな話が紹介されている。
中国に渡り、初年兵の訓練をこなしていたある日のこと。班長が「今日は総仕上げだ」とみんなにやらせたのが「生体刺突」。柱に手足を縛られた中国人の農民を銃剣で次々に刺し殺すと言うものだ。本には、次のように記されている。「はだけられた農民の胸板にクサビ型の黒い穴が五、六ヵ所あったのを思い出す。その下の腹の部分はすでにズタズタで、手打うどんの大笊からうどんをぶち撒けたように、真っ白な腸が全部とび出していた」。
被害者としての戦争体験も多く語られるべきだ。が、加害者としての戦争体験をもっと多くの人が語り始めることも必要なのではないだろうか。
20世紀最後の8月15日がやってくる。戦後55年。私たちは、未来へ何を伝えるべきなのか、もう一度考えてみたい。
 
FMいるか
(7月25日号)
ドアを開けると、36㎡のフロアに、ひょうたん形のモダンなテーブルが数卓並んでいる。各テーブルには普段着姿の若者が2、3人ずつ。何やら大学のサークル室のようでもある。ここは「FMいるか」放送局。函館市と近隣の町をエリアに持つ、ちっちゃなFM放送局だ。
1992年1月、郵政省は、地域密着型の「コミュニティ放送」を制度化した。これを受けて、日本初のコミュニティ放送局として誕生したのが、「FMいるか」なのだ。FMというと音楽番組のイメージがあるが、同局の特徴は、「地元函館にこだわった生放送」。月曜から金曜の午前中に放送される「人ネットワーク」は、市民をゲストに呼んでのトーク番組で、「市民全員、一回は出演しよう」がモットーだとか。
「音楽では、大きいFM局にかなわない」と言う同局の斉藤さん。「阪神大震災のとき、地元FM局の発信した情報が、被災者の人にとても役立ったといいます。市民の人にドンドン参加してもらい、キメの細かい地元情報にこだわっていければ」。
1998年の聴取率調査で、「FMいるか」は函館エリアのFM4局中、初のトップを獲得している。放送と活字。メディアこそ違うが、組合の新聞も、いろんな点でおおいに見習わなくちゃ。
 
捨てるということ
(7月15日号)
「家の中が片付かない」「収納が苦手で…」などとお困りの方に朗報である。画期的な整理法が発見されたのだ。それは、ズバリ!「捨てること」。「捨てる!技術」なる本がベストセラーになったこともあり、現在、「捨てること」がブームになっているのだそうだ。
大量生産大量消費の現代社会。ひたすらモノを追い求め、何が必要で何が必要でないのか、あいまいだからこそ、「モノを捨てよ」の提案は新鮮に響く。同書によると、捨てられない言い訳として多いのが、「とりあえずとっておく」「いつか必要になるかもしれないからとっておく」などだそうだ。
不必要な大規模工事の代名詞として、よくダム工事が話題に上る。市民から「無駄だ」と指摘されて、建設大臣が、答弁で述べていることは、煎じ詰めれば「とりあえず始めちゃったから」「そのうち何かで必要になるかもしれないから」造るというもの。とても似ていませんか? 代わりに捨てられるのが、町場の建設業というわけか。
その建設大臣の新任が先日、決まり、就任が本決まりになっての一言が「ビンボーくじをひかされたようなもの」だった。それほど嫌なら、断れば良かったのにねえ。イヤイヤ大臣になられた国民の方こそいい迷惑だもの。

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
(6月25日号)
中高年を中心に、「社交ダンスがブーム」と言われたのは、もう随分前のこと。組合員や家族の人たちの中でも、「私もダンス教室に通ってるのよ」という話は、よく耳にする。数年前には、映画「シャル・ウィ・ダンス」がヒットし、すっかり定着したようだ。
社交ダンスにもいろいろな種類があるが、マンボ・ルンバ・チャチャチャが、みんなキューバで生まれたリズムだというのはご存じだろうか。陽気なラテンのリズムには、南国の暑さがよく似合う。
そんなことも影響してか、中高年のお客さんが大勢見に来て、半年間という、単館ロードショーとしては異例のロングランを続けている映画がある。「ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ」がそれで、「米国人のロック・ギタリスト、ライ・クーダーがキューバに渡り、昔、キューバ音楽界の花形として活躍した人たちと共演する」という内容のドキュメンタリー映画だ。が、キューバ音楽といっても、社交ダンスの音楽を想像していると、ちょっと違う。洗練されており、それでいてどこか懐かしくなる素朴さも兼ね備えた演奏と歌。
日本の現在のヒット曲には、それなりの良さがあるのだろう。しかし、若者には表現できない、味わいのある音楽も悪くない。
 
後継者は大切
(6月15日号)
4月から5月にかけて行われた支部総会が、無事、すべて終了したことは、前号でお知らせした通りだ。なかなか明るい話題が見つからない中、戸越支部の「支部青年部が復活」、田園都市支部の「全支部で唯一の前年比プラス」の報告は、大ヒットだったのではないだろうか。
「うちの支部では、毎月、3日と13日の2回、支部会議を開いているんですよ。当初は、月に2回のやったって、話すことなんてあるのかなあ、と思っていました。でも、とんでもない。組織拡大のことや支部活動のこと。議題はいくらでも出てきます。最近では、終わりが夜10時をまわることもしばしば。拡大できたのも、そんな支部員の努力と無縁ではないのでは」。田園都市支部の役員の方が、こう感想を話してくれた。
戸越支部の吉報に続けとばかりに、「後継者の育成」「新しい活動家の発掘」「若者が参加できる態勢づくり」「青年部の組織強化」など、青年対策・後継者対策を、運動方針の重要課題として取り上げている支部も多く見られる。
「遊んでばかりいる」等、何かと青年部への風当たりが強いらしい。が、後継者対策の観点から捉え直すことで、「組合全体が克服すべき課題」として議論を一歩進めていく時期ではないのかなあ。
 
政治家の本音
(5月25日号)
石原知事もそうだが、森首相の一連の発言も、根底に差別的な人権感覚があるように見受けられる。「大阪たんつぼ」発言、「農村エイズ」発言、「沖縄」発言。そして、今回の「日本は天皇を中心とした神の国」発言。もともと首相になった時から、側近はこの人の「失言」がいつ出るかとビクビクものだったらしい。さすがに周りの人は、人となりをよくご存知でいらっしゃる。国民は決して、「誤解」などしていない。正しく理解しているからこそ、問題にしているのだ。
マスコミでは、どれも「失言」という表現が使われているが、本当にそうだろうか。辞書によれば、「失言」とは「言ってはならないことを、うっかり言ってしまうこと。また、そのことば」とある。が、森首相の発言は、どれも本人の価値観、主観を如実に反映したものばかりで、「本音をありのまま」に言っているだけだ。「うっかり発言」とは別物だろう。
政治家が自分の価値観にしたがって意見を口にするのは、当たり前のこと。本音だからこそ、その中身と責任が問われてくる。自民党内では、本音を言ったのがまずかったという意見もあるらしい。とんでもないことだ。政治家には、「紙頼み発言」などしないで、ぜひ、本音でしゃべってくれることを望みたい。
 
ウソがばれた
(4月25日号)
神奈川県警、新潟県警、上尾警察、青木官房長官等々。他にもまだ沢山ありそうだが、いちいち挙げてゆくと、それだけでこの欄が埋まってしまう。この辺でやめておこう。心当たりのある方々にに一言、申し上げたい。「すぐばれるようなウソはつくな!」。
神奈川県警が先鞭をつけたときは、「他でもやっているんじゃないか」と考える人も多かったのでは。それにしても出るわ出るわ。過去、どれぐらいだまされていたのか考えてみると、空恐ろしくなってくる。
今回、彼らの発言に共通しているのは、最初から「この人の言っていること、ウソっぽいなあ」と、みんなに感じさせてしまうような、疑問だらけの内容だ。そして、早ければ数日後、案の定、ウソがばれる。それに対して、また虚偽で真実を隠そうとし、またまたウソがばれて…。
あまりにも「その場しのぎ」な行動。官僚機構の発達とともに、「お上」意識が強くなり、外部の誰からも批判などされないだろうとタカをくくっている面もあるだろう。閉鎖性や秘密性も問題がありそうだ。しかし、実際は、とっさの事にうまく対応できずにオロオロした結果が、あのお粗末な行動だったのではないか。
どうやらこの状況、スギ花粉と同様に、日本全国に蔓延しているようだ。
 
ファイト!橋本
(4月15日号)
「やめないでくれ」というファンの絶叫が会場に響いたという。といっても、「お兄ちゃん」の事ではない。プロレスの話題である。4月7日、東京ドームで橋本真也と小川直也のシングルマッチが行われた。過去4試合、橋本と小川は因縁試合を続けて来ている。橋本は長髪を丸刈りにし、「負けたら引退する」との決意でこの日に臨んだ。
実は、橋本選手、東京建設青年部にとっては、少なからぬ縁がある。もう6、7年前のこと。組織拡大のための一大イベントとして、青年部が六本木で300人パーティーを開いた事がある。この時、特別ゲストとして参加してくれたのが、橋本真也だ。パーティーの最後には、青年部へのエールとして、自ら「1、2、3、ダーッ」と決めてくれた。また、橋本夫人とお子さん達も、青年部主催のイベントには、たびたび顔を出してくださっている。
試合の方は、2人の師匠、アントニオ猪木も「100点以上」という充実した内容だったが、残念ながら、小川にKO負けを喫した。橋本選手にお願いしたい。男の意地もあるだろう。しかし、体力も気力もまだまだ一流だ。「引退」などともったいない事は言わずに、ぜひとも、再びリングに立ち、そのファイトで、青年部を励ましてはくれないだろうか。
 
生命保険と労災保険
(4月5日号)
和歌山で、長崎で、埼玉で。ここ数年、保険金殺人の話題がやたら、目に付く。生命保険自体は、「後に残された家族のために」などと言われて、入る人も多いのかもしれない。それにしても、一人の人間に10億円もの保険金が出るような生命保険のシステム自体、そもそも異常ではないだろうか。
先日、じん肺を数多く診察しているお医者さんが語っていたという、こんな話を聞いた。じん肺という病気は、建設業の人が多い。診察に訪れる彼らと話をしていると、「自分が労災保険に入っているかどうか、分からない」患者さんがものすごく多いのだそうだ。他の産業と比べても、あまりに多いので、「一体、どうなっているのか」と、そのお医者さんは、ビックリしたとか。
労災保険は、労働者のための保険だが、一人親方や事業主も入れる特別加入制度もある。今月の7日から、新規受け付けも始まるので、まだ入っていない方はぜひ。奥様方も、ご主人がちゃんと、労災保険に加入しているかどうか、一度、尋ねてみてはどうだろう。
「知らないうちに高額の生命保険に加入させられていた」というのも危ないが、「労災保険に加入していると思っていたら、実は入ってなかった」のも、同じく危険なことには変わりないのだ。

総会の季節
(3月25日号)
今年は、なかなか暖かくならず、3月下旬になっても、コートが手放せなかった。しかし、ようやく春は近づいて来たようだ。花粉症のマスクが目につき出した。桜前線の動きが気になっている人も多いのではなかろうか。
1月から続けられて来た第2次組織拡大月間も、終わりに近づいた。1月、2月は、寒さのせいか、確定申告に忙しかったせいか、あまり馬力がかからなかったようだが、3月に入って、春の訪れとともに20人の方が組合に新加入。平成11年度に限れば、月間で最高の加入者数となった。4月以降もこのペースを維持し、定期大会のときまでには、前年よりプラスに転じたいものだ。
4月といえば、支部総会の季節。総会は、各支部にとって、1年間の総決算であり、来年度へ向けての活動方針を決める重要な会議だ。が、支部総会にはもう一つ、忘れちゃいけない面もある。日頃なかなか会えない支部の仲間同士が顔を合わせたり、新しく加入した仲間の顔合わせをしたり。人と人とが交流する絶好のチャンスでもあるのだ。
支部総会の統一テーマは、「もう一人ふやす心で四千人」に決まった。ここはひとつ、総会への参加のほうも、「もう一人ふやす心で」声をかけて、誘ってみたらいかがだろうか。
 
人の目を気にして
(3月15日号)
徹底的に少数派である。周りからは非難ゴウゴウである。老若男女すべてから総スカン状態である。抜群に評判が悪い。さらに特筆すべきなのは、そうした状況を彼女たちもよく知っていて、あえて自分自身の価値観に基づいて、続けているところだ。その点(についてだけは)、ガングロ少女たちはたいしたものだと思う。
国旗・国歌法が施行されて、初めての春。全国各地で卒業式が真っ盛りである。法案審議の際、「強制しない」を繰り返していた政府だったが、その後、文部省が行った「適切な指導」の指示は、かなり徹底したものだったようで、多くの高校で、昨年までなかった「国旗掲揚」「国歌斉唱」が式次第に取り入れられたという。が、国歌斉唱のときに無言で着席している生徒も、少なからずいたようだ。
テレビで、ある高校の卒業生がこんなことを話していた。「国歌斉唱のときは、周りがみんな座っていたので、僕も座っていました」。中には、こうした理由で着席していた人も結構いるのではなかろうか。
国家から思想や行動を強制されるのは、コワイ。しかし、もっと怖いのは、「人の目を気にして」「周りと同じ行動をとってしまう」国民性かもしれない。やっぱりガングロ少女たちはなかなかのものだと思う。
 
本当の春に向けて
(3月5日号)
3月5日は二十四節気のひとつ「啓蟄」。冬眠していた地中の虫が這い出してくるころ。各地で高等学校の卒業式も行われている。大学や社会に巣立つ第一歩だが、「日の丸」「君が代」に揺れている。十分な国民のコンセンサスが大切だ。
商売人にとっても3月15日が言わば卒業式。確定申告で1年間の成績が発表されるようなものだ。組合の申告相談会も一区切りついたが、「これでやっとホッとできます」と帰っていく方が多い。良い成績をとった人もいるようだが、この不況の中では、芳しい成績を収められなかった人が多かったようだ。
組合費・保険料等の自動振替の口座窓口が3月分から郵便局に変わった。2月28日に引き落とされたが、こちらの成績も若干落ちていた。今まで通り銀行の口座からと思っていた人も多かったのか。4月分(3月27日振替)からは、介護保険の保険料も同時に引き落とされるので、郵便局の口座貯金残高を確認するよう、十分ご注意をお願いしたい。
今年は桜の開花は例年より幾分早いという。暦の上での春よりも、本当の「春」が待ち遠しい。12日からは大相撲の春場所が、31日からはプロ野球のセ・リーグが開幕する。本当の春に向けて、仕事も組合の活動もこれからが勝負だ。
 
介護保険が始まる
(2月25日号)
今回は介護保険の特集号である。2月21日現在、組合員のうち、40歳から64歳の第2号被保険者が1999人、65歳以上の第1号被保険者が780人いらっしゃるから、組合全体では、78.7%が介護保険の対象ということになる。すでに昨年の10月から、要介護認定の申請が始まっており、「特集が遅いよ!」というお叱りの声が聞こえそうだ。「誠に申しわけありませんでした」としか言いようもない。
しかし、この介護保険というヤツは、なかなか正体がつかめない。これほど直前になっても、まだ、正式に「こうです」とは言えない部分があるのだ。地方自治体の混乱も十分予想される。
認定にあたっての「コンピューター判定」についても、問題が出てきている。どうもソフトに欠陥があるらしく、個々の問診内容を総合してみると、実態のランクとは食い違う結果が出てしまうというのだ。自治体によっては、厚生省のソフトは信用できないからと、自前でソフトをつくって、判定に使っているところもあるとか。
2000年問題といい今回の場合といい、コンピューターに頼りすぎた世の中は、そのうちエライことが起きるのではないかと不安になってしまう。重い過ごしだろうか?
 
民主主義のはきちがえ
(2月15日号)
「こんな人が大臣をやっているのか」と、あきれてしまった人も多いのでは。1月24日夜、中山建設大臣が、テレビニュースにかけもち出演したときの事だ。前日、徳島市で行われた「吉野川可動堰」建設の賛否を問う住民投票で、反対派が圧勝したことをうけてのゲスト出演だったのだが――。司会者の話は聞かない。自分勝手にしゃべりまくる。反対派の人を恫喝する。あげくに、住民投票を「民主主義のはきちがえ」と決めつけていた。彼の言い分では、「代議制自体に民意がキチンと反映されているのに、選挙によって選ばれた代議員が決めたことに盾つくとはなにごとか」ということらしい。
時を同じくして、国会では、衆院比例区の定数を20議席削減するという内容の「衆院比例定数削減法案」を成立させるための強引な国会運営で、大もめ状態に。議員の定数が多いか少ないかはともかく、よりによって民意反映度の高い「比例区」が対象だものなあ。
先頃、文部省が、子どもたちを対象に国際比較調査を行い、こんな結果が出ている。「日本では子供たちに、うそをつかないように諭す父親が11%、弱いものいじめはしないようにと全く言わない父親が76%」。まさか与党議員の子どもに調査したわけでもあるまいが。
 
税金のシーズン
(2月5日号)
今年も税金のシーズンがやってきた。テレビや町会の掲示板でも、確定申告の広告が目に付き出している。組合でも、年末に送った「所得調査表」がそろそろ、本部に送り返されはじめた。
税務署での確定申告の受け付けは、2月16日スタートだが、組合の確定申告相談会は、一足早く、1月20日から始まった。例年より2週間近く早かったのだが、ほぼ全員がきちんと記入なさっていて、ホッと一安心。
相談会には、毎年、300人以上の方が、真剣な面持ちで訪れる。品川、大田、目黒など近くの方はもちろん、中には、千葉や埼玉など遠方からいらっしゃる方もいて、電車での往復と相談会とで、まるまる一日かかってしまうから大変だ。しかし、「一年ぶりのごぶさたでした」というあいさつと共に、久しぶりの顔に会えるのはこの季節ならではである。年に一回でも、直接顔を合わせられるのは、うれしいものだ。「人と人との付き合いは、やっぱり顔が見えなくちゃ」は、組合活動のたいせつなポイントではないか。
先日、組合新加入者の歓迎会があり、当日いらした新加入者の方の中には、「組合に来るのは初めて」という方もいた。これを機に、気軽にちょくちょく組合を利用してください。お待ちしています。
 
成人の日
(1月25日号)
今年から、3連休にするためとかで、成人の日が1月の第2月曜日になった。マスコミでは、ハッピーマンデーなどと呼んでいるようだ。
成人の日といえば、成人式。近年、毎年、「成人式での新成人の非常識」が新聞ネタにされている。さて、今年は、と楽しみにしていたら、茨城県鹿嶋市の諸君がやってくれました。式典の最中に、酒を回し飲みして大騒ぎし、その中の一人の男性は、1升ビンを持って壇上に上がり、「成人おめでとう」と叫んで、会場にロケット花火を打ち込んだという。
自治体がおこなっている成人式自体、特に意味や意義があるとも思えないし、参加する若者にとっても、成人式なんて沢山あるお祭りやパーティーの一つ、ぐらいの認識だろう。
成人というと、「今日からは酒、タバコもおおっぴら」というのがつきものだ。20歳になって、法律上で少年と区別されることと、「オトナになること、一人前になること」は、本来、別の次元の問題なのだが。昔、農村社会での元服とは、「夫役の義務と一人分の分配にあずかる資格を認める」というもので、若者組の加入式とあわせておこなわれたという。もちろん、年齢も一定ではなかった。
大人の実態はどうかといえば、現代の日本社会には、「これがオトナ?」とあきれるような大人もいっぱいいる。大人も若者も、一番必要なのは「自立」でしょうが。
 
あれから5年
(1月15日号)
12月31日、テーブルにはロウソクを載せ、頭にヘッドライト、手元にラジオと、万全(?)の態勢で、テレビに映し出されるカウントダウンの風景に目をやった。その後、どうなったかは皆さんご存知の通りである。といっても、よりによって原発での不具合が多かったようで、「やっぱり信用できんな」という感を新たにしたが…。
越年にあたっては、震災グッズを取り揃えた方も多数いらしたと思う。以前もこんなことがあった。そう、あれからもう5年もたってしまったのだ。1995年1月17日早朝に起きた阪神・淡路大震災。被災された方たちの心の痛みは、どれほどのものだったか、想像するにあまりある。
しかし、二次的被害とも言うべき状況は今も続いているようだ。仮設住宅では、二百数十人に及ぶ孤独死。そして、仮設住宅から移ってきた復興住宅でも、98年、99年の2年間で、約70人が誰にも看取られずに亡くなっているという。しかも3分の1は65歳以上の高齢者。自殺者も11人いた。この事態に、復興住宅の自治体では、「住民同士でできるだけ声を掛け合おう」との申し合わせを行っている。
組合で、以前使っていたスローガン、「ひとりぽっちの仲間をなくそう」の言葉の重さを実感した。
 
今年は辰年
(1月5日号)
 明けましておめでとうございます。本年も東京建設新聞をご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
さて、今年は辰年。竜は、十二支の中でただ一つ、想像上の動物で、中国では、鳳・麟・亀と共に四霊のひとつとされている。一般に、西洋では、竜(ドラゴン)は、悪の象徴のイメージがあり、発売が待ち遠しい「ドラゴンクエスト」のドラゴンは、この系統。しかし、日本を含めて東洋では、まったく反対の意味を持っており、吉兆なのだそうだ。
強そうな感じがするからか、「竜・龍・辰」という字は、人名でもよく見掛ける。有名どころでは、幕末の志士、坂本竜馬をはじめ、新門辰五郎、芥川龍之介、坂本龍一、ジャッキー・チェン(本名は成龍)など。また、架空の人物では、映画「緋牡丹博徒」のお竜さんが忘れられない。調べてみたら、当組合の組合員でも、これらの字が名前に入っている人が、21人いらした。
「昔、中国の絵の名人が壁に竜の絵を描き、瞳を描き入れたところ、たちまち本物の竜となって天に昇った」という故事に由来する「画竜点睛」という言葉がある。組合を竜の絵に例えるなら、瞳を描き入れるのは、他の誰でもない、組合員である私たち一人一人だ。21世紀に向けて、素敵な瞳を描きたい。

1999

嫌なことは忘れて
(12月15日号)
いよいよ押し詰まった。師走である。年々クリスマスだ、正月だという感慨が薄れてくる。これも歳のなせるところか。しかし、1999年もあと十数日。年(歳)を忘れて未来に夢を託したい。
誰かがこんなことを言っていた。「意欲をもって働く者に、年をとるひまがない。創造的な人間は80歳でも若い」と。組合は来年創立45周年を迎える。働き盛りだ。この不況のなかで組織は減少してしまったが、来年は「雑草魂」で「リベンジ」だ。
支部ニュースコンクールがあった。どの新聞も力作ぞろいで、評価点数は僅差。特賞は馬込支部だったが、青年部、婦人部ニュースもそれぞれ個性的でよかった。組合の活動を陰で支える婦人部は、感情細やかな記事が多い。青年部は自分たちの主張を堂々と紙面に反映させている。婦人部のおふくろさんと青年部の息子さんの年齢を足して2で割ると丁度45歳ぐらいになるのではなかろうか。
今年もいろいろあったが、嫌なことは忘れて、楽しかった、良かったことだけを残して、来年は希望の持てる飛躍の年にしたいものだ。東京建設新聞への皆様のご愛読に感謝し、変わらぬご支援をお願いしたい。2000年はNET(new energy of togoshi)だ。
 
子供たちの未来
(12月5日号)
言葉の頭に「お」をつけると、丁寧なものの言い方になるのが普通である。しかし、かえって下品かつ滑稽に聞こえてしまう言葉も、あるようだ。例えば、「お受験」とか。
あの言葉を聞くと、「すると、何かい? いずれは、お官僚、おキャリア、お天下り、お汚職、お逮捕と言えってか?」と憎まれ口の一つも叩きたくなってしまう。
「我が子の将来を真剣に考えているからこそ、受験させている」という方もいるだろうしかし、誤解を恐れずに言えば、アレは、受験の当事者である子供の意志を無視して行われる、「親の身勝手な見栄の張り合い」ではないだろうか。
そんな親の手前勝手な気持ちや期待を知ってか知らずか、子供たちが将来なりたい職業のトップが「大工」だという。実に、うれしいと共に痛快である。先日、テレビのバラエティー番組で「大工さんの匠の技」を特集していた。さまざまな大工道具を使っての洗練された技術は、ただただ溜め息をつくばかり。子供たちが仕事に就く年齢になる頃まで、「大工になりたい」という願いを持ち続けられるように、そして、それを叶えてあげられるような社会にしなければ、と強く思う。
ちなみに、「受験」を丁寧に言うときは、正しくは「ご受験」だそうです。
 
今年の流行語
(11月25日号)
少し気が早いが、今年、目についた言葉を眺めてみることにしよう。まずは「ミレニアム」。最初にこの言葉を聞いたときには、また新しいビールが発売されたのかと思った。キリスト教から出た言葉で、「千年紀」とか「千年王国」という意味だそうだ。もともと西暦自体がキリストの誕生から数えているわけだから、そちら関係では盛り上がるのだろうが、例によってお調子者の日本でも大いに使われた。
続いて、日本中が真っ青になった東海村の事故で、一躍、原子力に対する安全管理の危うさと共に知れ渡った「臨界」という言葉。「物質が、ある状態から別の状態に変化する境目」のことを指す。建築業界は、今年も不況から脱出できる気配が見えない。私たちに強いられている我慢も臨界をとっくに超えているのではないだろうか。
「予言や奇跡を起こす超能力」が、本来の意味だそうだが、超特価の大安売りで、マスコミに使われたこんな言葉もあった。「カリスマ」。店員、美容師、OLなど何でもありだが、この安直な使われ方が逆に良いのかもしれない。本当に「カリスマ」に支配されるなどというのは、絶対避けたいものだしなあ。
ところで、夏前まで大騒ぎだった「ハルマゲドン」って、いったい何でしたっけ?
 
石原都政の福祉切り捨て
(11月15日号)
石原都政、1年目にして、さっそく福祉の切り捨てが始まった。まあ、最初から予想されたことでは、あったのだが。11月8日に明らかになった都の来年度予算の各局要求を見てみると、高齢者への福祉施策が大きく削減されているのが目立つ。寝たきり老人への老人福祉手当の廃止。シルバーパスの有料化。
そして、重大なのが、老人医療費への助成を5年後に廃止するという案である。現在、65歳から69歳の人を対象に助成しているが、これを、新しく65歳になる人をその都度、毎年対象からはずしていき、5年後には廃止になるという寸法だ。しかも継続して助成を受けられる人も、医療費が1割負担になるという。この先に待っているのは、「70歳以上も医療費1割負担」という老人保健法の改悪だろうか。
「65歳になったから、公営国保に移るよ」ということで、東建国保をやめていく組合員の方も、いらっしゃる。が、いったん公営国保に移ると、年齢制限により東建国保には戻れない場合もあるのでご注意を。東建国保は実質9割以上の給付率。やっぱり強い味方なのではないか。
ところで、この案は、まだ正式に決まったわけではない。福祉の後退は許さないという都民の意志の結集が必要だろう。
 
臨界事故
(11月5日号)
「日本人の原子力に対する危機意識のなさには、ビックリする」。東海村でウラン加工施設の臨界事故が起きた次の日、東京のある外資系企業では、外国人である上司が家族とともに関西へ避難してしまい、「仕事にならない」と嘆いている日本人社員の声が、新聞に載っていた。
「何を大ゲサな」と思う人もいるだろう。しかし、欧米人の大多数は、そう思っていない。それが冒頭の言葉である。チェルノブイリの教訓だろうか。
10月に入って、国際原子力機関(IAEA)の専門家チームが、事故現場への視察にやってきたが、これも「チェルノブイリ、スリーマイルに次ぐ重大な放射能事故」との認識によるものだ。
当日、現場から半径350メートル以内は避難、半径10キロ以内は屋内待避を住民に要請した。しかし、いくら家の中でも安全なワケはないのだ。欧米人なら即座に逃げ出していただろう。
実はその後、中性子線が出ていて、建物の中も危険だということが分かったのだが、「混乱が予想されるから」と、その事実を知らせず、批難させなかったという。混乱しないように避難させるのが行政の役目だろうに。人命より混乱の回避が大事だったのか。本末転倒では片づけきれない、何かイヤーな感じが残る話である。
 
秋空の下
(10月15日号)
この号が届くころには、始まる日本シリーズ。プロ野球1年間の総決算だ。王監督率いるダイエーが念願のリーグ優勝。ONの監督対決も面白そうで、見てみたかったが、残念ながら実現しなかった。来年に期待するとしようか。
ここ5、6年はナイター試合となっているが、以前は、日本シリーズといえば日中に開催していた。中学・高校のころは、トランジスタラジオを学校に持っていき、耳を手で隠しながら、授業中、イヤホンで野球放送を聞いていたものだ。今回は両チームともドーム球場ということで、日程上はスムーズなのだろうが、どうも密閉された空間での野球では興趣がそがれるように思うのは、時代遅れだろうか。
その点、10月6日に行われた「建設国保の補助金確保」を求めての1万人集会は、秋にしては汗ばむほどの晴れ渡った青空の下で、気分そう快だった。7500人以上の仲間が東京都庁前に集まった光景も壮観だが、野球の観客と違い、一人一人が請願者という主役だ。これほどの数の人が手渡しで、請願するのは、東京都でも過去に例がないという。
日比谷野外音楽堂が満員になるほどの人たちが次々に並んで請願書を渡していく姿を、都のエライ方たちも上のほうから、見ていただろうか。

健康診断
(9月25日号)
「今日のために、1週間前から酒を抜いて、体調を整えてきたんだよ」。9月18日に行われた組合の健康診断で、60代のある組合員さんが話してくれた一言だ。20分ほどですべての検診を終え、さっぱりした顔で出て来たその人、「さあ、家でゆっくりビールを飲むぞ」と、足早に帰っていった。
年一回行われる組合の健康診断。年を追うごとに受診者が増え続け、今年は約500人が受けた。「私は、まだ」という方も、来年はぜひ。
病気になったときは、建設国保が強い味方だ。とはいえ、まずは病気を予防すること。そのためには、日ごろからの健康管理と、定期的に健康診断を受けることだろう。毎年、健康診断の時期が来ると、そう思うのだが、すぐに「まあいいや」で、あっと言う間に1年が経ったことに気がつく。我ながら情けない話だ。
最近、左党の人が喜びそうな発表が、厚生省から出された。「1日1合のお酒は体に良い」というものだ。しかし、1日1合でピタッと止められる意志の強固な人が、どれだけいるのだろう。つい、過ぎて飲んでしまい、「まあ明日は抜くから」と自らに言い訳し、翌日も同じ事を繰り返す人も多いのでは。
意志の弱い人でもできる健康法をご存知の方、ぜひ組合まで、ご一報のほどをお願いします。
 
バイアグラ
(9月15日号)
厚生省は、今年1月にスピード承認した「バイアグラ」の服用により、承認されてから心筋こうそく等で33人が病院に運ばれ、そのうち2人が死亡したと発表した。この数字以外にも表面に表れない患者もいると思われる。
驚いた事に33人のうち死亡した2人を含め、25人が個人輸入等の方法で「バイアグラ」を入手。意志の処方なしで服用した結果、副作用等によっての発病らしいが、因果関係は明らかになっていないようだ。
以前からこの薬は副作用が強く、特に心臓に病気のある人の服用は必ず医師の処方を、との注意が守られていない。しかし、服用した側にも本当に性的不能で、医師に相談する事が恥ずかしくてという人はともかく、大方の服用者は興味本位といっても過言ではないと思う。その証拠には「バイアグラ」の輸入代行の業者、アダルトショップ店、個人代行業者、暴力団等のいい商売になった事は事実だったろう。薬が承認されてからは一時期のような事が少なくなったようだが、それでも潜在的にまだまだ需要があるらしい。
興味や好奇心での服用で、一時的な快楽を味わってあの世行きでは、あまりにもおそまつだが、人間色気と食い気がなくなったらば終わりという。悲しい人間の性だ。
 
スポーツの夏
(9月5日号)
処暑を過ぎると秋の気配を感じる。自然の摂理と暦はうまくしたものだ。この8月はスポーツイベントが多かった。夏の甲子園、全国高校野球大会は群馬代表の桐生第一が初優勝したが、プロ野球の法は、佳境にさしかかっている。我がジャイアンツはメイクミラクル、逆転優勝あるのみだ。
スペインのセビリアで開かれていた世界陸上が29日に閉幕した。テレビ観戦の時間もあまりなかったが、女子100メートル競走、金メダルのマリオン・ジョーンズのファンになってしまった。駆けっぷりもいいが、あの笑顔がすばらしい。何とも言えない愛らしさがある。200メートル競走でアクシデントを起こしてしまったが、再起を期待したい。
ボクシング界で一世を風靡した浪速のジョーこと辰吉丈一郎が、世界戦に敗れて引退した。「人間くさったらあかんで」と、浪速男のド根性で、こちらは第2の人生に向けて歩きだした。一方で9月12日から始まる大相撲は、新大関に昇進した出島が注目されている。番付を見て「大関の重みを感じる」といっていたが、その出足と押し相撲に期待したい。
我が組合も9月から組織拡大月間に入った。4000名回復に向け、一人が一人の拡大目刺し頑張ろう。拡大も、出足と押しの一手だ。
 
国旗・国歌法
(8月25日号)
8月9日、「国旗・国歌法」が成立した。あまりにも性急・強引な採決。教育現場での強制はしないと言いつつ、管理強化のため、強権発動もありそうなあいまいな政府答弁。「天皇の軍隊」による侵略のシンボルとして「日の丸・君が代」を使用してきた過去の歴史への反省や、現在の民主国家・日本との整合性。多くの問題点が指摘されているのはご承知の通りだ。
ところで、過去いやおうなく日の丸・君が代と対峙しなければならなかった海外の国では、今回の法成立を、どう見ているのだろう。日本による植民地支配下にあった韓国では、ガイドライン法と連続した動きとして捉えているようで、「一連の戦後清算作業の象徴的事件」「日本の右傾化」として警戒感を強めている。また、侵略を受け1000万人の犠牲者を出した中国でも、右傾化を懸念する声が高まっているようだ。
9日夜のテレビニュースでは、ある識者が「戦後が終わったというよりも、戦前が始まったと見るべきですね。この後に続くのは、治安維持法か、憲法改正か…」と語っている。単なる杞憂に終わればいいが。どちらにしろ、「オリンピックで日の丸が掲揚され、君が代が演奏されて感動しました」といった情緒的な、のどかな視点とは分けて考えないと。
 
炎天下、お疲れさまでした
(8月5・15日号)
「何なのだ、この高校生は」とビックリしたのが、ちょうど1年前のこと。何しろ、甲子園大会の決勝戦という晴れ舞台で、ノーヒットノーランを成し遂げてしまったのだから。その松坂投手、ライオンズに入団後の活躍はご存じの通りだ。
この号が出るころには、中盤に差しかかっているだろうが、今年の高校野球は、ずば抜けた本命がいない代わり、戦力が伯仲しているので、炎天の下、白熱したゲームが行われていることだろう。
炎天下といえば、品川区住宅まつりが7月25日、めぐろ区住宅フェアが7月23日~25日、梅雨明けで気温がグーンと上がった真夏日の中、開かれた。25日は、学校が夏休みに入って最初の日曜日。外出する家庭が多いのでは、と心配していたが、品川区住宅まつりの会場である戸越公園は、開始の午前10時より前から、例年になくお客さんの姿が多かった。包丁とぎにも、多いときで50人以上の主婦の方たちの列が。
スタッフの組合員たちは朝8時からテントの設営。本番では、包丁を研いだり、木工教室、塗り絵など、まさに汗だくの一日だった。
高校野球と住宅まつり。場所と中身は違っても、みんなに楽しみにされているのは同じだ。スタッフの方々、お疲れさまでした。
 
癒し系
(7月25日号)
スヌーピー、ミッキーマウス、ドナルドダック、キティちゃん、ドラえもん、ケンゾーくん…。おなじみ、人気キャラクターの面々である。が、今年はどうもコイツが一番人気になりそうだ。その名は「たれぱんだ」。パンダを上からグッと押して潰したようなと言うか、パンダが暑さでドロドロに溶けかかったようなと言うか、何とも言えず脱力感にあふれた容姿をしている。
「たれぱんだ」マニアの人の話によると、実際には、3、4年前からあったそうだが、今年に入ってハヤリだし、春から夏にかけて、専門のキャラクター店ができるわ、「たれぱんだ」の本がベストセラーになるわで、一躍、巷に広まった。
コイツが、他のキャラクターと違うのは、成人の男の人たちに非常に人気が高いという点だ。夕刻ともなると、専門店はサラリーマンが大勢やって来るという。「あのダラーッとした姿を見ていると、ささくれ立っている気持ちが癒されるような気がする」「自分もあんな風にのんびりしてみたい」と商品を買っていく人が多いのだとか。
まわりを見ると、「癒し」や「なごみ」という言葉がやたら目につく。社会全体に疲れやストレスが充満しているようだ。たまには「たれぱんだ」を見習ってダラーッと力を抜いてみようか。
 
土用丑の日
(7月15日号)
今年の土用の丑の日は7月24日だが、何故土用の丑の日に鰻のカバ焼きを食べるのか。昔からの風習であろうが、なにも鰻でなくてもいいものをと思う。もっとも近頃は牛肉をはじめ肉類が若い人達には好まれているようだが。
土用に鰻のカバ焼きを食べるようになったのにはいろいろと説があるが、一般的に知られているのは江戸時代、客の入りが悪い鰻屋が知人であった平賀源内に窮状を訴え、店の立て直しを相談した日が丁度土用の丑の日で、源内は考えた末に「本日土用丑の日」と看板に大きく書き、店先に出したところ、源内の名前が知られていたせいか評判となり、店は客で一杯の繁盛で、やがて他の店でも真似をするようになって、土用の丑の日は鰻のカバ焼きを食べる風習になったといわれている。
鰻はビタミンAやEを多く含み、夏バテで体力を消耗している時期に、スタミナ源として食べるのはそれなりの効力があるようだ。鰻の栄養価は現在でも一般に高く評価され、一年中どこの店でも売られている。値段も高くなく手頃であり、需要はおとろえないようだ。
いずれにしてもなんの意味もないような一つのキャッチフレーズが、江戸時代から現代まで連綿として続いているのも他に類を見ない。
 
独りで悩まないで
(7月5日号)
先月、建築業の人が不払い賃金の支払いを求めて談判に行き、刃物で脅したとして逮捕されるという事件が、沖縄であった。行為自体は許される事ではない。しかし、現実に多発している不払いの実態を考えれば、とても他人事と割り切れる話ではない。
もう一つ楽しくないニュースだ。警察庁の発表によると、昨年一年間の自殺者が3万人を超えて過去最悪を記録したという。しかも、40代・50代という働き盛りの男性の自殺が急増しているそうだ。原因別に見ると、経済・生活苦によるものが前年比7割増、勤務上の問題によるらしいものが同じく5割増だという。実際、同様の理由で自ら命を絶つ人が、私たちの仲間の間でも増えているとの報告がある。
もともと日本は世界でも、自殺率の高さはトップクラス。経済最優先に「行け行け」で突っ走り、精神面での人生の楽しみ方を軽視してきた日本の在り方と無関係ではないだろう。
いま建設業界がおかれている状況を考えると、犯罪をおかす人も自殺する人も、痛ましいとしか言いようがない。とくに家族にとって、これほどの悲劇はないだろう。
7月25日の日曜日、全建総連では全国一斉に不払いなどの110番を開く。お願いだから、独りで悩まないでほしい

困難なときこそ組合が必要
(6月15日号)
組合の第45回定期大会が、無事終了した。運動方針や予算も承認され、就任2年目となる金木組合長を先頭に、新年度のスタートである。
大会の後半、議長の高橋政治さん(馬込)によるスローガンの確認は、緊張感の中にも、未来へ向けての真摯な気持ちの伝わってくる素晴らしいものだった。このスローガンというもの、組合運動のこれからの道筋を簡潔なことばで表現している。議案書本文のほうは、事細かにいろいろと書かれていて、読むのが面倒だと感じた方もいると思う。ぜひ、スローガンだけでも目を通してほしい。
この時期、他の組合でも、定期大会を開催しているところが多い。各組合の機関紙を見てみると、やはり、どこも不況の影響は深刻なようだ。「仕事確保」によって、「不況打開」を、勝ち取ろうという運動方針が目につく。また、きな臭い動きのある「ガイドライン法」などへの反対も大きく取り上げられているのが、今年の特徴である。
不況によって、組合を離れざるを得ない仲間がいることは悲しい。しかし、組合の存在意義は、困難な時にこそ、問われるものだろう。順調な時期に助けを必要とする人は少ない。苦しい時だから、組合という頼りになる砦を求める人はたくさんいるはずだ。
 
ヒナ騒動
(6月5日号)
なぜ、こんなに大騒ぎするのか。鳥の卵が孵化しただけの話ではないか。テレビでニュースを見れば、「ヒナが動いた」だの「エサを食べた」だのと、何回にもわたって放送している。新聞も同様だ。マスコミの扱いを見ていると、報道していると言うより、はしゃいでいるように見えてしまう。
確かに100年ほど昔、日本国内の各地にトキという野生の鳥がいっぱいいた。しかし、「ニッポニア・ニッポン」という学名を持つこの鳥を、乱獲し、農薬の影響もあり、私たち日本人が、あっという間に絶滅させてしまったのも事実だ。
中国からもらったトキが卵をかえしたからといって、一度絶滅した動物が甦りはしない。そして、重要なのは、今の日本の環境では、保護センターの檻の中で、人間の厳重な管理の下にトキを育てることはできても、野生のトキが空を飛んでいる姿を再び見れる可能性はまったくないということだろう。日本では、いま現在も、種が絶滅の危機に瀕している動植物の数は増える一方だ。ヒヨコを追い回している場合だろうか。
ことは生物に限らない。長年にわたって人間が培ってきた技術も、それを実際に生かす環境を守り、伝達していかなければ死に絶えてしまう。その技術を持った人たちが職人だ。
 
建設国保のありがたさ
(5月25日号)
3月3日より4月2日まで31日間、右尿管腫瘍で入院し、右腎臓全摘出の手術を受けた。
昨年の9月頃より異が痛む程度の自覚症状しかなく、内科で超音波検査を行い、右の腎臓の腫れが確認され、泌尿器科にまわされて造影剤注入によるレントゲン検査2回、CT検査2回、MRI検査1回と今年の2月まで検査が続き、結論として腎臓より膀胱に尿を流す管の途中に腫瘍が3cm位あり、尿管が詰まっているので手術の必要ありとの事になり、3月10日手術を受ける。
ある程度は覚悟していたものの何が原因なのか、本当に管が詰まっているのだろうか、そうだとしても腎臓の摘出をどうしてしなければならないのかとの思いが一杯で、つくづく人間としての弱さを思い知らされる。
手術も無事終わり術後の回復も順調で退院を迎えたわけだが、今回つくづく組合に入っていて良かったなあと実感している。検査から入院、手術等の現在までの費用が170万以上で、神奈川国保は9割給付のため17万位の支払いの他、ベッド差額等自費の分13万位と、一般国保との差の大きさに驚く。
自宅療養の現在、未加入の仲間に呼びかけるいい実例として、今後機会のある度にアピールし、組織拡大が出来たらばと願っている。
 
支部総会たけなわ
(5月5日号)
「もう一人ふやす心で四千人」今年の支部総会統一テーマだ。この不況の中で転職や廃業をよぎなくされて、組合をやめる人が増えている。淋しい限りだ。
4月16日、組織拡大月間の総括会議では、活発な討議が行われた。拡大行動の反省を含めて、改めて、「組合の魅力を再確認し、また新しい魅力をつくろう」。そして「役員が先頭に立って拡大行動を起こす」ことを確認し合った。
ある支部の総会で、議案書の方針案で「各分会1名以上の拡大を目指しがんばる」との提案に、支部長自ら「いや、2名以上の拡大を目指す」との決意で、議案書の提案を、1名から2名に書き直すことになった。強い決意の表われに感銘した。
今年も各支部で独自のテーマやキャッチコピーが支部総会の議案書を飾っている。「遠い親戚より身近な組合」「全力で挑もう、組織拡大、仕事回復」「杵臼之交」(身分の違いをこえた身分にこだわらない交際)。それぞれの地域で、それぞれの支部で新しい年度に向けた方針を決め団結が図られている。
薫風の5月、支部総会はつづく。そして、5月27日は組合の第45回定期大会。厳しい状況を打破し、新しい展望を築く場だ。
大空の下 手を組み合って 団結ここに 幾年月ぞ
 
七光り
(4月15日号)
宇多田ヒカルという歌手をご存じだろうか。昨年末、デビューしたアメリカ育ちの10代の少女だが、黒人音楽風ノリの曲が大ヒットし、いきなりトップシンガーとして音楽シーンに躍り出た。
彼女のお母さんは、あの往年の人気歌手、藤圭子。「親の七光り」という言葉が頭に浮かびそうなところだが、そのことはまったく宣伝材料にはしていないそうだ。芸能界は二世というだけで存在するタレントが多いが、実力で勝負ということなのだろう。良いことである。
ところで、この「親の七光り」という言葉。本来は、「親の威光や高名が、子にあらゆる面で恩恵を与える」という意味なのだそうだ。しかし、今では、「自分自身には実力もないくせに、親の威光をカサにかけて立ち回る行動・状態・ひと」を指すのによく使われる。まあ、平たく言えば自立してないくせに、勘違いして一人前の態度を取っている人のことだろう。
今、ワイドショーで話題の人物、野村沙知代は「夫の七光り」の人物だが、最近、またまた新しいタイプが出現した。今度のは、「弟の七光り」。しかも、故人である弟の取り巻き連中まで引き連れての行状だ。いい大人のすることではないだろうに。こんな人物に何か任せて本当に大丈夫なのかしら?
 
エイプリールフール
(4月5日号)
4月1日といえば、エイプリールフール。一年で一回だけ嘘をついてもいい日である。毎年、この日になると英国の新聞では、各紙がユーモアたっぷりの大ボラ記事を大々的に掲載し、国民もその嘘を楽しんでいる。
日本では、何年か前、ある遊園地が4月1日の新聞紙上一面全部を使い、自分の遊園地をこき下ろした広告を載せていて、「なかなかやるな」と思ったものだ。そして、今年。あの硬いイメージの朝日新聞が、4月1日の朝刊で、しかも8段を使った大きな扱いでウソの記事を載せるという粋なところを見せてくれた。
その記事、「首相、閣僚に外国人登用」という見出しのもので、政界の人材難に悩む小渕首相が、閣僚に外国人政治家を起用できるようにする「大臣ビッグバン法案」を今国会に提出するという内容のもの。
名前のあがっている外国人政治家は、ゴルバチョフ、サッチャー、カンターなど。ゴルバチョフを北海道開発庁長官に推す案が浮上している、といった解説記事も入っている。こういうユーモアは大いに買いたいものだ。
ところで、もうすぐ都知事選。候補者はおいしい話しかしないが、この場合につく嘘は、絶対に買えません。嘘を見破るだけの目は持つようにしなければ。

植物音痴
(3月25日号)
やはり春の訪れは心が弾むものだ。気候が和んでくると、ちぢこまっていた体も動かしたくなってくるし、「何か新しいことでも始めようか」という気にもなってくる。そして、もちろん花見の季節がやってくる。今年は桜の開花も早そうだから、今から楽しみにしている人も多いだろう。
イマドキの若い人たちも大勢繰り出して花見を楽しんでいるのは、よく見かける光景だ。ところが、である。最近、野や山の草や木の名前を知らない、いわゆる「植物音痴」の人が増えているのだという。 
これは、都市化の影響で、子どもたちが外で遊ばなくなったり、学校で植物の名前をあまり教えなくなったりしている影響が大きいとか。世界中で日本ほど、四季の変化と自然に恵まれた地域はまれだ。だからこそ、日本文化の基礎の部分には、いつも草花や樹木があったのだろう。
もののランクを示すのに「松竹梅」。美女を花で例える。ゲームはもちろん、花札だった。
と、嘆いていても始まらない。植物自体は、まだそこらじゅうで、目にすることができる。まずは名前を覚えることから、始めると良いそうだ。
樹木といえば、木造建築もそうだ。まずは、その良さを再確認してもらうことから、はじめたら良いのかもしれない。

臓器移植
(3月15日号)
去る2月25日、臓器移植法成立後、初の臓器移植を前提とした脳死診断が行われ、全国にそのニュースがテレビで報道された。28日は2回目の脳死判定、そして、心臓、肝臓、腎臓の摘出手術が行われ、移植希望者に臓器が提供された。
この間のマスコミによる報道は異常とも思える過熱ぶりで、プライバシーの保護など、様々な問題を提起した。一方、脳死とは何か、臓器提供はどのような手続きが必要なのか、費用はどうかなど脳死移植の関心も高まった。
ところで“脳死とは”病気やケガで脳の機能回復が完全に不可能になること。植物状態とちがうことは、脳機能が喪失している点は同じだが、脳幹の機能が残っていて、自分で呼吸ができ、まれに回復することがある―ということだ。
さて、臓器提供はどうすれば良いのか。それはドナーカードの携帯がベスト。ドナーカードは、各市町村役場、保健所、郵便局、運転免許センター、コンビニなどに置いてある。ただし15歳以上に限られている。
心臓移植には約1000万円、肝臓は約900万円かかるというが、ドナー側(提供者)には費用は一切かからないと言う。善意の無償提供ということだ。
日本での脳死による臓器移植は始まったばかり。慎重に見守っていきたい。

だんご3兄弟
(3月5日号)
今、だんごが大ブームとなっている。NHKの子供番組「おかあさんといっしょ」で子供たちに人気となり、CD化された「だんご3兄弟」のことだ。3月3日に発売され、すでに300万枚の大ヒットになっているという。
子供向けの番組から生まれたヒット曲といえば、「およげ!たいやきくん」や「おどるポンポコリン」が有名だ。とくに「たいやきくん」は、450万枚を売って、数年前まで、日本で一番売れた歌だった。歌詞も、何となく人生の悲哀が感じられて、大人まで「たいやき」と自分を重ね合わせて、口ずさんでいたものだ。
で、「だんご」の方はどうかと、早速、テレビで見てみた。タンゴのリズムにのって、「だんご、だんご」と歌われる、まあ、たわいがない歌だが、歌のバックで映るアニメーションは、なかなか面白く、子供はそっちが受けたのではないかという気もする。
しかし、経済的な効果はバカにならないようだ。発売元レコード会社の親会社で、株価が上昇。また、各地で、だんご屋の売上が急激に伸び、だんごの原料となる上新粉の需要が増えているという。
子供向け番組を作っているスタッフの皆さん。次回はぜひ、みんなが家をドンドン建てたくなるような歌を放送してください。

まずは「仲間づくり」
(2月25日号)
昨年の冬は長野オリンピックに一喜一憂していたことを、ふと思い出した。ウインタースポーツの分野では、スキーよりもスノーボードが人気になって久しい。青年部のスキー旅行でも、スノボ派が、優位のようだ。
今年で3回目となる青年部スキー旅行。1回目は21人、3回目は33人が参加しているという。ちなみに、関東のある組合(組織人員2万5000人以上)の青年部が今年行ったスキーツアーは参加者39人だというから、東京建設の青年部はたいしたものだ。
また、青年部の人たちに聞いてみると、スキー旅行をきっかけに青年部の活動に参加するようになった人もいるという。これこそ成果といえるものだ。
青年部活動の重要な柱の一つは、「仲間づくり」である。スポーツやレク活動を通じて、同じ建設業で働く仲間をいっぱいつくってゆく。これが原点だろう。
2月に開かれた全国青協定期大会の議案書を見ると、「部員の高齢化」「活動メンバーの固定化」など、青年部の悩みはどこも同じだ。しかし組合本体も、他人事ではない。
賃金、仕事確保など、私たちが取り組まなければならない問題は数多い。そのためにも組合も、まずは「仲間づくり」の原点に立ち戻って組織拡大に取り組んで行くべきだろう。

苦しい時こそ力を結集しよう
(2月15日号)
過日、各支部長、書記長による、拡大組織対策会議が、組織部長を中心に開催された。現在の組合員の実勢と加入、脱退の状況等について、説明が行われたが、組合員の脱退に歯止めがかからないようだ。
要因として考えられる事は、景気の低迷による廃業や転業などによるもののようだが、この所不景気による収入減のため、組合費等の滞納者が増えつつあり、各支部とも対策として、退会をうながす方向が目立って来ている。会議の中でもそんな話が耳に入ったが、確かに各支部共この問題には苦労しているようで、滞納者のフォローをする余裕は、支部の財政上きびしい。
その為とはいいたくないが、組織拡大に二の足を踏むむきもある。後継者なり、職人のなり手がいればいいが、それもままならない。
他の建設業組合も似たりよったりで、滞納者を含めた脱退者がこの所増加しているといわれ、その対策を重要視し、いづれも組織拡大に重点をおいている。
しかし手をこまねいていては拡大も出来ない。マイナス要因を嘆いていても始まらない。やっぱり苦しい時こそ、大ぜいの力を集めることが必要になってくる。先ず滞納による脱退、自主退会を防止し、各分会1名の拡大に努力し、4000人回復で春を迎えよう。

2000年問題
(2月5日号)
コンピューターの2000年問題が盛んにマスコミを賑わせている。コンピューターでは、西暦を下2桁で入力するシステムのものが多くて、西暦2000年を示す「00」をコンピューターが1900年と勘違いして、誤作動を起こす可能性があるという問題だ。
やれ交通がストップするとか、金融機関が使えなくなるとか、はたまた物騒なものでは核ミサイルが飛んでくるとか、いろいろな憶測がなされている。
なぜ西暦を4桁で入力するようにしなかったのか、コンピューターに詳しい人に聞いてみた。「作っている当時、まさか2000年までそのシステムが通用するとは思っていなかった」というのが、一般的な理由だそうだ。確かに進化はすさまじい。
しかし、システムの中には1980年代に作られたものもある。また、2桁を4桁にしたところで、たいした手間はかからなかったはずだ。「たかだか20年先にこうした問題が起きることはことが、ある程度予測できなかったのか?」と思うのは素人考えか。
現在、組合にとって急務なのは、2000年問題ならぬ4000人回復だ。急務ではあるが、手間を惜しまず、未来への展望をもって、取り組んでいきたい。「誤作動」ではなく「うれしい誤算」を期待したいものだ。

年賀状
(1月25日号)
今年の年賀ハガキは、元旦だけで、全国約27億枚が配達されたそうだ。一人約22枚ほどになる計算だ。
しぶいた子も、たくさんの賀状をいただいた。「今年もよろしく」という添文から、ハガキにびっしりと自分の近況から抱負まで、さまざまだった。不況を反映して「明るい年にしたい」「元気を出して頑張りたい」という添え書きが多かった。
「農林を担当して2年、昨年は、経済不況に加え、大雪や雨水害の天候不順と農林業には多難な1年でした。今年も元気の出る農業支援に頑張ります」と長野の後輩。「コンサドーレが頑張れば、北海道も元気が出ます」と水産業に従事する先輩。地方の仲間もたいへんだ。
「平成12年の都区制度改革は区の独自性を発揮する絶好の機会です。個性ある区政の実現目指して頑張ります」と区議の先輩。「それぞれが厳しい闘いです。県会議員選挙7期目に挑戦」とある県議の友人。政治の世界も厳しい。
「老人介護のあけくれですが、どうやら年をこせました」と身をつまされる先輩の賀状もあった。「尊いものは、遺産ではなく、そのために流された先人の汗である」としたためてくれた大先輩。一人一人が熱い思いをつづった賀状が目立った。ともあれ今年も「メゲズにガンバ!です」

明るい展望を開く年に
(1月5日号)
不況に明け、不況に暮れた寅年も、千里の道を走り去っていった。不況風だけを残して…。せめて景気上昇の風を連れて、千里の道を帰ってきて欲しかった。
さて、今年は卯(うさぎ)年。兎のようにぴょんぴょん跳びはねて、長い耳を十分に立て、的確な情報をキャッチして、少しでも仕事につなげたいものだ。
しかし、昨年の相次ぐゼネコンの倒産で、下請業者の連鎖倒産、工事代金や賃金の不払いなど、泣くのは末端の小零細業者・職人だ。庶民の苦しみを知りながら、政争に血道をあげる政治家の体質、口先だけの景気回復では、明るい見通しがたつわけがない。
消費税の増税、福祉切り捨てで、庶民のくらしは苦しくなる一方だ。まさに政治不況、自自連立などといって、大臣の椅子の奪い合いに時間を費やさず、真に国民のための政治を、今年こそ真剣に取り組んでほしい。
建設国保の10割給付も厳しい。8割給付になったにしても若い人の保険料負担を抑え、限りなく10割に近い給付を実現することがのぞましい。
今年は、統一地方選挙の年。政治を変える力が庶民のくらしを変える。本当に我々中小零細建設業者・職人の力になってくれる候補者を見極めたい。それが、今年の明るい展望を開く、大きな鍵となる。 

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